第3話 俺も幼馴染も変になりました
金曜日。朝目覚めても、学校から帰ってきても俺の心は真っ黒だった。
一緒に隣家ゆめを応援する仲間だと思っていたファンに対して、強烈な敵対心が今の俺に宿っている。
醜い。どこの誰かもわからない、俺の顔も声も知らない、直接話をしたこともない人に恋している自分が。
昨日まで仲間だったファンを恨んでいる自分が、とてつもなく醜くて気持ち悪い。
いつもは興味が無くて、自分がなるはずがないと考えていたガチ恋勢になってしまった。届かず、叶うことのない恋心を自分が抱いてしまった。
「最悪だ」
学校に行けば幼馴染の友香に会うことで少しは癒されるかと思ったけど、友達とつきっきりで話すタイミングが無かった。
友人にこんな恋心を相談しても『忘れろ』の一言しか飛んでこないだろうし、学校でこの気持ちを癒すことはできなかった。まさか教師に相談するなんてことできないだろ?
……そうだ。絵を、イラストを描こう。黒いもやで心が塗りつぶされていても、隣家ゆめから来た依頼はちゃんとこなさなければならない。今後の信頼に関わってくる。
でも、筆が進まない。心が乗らない。ここはどんな色を指定するんだっけ、ここをどうしていくつもりだったんだっけ。ラフとしてだけど、隣家ゆめの顔を意識する度に黒い感情が強くなる。
あれだけお金を出せるのだからお金持ちなんだろう。だから、きっとそれに似合うだけの体格と顔をしていて、絵を描くことが趣味の自分なんかよりよっぽど隣家ゆめに似合っていて……。
やめろ! そもそも彼女に俺が似合うかに合わないかという考え自体が気持ち悪いんだよ!
必死で気持ち悪い心を抑え込む俺の耳に、インターホンの音が響く。ああ、友香が勉強しにくる日だっけ、今日は……。
一階まで降りて玄関を開けた俺の前には、幼馴染の友香が笑顔をたたえてワクワクとした感じで立っていた。今の俺とは対照的だ。長い付き合いがあるせいか、友香は俺の異変にすぐ気づいた。
「学校ぶりだね冬輝! どうしたの? 朝から元気ないよ?」
「よく気づくな、俺が元気ないのに」
「ずっと見てきてるからねぇ! もしかして、今日はやめといた方がいい?」
普段は明るいのに、気遣いは良くしてくれるのが彼女だ。その優しさが心にしみる。一緒にいて本当に楽しいと思える、茶髪のセミロングな髪が目立つ活発な女の子。
端正な顔立ちで美人の類だ。ぱっちりと開いた目が愛らしい。こんな子が俺の幼馴染だなんて前世の俺はどれだけ徳を積んだのだろう、なんて思ってしまう。はっきり言っていつもの俺なら一緒にいるだけで超幸せだと思うだろう。
「いや、大丈夫。テストやばいんだろ?」
「やったぁ! 友達だとだんだん騒がしくなっちゃうからさぁ! 勉強するなら冬輝と一緒じゃないと! あははははぁ! でも、本当に調子悪かったら言ってね?」
いつもは聞いていてこっちまで楽しくなってくるはずの彼女の笑い声。でも、似たような声質の彼女の声がなぜか隣家ゆめと被る。
やめろ、彼女は隣家ゆめじゃない。幼馴染にこの黒い感情をぶつけちゃいけない。なんとかこらえろ、俺。
「おじゃましまぁす」
靴を乱雑に脱いだ後にきれいに揃え、友香は階段を上がって俺の部屋へ向かう。時折遊びに来てたから、家の構造をある程度知っているんだよなぁ。
俺の友人がそれを知ったら、絶対に血の涙を流すだろう。なんだそのうらやましい設定はと。別に設定じゃないし。
部屋に入った彼女をゆっくり追いかけていくように、俺も階段を上がる。そして、なぜか友香の大きな声が家に響いた。
「うわへぇえええええ!?」
「友香!?」
まさかゴキブリでも出たのかと思った俺は急いで階段を上り切って部屋に入る。
そこには、俺のパソコンに表示されている画面を凝視して、わなわなと震えている友香の姿があった。なんだろう……まさか、怒ってる!?
「こ、これはどういうことなんです冬輝くぅん」
「イ、イラストを有償で描いているということは知ってなかったっけ?」
「そうじゃなくて! これ、まさか……」
震える指で差されたのは、画面に映ったままのラフ画像だ。友香なら見られても問題ないということで、PCの画面に表示したままだった。それが何か問題なのか?
「これ、依頼内容の……いやっ、なんで隣家ゆめのファンアート描いてるの!?」
「それは、隣家ゆめから直接依頼が来たから?」
「ひうっ!?」
驚いたようなゾッとしたような声を上げ、友香はフリーズしたように固まった。その後は嬉しい顔を見せたり顔を赤くしたりして、やっと硬直させた体から力を抜いた。何だったんだ? 今の反応。
「冬輝だったんだぁ」
「え?」
「え? いやいや!? 隣家ゆめにSNSで送られる似たような絵柄のファンアート、奇麗だなーって思ってたから! すごいね! バーチャルアイドルに認められるとかすごいじゃん!」
「そ、そうかな?」
「そうだよ! 隣家ゆめもこんな素敵な冬輝に描いてもらって絶対幸せだよ!」
そうだな、とは素直に言えなかった。だって彼女は俺の顔も名前も声も知らない。俺はただのビジネス相手だ。その彼女が俺に描いてもらって幸せと思うだろうか?
感謝するのは作品を書いてくれたことに対してで、俺個人に感謝するわけではない。作品さえ描ければ、たぶん誰でもいいだろう。
「勉強、するか」
また黒い気持ちがせり上がってきた俺は、友香にそれしか返せなかった。
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