第18話 召喚術師、銀の始まりに戦慄す

 十五チームによるワンデートーナメントともなれば総試合数は十四にもなる。そのため召喚祭では、学院の広大な裏庭が三つに区切られ、同時に三試合が行われるのだ。


 選手控え室として用意されたのは校舎三階にある図書室。

 トルエノックシオンは収められていないものの古今東西の魔術書が並んだ本棚の前には学位戦の中継スクリーンがずらりと並び、三試合すべてを観戦できるようになっていた。


「サーシャの奴は余裕だな。この状況で本なんか読んでやがる」

「あれが王者の風格だろう。見習いたいものだな」


 ほとんどのチームが各スクリーンの前に集まる中、何とはなしに後ろを振り返れば――椅子に座って読書中のサーシャである。

 その辺の本棚から持ってきたのだろうか。サーシャが片手で開いた本はサイズ的に魔術書ではなく、一般家庭の本棚にもあるような普通の文庫本だった。


 中継スクリーンの中ではついさっきから初回の試合が始まっており。

「フェイル的には、どの試合に注目すべきだと?」

 詰め襟の軍服に着替えたシリルが俺の隣でそう言った。その腰には鞘に入った大剣が提げられ、頭脳明晰な召喚術師というより見目麗しい将校という印象だった。


 この長身美形がラダーマーク中のスクリーンに映し出されるのである。シリル自身が望む望まないに関係なく、きっとまた女性ファンが大量に発生することだろう。


「ベルンハルトが出てる以外の試合――と、言いたいところだがな」


 俺がそう言うとシリルが短くため息を吐いた。


「そうか。やはりか……」

「野郎、まともなツラしてなかったし。絶対に何かやらかすぜ」


 シリルに捕まって髪を撫で梳かれていたミフィーラが、不思議そうな顔で俺を見上げた。


「下手くそなお金持ちに何かできる?」

「あの野郎も俺たちみたく何か隠してるかも知れねえぞ? まあ、ベルンハルト自身がどうこうは無くとも――大概のことは金の力でどうにかなる」

宝物アーティファクト? 古くて、力の強い」

「だろうな」

「この前お姫様と話した『六鉄ろくてつの執行者』も、宝物アーティファクトといえば宝物アーティファクト

「馬鹿野郎。ここで神の兵器が出てきてたまるか」


 俺は苦笑し、ベルンハルトのチームが映るスクリーンを見つめるのである。


 まだ試合は始まったばかり――なのに、試合の展開はすでに一方的だ。


 ベルンハルトたち三人は、燃え盛る炎精霊を三体も召喚した二年生チームの攻撃力に押されて防戦一方だった。いや……違う。正確に言うと、ほとんど試合になっていないのだ。


 狩る側と狩られる側。虎とウサギの関係。

 まさかベルンハルトの騎士型水精霊が、相性的に有利を取れるはずの炎精霊に何もできないまま終わるとは思わなかった。


 試合開始直後、二年生チームは足下の土や石を炎精霊三体の最大火力で焼き、それをすべて水精霊めがけて投げ付けたのである。


 冷水に焼け石を入れれば熱湯に変わる。

 水精霊のすべてが氷や熱湯に対応できるわけではない。変幻自在・水量無限な水精霊とはいえ、急激な水温の変化には弱いのだ。若く力の弱い水精霊は特に、だ。


 大量の焼け石が体内に入ったベルンハルトの水精霊は、その存在を維持することができなかった。いきなり形が崩れたと思ったら、ただの熱湯として乾いた地面に吸い込まれていった。


