千代田康太 2
人が死んだのに家の前である事故現場に花束は置かれていなかった。
緑ヶ丘の家庭事情など何も知らないが少し疑問に思った。
俺はそんな話題を目の前に座る妹に振る。
「そんなの知らないよ。あ、今日お母さんとお父さん帰り遅くなるからピザでもとりなさいだってさ。ピザでいい?」
俺の妹の香恋はお兄ちゃんスルースキルを発動し、全く別の話題を持ち出す。
千代田家は両親共働きのため、夜はよく香恋と二人きりなんてことが多い。
そのため、中二にして家事を万能にこなすことができる自慢の妹だ。
その証拠に俺の返事を待たずに声のトーンを上げて電話注文をしている。いや、別に証拠になってないな。俺に選択権がなかっただけだ。でも、躊躇なく電話をかけれるところはすごいと思う。俺なら絶対ネット注文するけどなぁ。ちなみに買い物も全部通販で済ましている。特に服とか店員の戦闘力が高すぎて店舗で買うなんて無理。もしなんたらTOWNがなかったら俺は常に全裸での生活を強いられていたかもしれない。
「大丈夫。お兄ちゃんの嫌いなトマトは入ってないやつにしたから」
ほんとうによくできた妹だ。実は寿司が食べたかったなんて口が裂けても言えない。妹が兄のために選んでくれたんだ。張り切って食べるのが兄として当然の役目だろう。
「で、なんだっけ? 事故の話だっけ?」
俺は静かに頷く。毎日一緒にいる香恋と普段なら特別話すことはない。
しかし、身近で起こった出来事ということもあるのだろうか。久しぶりにお兄ちゃんと会話してくれるらしい。昨日なんて「学校楽しい?」という母親みたいな質問して、ただ睨まれる、なんてことがあったりした。
「亡くなった緑ヶ丘さん? はお兄ちゃんの同級生なんだっけ」
「あぁ。同じクラスだ。それも隣の席」
「ふーん。まぁ、お兄ちゃんのことだから話したことなかったんだろうけど」
さすが俺の妹といったところか。なんでも知っている。
「彼女は入学したての、いわゆるお迎えテストで満点をたたき出したりしててな。おまけにかなりの美人で校内ではかなりの有名人だった」
俺は淡々と死んでしまった人間について語る。
話したこともない故人について言及するのは不謹慎な気がするが、香恋の性格はドライ。それもかなり。話したこともない人間についての会話で不謹慎などとは感じることはないだろう。その証拠に、
「私より可愛い?」
なんてことを聞いてくる。
女の顔なんて、結局平均を超えれば個性だと思う。
俺にはそこに優劣をつけることはできないし、したくもない。
だいたい、明るい茶髪のショートカットの香恋と黒髪ロングの緑ヶ丘では全然タイプが違うしな。香恋の髪は地毛で、生まれつき色素が薄い髪をしている。両親は純日本人だし、どこから遺伝したのかわからない。けど他の部分は似ているところもあるっちゃある。母親似の香恋は母親のそれをよく引き継いでいる大きな二重の目。かたや俺は父親譲りの眠そうな細い目だ。おまけに二重の母親と一重の父親の遺伝子により奥二重だ。別に奥二重でもイケメンはいるし文句はないのだが香恋が羨ましいと思う。
俺は色々考えた結果、
「お前が世界一可愛いよ」
と告げるが、
「シスコンきも」
と返される。
いや、ひどくない? さすがドライを極めた女子中学生、千代田香恋。
そんなんじゃ彼氏の一人や二人、できないぞ。
俺とは違って友達はいるみたいだしそんなことは言えんが……。女子中学生はみんな恋愛脳だと思っていたが、さすがは俺の妹だ。その辺の女子中学生とは違う。
香恋の目線の先には一般家庭だと比較的大きい目のテレビ。
そこには今朝の事故のニュースが報道されていた。
その出来事はあまりに突然で、衝撃的だったためかどこか実感できずにいた俺に現実なのだと思い知らせているように感じた。
だって、ニュースは起こった事実のみを報道する。俺は一人の少女が死ぬ瞬間を目撃した、それは紛れもない事実であるのだと。
「あ、でも確かに美人だね」
「なんか上から目線だな。相手は一応歳上だぞ?」
事故の報道が終わり、アナウンサーが元気よく「次はスポーツです!」と言い、スタジオの空気は一変される。元野球選手の解説者が関西弁で今日のプロ野球の解説を始める。プロ野球の試合が終わるのはだいたい十時ぐらいだ。俺と同じくピザの到着はまだかと退屈そうな顔をしている香恋の俺は質問した。
「だって私の方が可愛い」
これは冗談でも香恋がナルシストだからではない。
母親譲りの大きな目以外にも、どっから持ってきてつけたのか聞きたくなるような、まさに顔のパーツひとつひとつ、そしてスタイルまでもが完璧。人は誰しもコンプレックスがあると思うが香恋にはそれがない。ドライな性格の正体はここにあり、きつい性格のわりに人が寄ってくる理由はその容姿にある。
緑ヶ丘も最初はたくさんの生徒が彼女を囲んでいた。しかし、彼女はそれを全て突き放した。
誰もが社交性がない人間と断定し、彼女は一人で生活するようになった。
反対に香恋にはその社交性がある。こいつはその恵まれすぎた容姿故にこんな性格になってしまった。
きっとこの自分を見せているのは兄である俺だけだろう。ぼっちを拗らせた俺とは勝手が違うが、似た者同士かつ兄妹ってことで素を見せてくれているのだと思う。
「じゃ、俺はシスコンではなくただ事実を言っただけってことになるな」
「いや、それだとなおさらシスコンじゃん。本気でそう思ってるんでしょ?」
「うん」
真顔で即答する。たまたま世界で一番可愛かったのが妹だっただけだ。
「ばか」
香恋は優しく微笑み、ソファから腰をあげる。外からピザ屋の車だと思われる音が聞こえたから、それで立ち上がったのだろう。
緑ヶ丘の話もできたし、こいつの性格の悪さも再確認できた。
「あれ、財布にお金入ってない! お兄ちゃん! お金!」
慌てる香恋は珍しい。あとで母親から飯代を渡されるとはいえ、ここは兄としてかっこよく立て替えておくべきだろ。
インターフォンが鳴った後、玄関に行き金を払った。
香恋が選んでくれたピザを二人で特に会話もなく食べ終え、俺は自室に戻る。
そして、ベッドに寝っ転がり、天井を見上げる。
「やっぱり、花とか置かれてなかったのは不思議だな」
結局、香恋との会話でその答えは疎か予想すら立てられなかった。
今日は風は全くないから風で飛ばされたなんてことはないはずだし、事故現場に置かれた花を持って帰る輩などいないだろう。
「はぁ。このまま考えていても無駄か」
こうして緑ヶ丘梨乃が死んだ日が終わった。
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