親子③

 その日は野宿をした。男が置いていった荷物のなかには確かにミザリたちの持ち物が入っていた。ないと困る物が優先的に選ばれたのか、日持ちする食糧や毛布が詰まっているのが見える。それらの隙間に見覚えのない袋がある。中身は銀貨と銅貨がわずかばかり。カーリの持ち歩いている財布は別にある。宿で見た時にはなかった。そうなると考えられるのは……。

 そこまで考えて、ミザリはわからなくなった。

 父と男の会話から父が逃げている相手のうちのひとりかと思われたのに、親切にも荷物を持ってきてくれて、そのうえわずかとはいえお金まで入れてくれた。男の、苦しげに眉根を寄せた顔が忘れられない。

 翌朝、夜が明けるとすぐに二人は西に向かって歩き出した。西へ進めば進むほど風は強く、激しさを増していく。

 まだ日が昇りきらないころに目を覚ましたミザリが父を見上げると、その目は赤く充血していた。一晩中考え込んでいたのだろうか。

 ミザリの、ために。

 風の勢いがいちだんと強くなって、ミザリはマントごと自分の体をかきいだいた。

 その里は、周りを厚い石垣で覆われていた。門のところには番兵らしき男が二人立っており、ミザリとカーリの行く手を遮った。

「長に会わせてくれ」

 番兵はカーリの爪先から頭のてっぺんまでを訝しがるように見ながら「何者だ」とたずねた。

「…… カーリが、息子を連れてきた、と伝えてくれればわかる」

 怪しむような表情を崩さないまま番兵の男はその場を去ると、しばらくしてから戻ってきた。ついてこい、とぶっきらぼうに言われて、里のなかで一番大きな屋敷に案内された。大きさのわりに静かな空間に恐怖をおぼえて、ミザリは父の服の裾をつかんだ。安心されるように背中をさすられてもなお恐怖心をぬぐえずにいるミザリをよそに、目の前の大きな扉が開いた。

「おまえがあのときの子か」

 正面の椅子に腰かけた老婆が言った。室内には煙草の臭いが充満していて、ミザリはつい鼻を手で覆った。

「おそれながら、長どの」

 カーリはミザリの背に手を置いたまま、口を開いた。

「最後にお会いしたのは自身がまだ赤子のころでしたのでその質問にはお答えできません。…… ですが長どのがそうお思いになるのならそうなのでしょう。長どのが、ご自身の罪を自覚していらっしゃるのなら」

 部屋の隅に控えている衛士が槍に手をかけたのを、老婆が腕を上げて制した。

「自覚しておる。…… たいへんに、自覚しておる」

 色素の薄くなった、カーリと、ミザリと同じ緑色の髪が何本か結い上げた髪の束から落ちていた。老婆はひどくやつれているように見えた。眉をひそめた顔が少しだけ父に似ているかもしれない。そう思って父を見上げると、父はじっと老婆を見つめていた。

 それから老婆にうながされて食事をとり床についた。食事についてカーリは勘ぐっていたようだが、問題ないようだった。ミザリは今まで味わったことがないほど柔らかな寝台の上で、甘い香りに包まれながら眠りについた。

 深夜、奇妙な不快感にミザリは目を覚ました。こめかみが痛むし、胃がむかむかする。視界も安定しない。隣を見ると、そこで寝ていたはずの父がいない。ミザリはふらつきながら人気のない屋敷を歩いて、裏口らしきところから外へ出た。

 桶に溜めた水をまるごとひっくり返したみたいな雨が里を覆っていた。

 里の中央にどっしりと陣取っている池の向こうに父を見つける。父は槍を持った衛士たちに囲われて、力なくうなだれていた。

「とうさん……!」

 聞こえるのは、雨粒が空間を裂く音のみ。ミザリは、自身も全身を切り裂かれながら力の限り叫んだ。

 その瞬間だった。

 池が中心から裂けた。

 ミザリの立つ側からすっぱりと、ナイフを入れたように生じた裂け目は数秒と経たないうちに地面を露出させた。妙な光景だった。氾濫する河の流れを無視して、壁が汚れた水でできた道のようなものができている。ミザリがそこへ向かって駆け出すのを見るや、カーリはあっけにとられる衛士の間を抜け出した。

「とうさん、父さん、とうさん……」

 体も顔もなにもかもずぶ濡れになりながら必死にしがみついてくる息子を、カーリはしっかりと抱きとめた。そうしてそのまま、川岸に立つ老婆を仰ぎ見た。

「―― 呪うなら、我が身を呪え」

 父の声はひどく掠れていて、激しく振り続ける雨の音もあってすぐそばにいるミザリですら聞き取るのがやっとだった。だけれど、揺らぐ視界で老婆が顔をこわばらせるのが、はっきりと見えた。

「さようなら。俺を産んだひと」

 勢いよくなにかがミザリたちの足元をさらった。大きな波が自分たちへ覆い被さってくるのが見えたけれど、自身を抱く父の腕の強さにすべてがどうでもよくなった。

 父の胸に体を預けて、ミザリはゆっくりと目蓋を下ろした。

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