「……ベルンハルトと二年生じゃあ地力が違う。初っ端にあの火力を出されたら、どうにもならねえか」


 俺が腕組んでそう唸ると、シリルがこう問いかけてくる。

「フェイルがベルンハルトの立場なら、どう動いた?」


 俺は鼻で笑って答えた。

「敵前逃亡一択だ。とにかく全力で逃げ回って、その隙に水精霊をでかくする。少々の焼け石じゃあ、沸騰しねえようにな」

「ベルンハルトたちは初手を見誤ったか。有利と思って様子を見ようとしたんだろうが」

「くははっ――相手は上級生、様子を見れる立場かよ」


 いまだ試合終了の鐘は鳴らないものの、ほとんど勝敗は決したようなものだ。


 二年生チームは炎の渦でベルハルトたちを取り囲み、その渦の外から炎魔法を連発している。付け入る隙も容赦もまるで無い猛攻撃だった。

 ベルンハルトの仲間二人が展開した防御魔法を破られれば、それで終わりだ。


「……何もねえのかベルンハルト……? これならルールアの試合を見とくべきだったぞ」


 スクリーンの中でいたぶられ続ける性悪貴族。


「……お前よぉ……何のために天使の召喚石なんざ……」


 俺の周りにいた召喚祭出場者たちが、ベルンハルトの敗北を確信してスクリーン前を離れ始める中……しかし俺はまだベルンハルトを見続ける。シリルとミフィーラも残った。


「はあ?」

 思わず喉が鳴ったのは、絶対絶命・八方塞がりのベルンハルトが魔術師服の懐から見慣れぬ宝物アーティファクトを取り出したからだ。


 ちょうど中継映像がベルンハルトのズームに変わる。


 試合に向けて集中する場でもある選手控え室にスピーカーは置かれていないが、ラダーマーク中の中継スクリーンでは今頃、ベルンハルトの高笑いが鳴り響いていることだろう。


「なんだあれ……馬鹿笑いするほどのものか……?」


 ベルンハルトが掲げた両手。左手が握るのはこぶし大の青色宝石――天使の召喚石っぽかったが、右手が持つ『銀の酒杯』については知識がなかった。


 ――――――――――――


 青色の召喚石がベルンハルトの手の内で砕け散り、彼の頭上に二枚翼の天使が現れる。

 純白ローブを身に纏い、細身の剣を手にした人間サイズの天使だ。


 ――今さらそんなものが何の戦力になる――?


 そう思って眉をひそめかけた瞬間だった。


「――はああああっ!? ちょっと待て! ちょっと待てぇっ!」


 俺はスクリーン前を飛び出して、図書室の窓へと全力で走り出す。

 飛び掛かるように北側の窓を開け放つと、身を乗り出して召喚祭の戦場――ベルンハルトのチームがいるである方角を睨むのである。


 何の前触れもなかった俺の大慌て。

 ベルンハルトが映るスクリーンを見ていなかった召喚祭出場者たち、サーシャまでもが、心底びっくりして俺の背中と中継スクリーンを見比べる。


 だが、何もわかるはずがなかった。

 ベルンハルトをアップで映していたはずの中継スクリーンには何も映っていないのだから。


「え? 何? 勝負決まってたんじゃないの?」

「知んないわよ。一年の子が急に騒ぎ出して――」


 選手控え室がにわかに騒がしくなる。俺のいる窓辺に人が集まり、「え? マジ?」とか「何か大変なことが起きてる?」とか口走りながら俺の視線を追いかけるのだ。


「……銀色……」

 誰かが呆然とそう呟いた。


 そうだ、銀色だ。

 遠く、広い広い大草原の一角で、液状の銀色が大量に噴き上がっていた。


 一見それは、水の噴出が止まることのない超巨大な噴水か間欠泉のようで……しかし雪空から降り注ぐか弱い太陽光でさえ力強く反射してギラギラ光り輝いている。


 噴き上がった水の高さは二百メジャールを優に超えるだろうか。

 水柱の太さも相当なもので、大空に上がった後は、雨というより大滝がごとくに地面に真っ逆さまだ。


 小雪舞う周囲の景色との調和など何一つない、あまりにも不気味な巨大噴水だった。


「何だあれは? いったい何があったって言うんだ?」


 窓の外を見る誰がそんなことを言い、それに応えたのは俺やシリルやミフィーラではない。俺たち以外にも、ベルンハルトの試合を見続けていた物好きはいたらしい。三年生の女子だ。


「見たこともない宝物アーティファクトが出てきたの。天使の召喚石――それはわかるとしてよ、わかるとして、召喚石から出てきた天使をいきなり呑み込んだあれは何? スライム型の魔法生物? あのさかづきに、何が入ってたって言うの?」


