第5話 幼馴染が危機に陥りました
「ゆう、か?」
俺のものじゃないようなかすれた声が出た。あり得ない。バーチャルアイドル隣家ゆめの正体は、幼馴染の夢野友香だ。俺が恋心を抱いてたのはずっと近くにいた幼馴染だった。
嬉しい? 驚く? いや、そうじゃない。驚いたのは本当だが、これはまずいという嫌な予感が急速に膨れ上がる。だって、顔バレだぞ? それも親しい人が顔バレしただなんて、今後どうなるかわかったもんじゃない。
「どう、すんだこれ。俺に何ができる? どうする」
隣家ゆめは人気の個人バーチャルアイドルだ。顔の流出なんて起こったら、自宅突撃みたいないたずらが起こるかもしれない。ガチ恋勢にはストーキングや脅迫状だ。
俺達は大学受験を控えているのに、もし炎上なんて起こったらどこも受け入れてもらえないかもしれない。そうなったらマズい。友香の人生がねじ曲がってしまう。
考えすぎて息をすることすら忘れていた。その中でスマホの振動音が部屋に響く。電話だ、それも友香から。
「友香? 俺だ、冬輝だ」
『どうしよう、どうしよう冬輝。私、どうしよう……』
泣いている。元気さが売りの友香が、焦りに焦って泣いている。今は俺も必死になだめるしかできない。俺達は高校生で、世間に対してできることは限られている。
炎上したとしても、それを止めることなんてできない。
「いいから、状況は理解しているから。とりあえず俺の家にもう一度来れるか? お母さんには緊急の用事があるって言っておくから」
『うん……』
彼女の家族にも俺の家族にも相談できない問題だ。事情に詳しい俺と話した方がいいかもしれない。その俺もどうすることもできないかもしれないけど……。
友香は電話を切り、その後すぐに俺の部屋まで来た。まだ泣きじゃくっていて、目元は腫れていた。俺の親もこんな夜にどうしたのかと心配したけど、一旦俺たち二人で話させてほしいと頼んだので、今は下の階にいる。
まずは友香の背中を撫でて、落ち着かせることを優先した。友香がこの状態では、今後どうしていくかも話せない。
「ひぐっ、ひぐっ……うわぁぁぁぁぁ……」
「友香……大丈夫だ。きっと、大丈夫」
大丈夫だ、なんて保証は俺にはできない。でも彼女の味方である俺が不安でどうするんだ。俺がなんとかしなきゃ。でも、どうすれば。
ひとしきり泣き終わった友香は、ようやくぽつりぽつりと話せる状態まで回復した。
動画で見た通り、自分が隣家ゆめの正体だったこと。ボイスチェンジャーを使っていたので、声を聞いただけではわからなかったこと。隣家ゆめになったのは、自分の元気を他の人に分けてあげたかったから。自分の部屋に防音処理を施していたこと……
辛い出来事から逃げるように、彼女は泣きながらとにかくたくさんの事実を話してくれて、俺はただその言葉の数々に頷いていた。とにかく、お互いに冷静にならなきゃならない。
話すのが止まって、俺達の間に長い沈黙が降りる。さて、どうしようか。
「私、こんなことになるなんて思ってなかった」
ぽつり、ぽつりと冷静に喋り出すくらいには友香が回復した。何とか話ができる状況にはなったけど、まだ体は今後に起きることを恐れて震えている。俺も外見には出さないけど、大事な幼馴染が今後どうなるのかわからなくて心は怯えている。
そんな彼女が次に出した言葉は、弱音だった。
「こんなことになるなら、隣家ゆめになっていないほうがよかった」
「そんなこと、ない」
こんなトラブルになるんだったら、確かに隣家ゆめにはなってない方がよかっただろう。でも、俺はその言葉を否定したかった。
隣家ゆめは、夢野友香は本当に楽しそうにゲームや配信をしていたと思う。俺もその元気を分けてもらっていた。だから、隣家ゆめは人々に元気を与える存在だから必要だったんだよって、否定したかった。
「隣家ゆめにならないほうがよかったなんて、そんなこと言わないでくれ。少なくとも俺は毎日楽しみにしていた。見るだけで元気をもらえるんだ。だから――」
「冬輝がトラブル起こしたわけでもないのに、知ったような口きかないでよ!」
「……ごめん」
「あっ……」
わかっている、わかっているよ友香。今はまともな精神状態じゃないもんな。何を言われても受け止める覚悟はできているから、俺に怒りをぶつけてもいい。それで友香の心が晴れるのなら。
「次の配信、しないほうがいいよね」
「そうだな。俺がネットの反応見ておくから、話題じゃなくなるまで活動は控えた方がいいと思う」
「そういうの、ちょっと怖いな。何書かれてるかわからないから。酷い内容を見ても、怒ったりしないでね?」
この状況でも、こっちの心配をしてくれるとはな。友香はやっぱり優しい奴だよ。
その後いくらか話して、しばらくは活動を自粛してほとぼりが冷めるまで待とうという解決策で話は終わる。絵を描くことしかできない俺は、無力だった。
そして、今週の土日に隣家ゆめが配信を行うことはなかった。静かな状況の反面、俺の心はネットに書き込まれた悪評を見て煮えたぎっていた。
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