第6話 それでも俺は幼馴染を応援しました

 休日明けの月曜日。隣家ゆめに彼氏がいるなんてゴシップになったらヤバいということで、俺達は学校まで別々に登校した。そこまで気にすることの程でもないかもしれない。

 だけど、顔バレをしたという事実が俺達の心をむしばんでいた。


 学校の教室につくと、友香に対するどんな視線も悪意を持ったものに感じてしまう。ただ偶然そちらの方向を見ただけなのに、それが友香を苦しめるものではないかと邪推してしまう。

 そんな午前を乗り越え、今は昼休み時間。俺が再び警戒心剥き出しになったその時だった。


「ね? 人気バーチャルアイドルの顔バレ見た? あの必死さヤバかったよね」


「うっ……!?」


 危惧していた話題が来てしまった。俺はすぐにでも話題を別のにしようと、話しているクラスメイトの女子2人へ詰め寄る……!


「そうそう、あの男の人ヤバかったよね! 外見が女の子で、ボイスチェンジャー使ってるからめっちゃ面白かった! あの焦りと炎上具合がさぁ」


 ん?


「え? 何? 川原くん」


「え? あー、いやっ、ごめん何でもない。それすごかったよね、ハハハ……」


 隣家ゆめの話題じゃなかったことに安堵し、俺はすぐに自分の席に戻る。変な川原くん。たぶんそう思われただろう。いや、今日の俺のキョロキョロとした不審な行動自体が変だと思われているだろう。


 でも、話題が友香のことじゃなくてよかった。聞こえてくる話題に反応自体はするかもしれないけど、自分自身のことを話されるよりはよっぽどマシなはずだ。


 それにしても同時期に顔バレをした配信者がいたのか。しかも女性と偽っていたから炎上もしている。その人には悪いけど、どうにかこちらの隠れみのにさせてもらおう。


 そして空いた時間にスマホで隣家ゆめが炎上していないかチェックしていると、友香が先生に呼ばれた。もしかして、バーチャルアイドルとしての活動を怒られるとか? いや、そんな思いは杞憂であってくれ。


 だが、今度こそ嫌な予感というものは当たっていた。午後の授業開始直前にしょぼんとした体勢で教室に戻ってきた友香は、不機嫌そうに机に突っ伏す。


 あの状態だと、話しかけてもまともに返事を返してくれないだろう。先生にバーチャルアイドルとしての活動を注意されたんだと思う。


 お互いに本調子じゃない午後も乗り越えて、2人別々に帰宅。そして、電話で連絡を取り合う。友香は元気が無さそうな声だったが、ちゃんと出てくれた。


「おつかれ、友香」


「う~ん、お疲れぇ冬輝。とほほだよ……周りの音が全部私を攻撃しているように聞こえるし、先生にはお前何やってるんだって超怒られたりしたしぃ……隣家ゆめとしての活動は、もうしばらく無理かも」


「やっぱりあれ怒られてたのか。そうだなぁ、顔バレしたんだったら先生も怒るよな。本当にしばらくは無理だ」


「いや、抜き打ちテストの点数が悪いって怒られた。あれは金曜日に勉強した範囲じゃないよ!」


「そっちかよ」


 心配して損した! いや、先生に気づかれていなくてよかった! そうだよな、忙しくてあの堅物な先生がネットや動画をチェックすることあるわけないもんな。


 ほっと胸をなでおろす。どうやらクラスや先生には気づかれていないようだ。他の炎上した配信者がうまい具合に情報を隠してくれた。でも、完全な安心は禁物だ。


「私、地獄に落ちそうかも」


「友香が地獄に落ちるのなら、俺も一緒に落ちる」


 自分でも笑ってしまうようなセリフをぶつけてみる。俺は元気をもらっていたんだ。今まで元気をもらっていた分、それを返してみたい。


「ふっ、うぁははっ。クサいよ? そのセリフ」


 よかった、少しでもいつもの笑い声を出してくれた。土日には聞けなかった癒しの笑い声だ。


「あははっ。やっぱり、その笑い声が似合うよ友香は」


「あははははは! でもこの笑い声を届けるのはしばらく無理だよ。みんなの前で笑うのが、今はちょっと怖い」


 みんなの前で笑うのが怖い。だったら、その声を独占したいというよこしまな心が出てしまった。でも、俺の本心はそうじゃないはずだ。夢野友香には、隣家ゆめとしてまた元気に笑ってほしい。惚れた人には明るい笑顔でいてほしい。


 幻想の世界にしか存在しない隣家ゆめの姿と、幼馴染である夢野友香の姿が完全に頭の中で完全に重なった。俺、彼女たちに惚れてる。だから二人には笑顔であってほしいんだ。


「友香。その、頑張ろうな。俺頑張るよ」


「うんっ。いや、いきなりどうしたの?」


「しばらくは活動自粛になると思うけど、その期間でやらなくちゃいけないことがあるんだ」


「え? どうしたのさ? 何かあったっけ? ごめん、あまりにも顔バレのショックが大きくて、記憶がぼんやりしてて……」


「思い出せないのならいいんだ。俺、ちゃんとやるから」


「うーん? うん、わかった! 何をするかわからないけど、冬輝ならちゃんとやってくれるって信じてるよ。にひひっ」


「まずは今週を乗り越えよう。頑張れよ、友香」


「うん、そっちもね」


 俺は電話を切ってすぐ机に向かう。あの絵を完成させよう。俺の中での最高傑作に仕上げるんだ。いや、それ以上のことをするんだ。

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