 とはいえ事態を目撃した三年生女子もだいぶ混乱している。この場にいる全員の注意が自分に向けられていると察するやいなや、軽く咳払いしてこう言い直した。


「えっとね――ハドチェック家の御曹司が宝物アーティファクトを二つ使ったの。一つは天使の召喚石で、もう一つはさかづき型の魔法生物保管具だと思うんだけど……」


 そこで一度言葉を切って、異変が続く窓の外へと視線を移す。


「あの銀色の噴水は、さかづき型の宝物アーティファクトから出てきた『何か』よ。スライムよりも水っぽい魔法生物が、天使を取り込んだ直後に一気に膨張――ハドチェック家の御曹司どころか、中継用の飛行カメラまで全部呑み込んだってわけ」


 不意に二年生男子の一人が声を上げた。

「対戦してたジェラルドたちはどうなったんですか?」


 三年女子は「映ってはなかったけど。だいぶ近くにいただろうし、多分……」と言葉を濁す。


「にしても――あれだけの体積変化だ。いったい何を材料にして広がっている? 空気中に漂う魔力だけじゃあ勘定が合わんぞ」

「最初に取り込んだ天使の魔力を流用してんじゃねえの?」

「召喚石の天使だろう? あんな状況を引き起こせる力などないと思うがね」

「そっか。そりゃあそうだ」

宝物アーティファクトそのものが魔力の貯蔵庫だったのではないでしょうか?」

「順当に考えればそうだけどさぁ。逆にあんな魔力貯められる素材あるぅ?」


 さすがは召喚祭に出場するほどの召喚術師たちだ。ごく自然に始まったのは、目の前で起きている現象の分析と正体の推測。それぞれの学年・立場など関係ない議論だった。


「……これは……フェイル……」

 俺の隣にやってきて名前を呼んだシリル。俺に答えを求めるような困惑の声。


 とはいえ、だ。

「悪い。ちょっと待ってくれ」

 今の俺にシリルの求めに応じてやれるだけの余裕はない。どれだけ強く否定しても勝手に頭に浮かんでくるイメージに戦慄するのに忙しかった。


 目の前にある銀色の光景――どういうわけか、俺にはそれが『この世の終わりの始まり』にしか見えなかったのである。


 バイト先で出会った酔っ払いの世迷い言。

 なぜか世界の破滅に自信満々だったベルンハルト。

 学院の食堂でサーシャから教えてもらった『神話に登場する詳細不明の存在』。


 そう簡単には結び付くことのないそれらすべてが俺の動物的勘によって無理矢理繋ぎ合わされ――――最低最悪の予感を俺に与えていた。


 やがて、開けた窓の横枠を力いっぱい掴みながら呟く。

「……執行者ぁ……」

 唸るような俺の呟きは、背後で行われていた議論の輪にまで届いたらしい。


 誰かが「執行者? 六鉄ろくてつの?」と言い、「何だっけ? 鉄の恩寵潰し。金の暁導き。銀の、天使喰い――?」そこで議論の声がピタリと止まった。


「いやっ――いやいやいやいや!! あり得ない!! そんなこと、あるはずがない!!」

「あれが銀の天使喰いってマジぃ!?」


 知識豊富な召喚術師たち。そうは言いながらも、窓辺の俺を突き落としかねない勢いで北側の窓すべてに殺到する。四つの大窓が一斉に開け放たれ、図書室の室温が一気に下がった。


「で、で、でもですねぇ……っ。あれ……本当にそうなんじゃ、ないでしょうか?」

「神の――最高神の遺物? 馬鹿な」

「駄目よ、認めないわよ。あれが神の創造物なら『何でも有り』になっちゃうじゃない」

「呑み込んだものを無限の魔力に変換したり、好きな物質に造り替えたり、とか?」

「そうよ。そんなの学問じゃないわ」

「じゃあお前説明しろ。宝物アーティファクト一個、天使一人が起こしてる、この状況」


 銀色の噴水は延々と噴き上がり続け、銀色の水は地面に吸い込まれることなく広がり続け、視界の中の草原ほとんどがあっという間に銀色に染め上げられようとしている。

 それはまさしく銀色の海で、潮が満ちるように水域が拡大していった。


「どうすんのよこれ……」


「……どこまで広がるって言うの……?」


 試合終了の鐘が狂ったように鳴り響いても銀色の水は一切止まらない。もう学院校舎の足下にまで這い寄ろうとしている。


 やがて、優秀な召喚術師たちも、好奇心より恐怖の方が大きくなってきたのだろう。交わし合う言葉はいつの間にか途切れ…………召喚祭の選手控え室は、本来の用途である図書室よりも静まり返っていた。鳴り止まない試合終了の鐘の音で耳が痛いくらいだ。


「フェイル・フォナフ」


 いきなり名前を呼ばれて振り返った俺。そこにいたのは王女サーシャとそのチームメイトの少女二人だった。学院最強チームとはいえ、二年生や三年生が一年生に道をあけている。


「どうしてあれが六鉄ろくてつの執行者、銀の天使喰いと?」

「ただの勘だ。確かなことなんて何もねえ」


 するとサーシャだけが俺の隣に来た。右からミフィーラ、シリル、俺、サーシャの順番で窓一つを占拠する。


「頭が痛いです。二日連続で『神話』を見るとは」

「やられたぜ。破滅だ終焉だと、酔っ払いの与太話なんぞがここに繋がるたぁ……さっき思い出したんだがな、あの酔っぱらい、『銀色から終焉が始まる』とか言ってやがった」


「ベルンハルトはこの現象をコントロールできますか?」

「十割無理だろうな」

「彼が取り込まれるところを?」

「ああ。映像が切れる直前、ひっでぇ顔で丸呑みされてったよ。仲間ごとな。制御できる見込みがありゃあ、銀の水から逃げようとはしねえだろ」


「……今しがたルールアたち、他の二試合の中継も切れました。見たところ、動きがあるものを手当たり次第に取り込んでいるようですね」

「……神話の存在がスライムみてぇな真似しやがって……」

「もう召喚祭どころではありません。学院の総力を挙げて事を収めないと」

「大天使だけは絶対出してくれるなよ。神話にゃあ名前しか伝わってねえつっても、天使喰いだ。実際、天使が喰われた後にこうなってる」

「わかっています」


「今から先生たちのところに行くんだろう?」

「ええ。……解決策を知る者はおそらくいないでしょうが」

「国王直轄の召喚術師隊が間に合うかどうかだな」

「王族特権でも愛娘のワガママでも何でも使って、大至急派遣させます。ですからフェイル・フォナフ――――助けてくれますか?」


 サーシャにそう言われ、俺は「は?」と喉が鳴った。


 反射的に視線を回したらサーシャの紫色の瞳と目が合った。気高い責任感と心からの優しさをたたえた王族の目と。


 ――俺のパンドラに水溜まり遊びしろってか――そんな冗談を思い付いたが、こんな何一つ笑えもしない非常事態だ。俺の口から出たのは飾り映えのしない了承の言葉だった。


「わかった。何だってやってやる」


 ベルンハルトなんかのせいで世界に終わってもらっては困るのだ。この学院が物理的になくなってもらっても困るし、世話になっているバイト先の親方やイリーシャさんだって護りたい。


 俺の答えを聞いて小さく微笑んだサーシャ。


 するとシリルとミフィーラも俺に続いてくれた。

「フェイルがそう決めたのなら異論はない。オジュロックの名にかけて力を尽くそう」

「動かす練習たくさんしたし、お披露目の場所は必要」


 終界の魔獣パンドラは俺一人だけで動かせるわけじゃない。『パンドラの眼』となってくれるシリルとミフィーラの協力が必要不可欠なのだ。


 そのことを知ってか知らずか、サーシャが俺たち三人をまとめて見て――もう一度笑った。今度ははっきりとした笑み。俺たち三人に対する信頼の笑顔だった。


「よろしい。良いチームです」


 少しだけ照れくさいが、これはこれでなかなか誇らしい。俺は自然と口端を持ち上げた。


 そして。

 で? 俺たちは何をすればいい? 時間稼ぎだろうが囮だろうが請け負ってやる。

 サーシャにそう告げようとした瞬間である。


「窓から離れろ!!」

 誰かがそう叫び――新たな事態が発生した。


 今の今まで縦横に広がっていくばかりで大きな動きを見せていなかった銀色の海が、いきなり明確な意志を持って学院校舎に襲いかかってきたのだ。


 校舎三階にある図書室とて、草原に面しているからには無関係ではない。


 銀色の海は、まるで高波のように立ち上がって校舎に次々ぶつかってきた。

 両隣の窓ガラスが割れ砕け、レンガが崩れるような大きな破壊音。

 それに女子たちの悲鳴が混ざる。


「サーシャぁ!!」

 俺は咄嗟に目の前のサーシャへと手を伸ばした。ミフィーラは大丈夫だ。いの一番にシリルが抱き寄せたのが見えた。


 サーシャを強く強く抱き締めると同時――俺は呪文詠唱なしの即効召喚。瞬時に現れてくれた何万という羽虫の群れを銀の大波に対する盾とするのである。シリルの方まで虫を広げた。


 まるで巨人の拳の一撃。

「がは――」

 開いていた窓から入り込んできた銀の大波に押され、俺はサーシャごと吹っ飛ばされた。強風に飛ばされた枯れ葉がごとくに床の上を転がる。


 羽虫の大群を召喚していなかったら確実に銀色の海に取り込まれていただろう。シリルとミフィーラもだ。俺が召喚した虫の大部分を呑み込んで、銀の波は引いていった。


「クッソ。やってくれる」

 そう悪態を吐きながら身体を起こすと……銀の大波を喰らった図書室は北側すべてがひどい有り様だ。ところどころ壁が崩れ落ち、窓はすべて原形をとどめていない。


「みんな無事ぃ? ちゃんと生きてるー?」

 そんな呼び掛けがあり、「こっちは大丈夫」「オレらもだ」波にさらわれた者はいなかった。


 それで俺は、「天使喰いの野郎……学院つーか、市街地との壁を乗り越えようとしやがったな……」なんてぼやきつつ、サーシャの手を取って立たせるのである。


 心配そうな顔が俺を見上げていた。


「大丈夫ですか? 怪我していませんか?」

「平気だよ。全身が痛いぐらいだ。それより俺たち、今のでやることができただろ」


 そして立ち上がるなり周囲を見回したサーシャ。


 ………………………………。


 自らの試合開始を待っていた優秀な召喚術師たち、サーシャ自身を除いた九チーム総勢二十六名、それらすべての視線が彼女一人に集まっていた。


「すう――」

 躊躇している時間などない。サーシャに許された猶予は息を吸い込む二秒間だけだ。


 次の瞬間――『英雄としての将来』を約束された学院最強の召喚術師として、民草を慈しむべきシド国の第三王女として、凜とした言葉を発した。


「今、ラダーマークの街にかつてない危機が迫っています。未確認ではあるものの、敵はおそらく六鉄ろくてつの執行者が一柱、銀の天使喰い」


 銀色の海――天使喰いの野郎が本格的に動き出した時点で、俺たちは時間的猶予の一切合切を失ったのである。


 召喚祭の戦場と市街地を隔てる壁の向こうでは三十万の観衆が今も召喚祭の再開を待っているはずで、そんなところに天使喰いが雪崩れ込めば歴史に残る大惨事だ。

 一刻も早く、一分一秒でも早く避難させる必要がある。


「どれだけの恐れを抱こうとも我々は召喚術師。神のすべてが隠遁した後の世界で、人類を守護してきた存在です。ここにいる全員が、数多の危機に立ち向かったいにしえの召喚術師たちの知識と技術を受け継いでいます」


 第三王女サーシャ・シド・ゼウルタニアの力強い声は、天使喰いという神話の存在に尻込みする俺たちを勇気付けた。そして、民を守るという責任感を分け与えてくれるのだ。


「たかだが執行者の一体程度、『英雄の血統』が今さら尻尾を巻く理由はありません。今日もまた力無き人々を護りましょう。空を飛べる者は執行者の足を止め、地を行く者は人々を安全な場所まで運ぶのです――私たちには、その力が備わっているのですから」


 サーシャがそう言い終わった時、この場にいる召喚術師は全員、己がやるべきことを自覚した顔であった。


 ――自慢の召喚獣と共にこの部屋を飛び出して現場に急行する――


「さあ!」

 サーシャが右手を前に伸ばして合図すると、召喚の呪文詠唱が始まった。


「行きますよ召喚術師たち!」

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