第2話 恋心を抱いていたことを自覚しました
あれから数日が経った木曜日。隣家ゆめから依頼されたイラストのラフは滞りなく進んだ。明日は友香の勉強会なのでとても忙しいスケジュールだ。
土日にはラフの確認を隣家ゆめにしてもらいたい。どんな反応が返ってくるか怖いけど、同時にどれだけラフの時点で喜んでくれるかとワクワクした。喜ぶ顔を見ることはできないけど、SNSやメールの返信で示してくれたら嬉しい。
「うー、んっ」
ずっとPCから目を離さない体勢だったので、背伸びをすると背骨がポキポキと音を鳴らした。
学校から帰ってきた時から、夕飯以外はずっとイラストを描いているんだ。そろそろ休憩にしよう。もう午後10時だ。
元気が無い時は隣家ゆめの動画を見て元気をもらう。それで、隣家ゆめには俺の絵で元気になってもらう。それが何だか他の人には知ることができない作業のような気がして、恥ずかしく、そして我ながら気持ち悪いことを考えているなと言う気持ちになった。
疲れた体がベッドに吸い寄せられるようにゆっくり倒れる。俺はスマホで隣家ゆめの最新動画が出ていないかチェックし、彼女の声をよく聞き取れるようにイヤホンをつける。
最新動画は来ていた。いや、ゲリラライブ放送をするらしい。モンスターを従えた対戦ゲームの動画だし、今回も予想外の展開で笑わせてくれること必至だろう。
放送中にコメントを送ることができるし、運が良ければそれをネタにしてくれる。俺にとっては必見の動画だ。
「ばんわーっ、と」
見に来ているよ、と知らせるために挨拶をする。画面の向こうにいる隣家ゆめも『ばんわーっ!』とみんなに挨拶を返してくれた。キレイで元気な声の挨拶だけでこっちが元気になってしまうのは才能と言えるだろう。
『今日はぁ! ポシェットモンスターでレート対戦していきまぁす! しゃあ行くぞぉお!』
女の子らしからぬセリフだが、それが隣家ゆめの持ち味だ。その挨拶以降はもちろんだが、彼女の独壇場だった。
通信対戦には負けるが、そのリアクションが見ていて聞いていて非常に面白い。相手の予想外の行動に叫び、笑い、時には無言になって真剣さを見せる。そしてまた『わはははは!』と笑う。
今後彼女にイラストを送って活動の助けになれるかもと考えると、コメント欄で流れていく他の人たちに対して優越感も出てくる。俺は君たちと違うんだぞ、という気持ちだ。
夢中になってあっという間に時間は過ぎていき、最後に視聴者のコメントを受け取って楽しむコーナーになっていた。自分もコメントを送るが、運悪く他の人のコメントが取られてしまって少し落ち込む。
まぁ、全部うまくいくということは無いよなぁ……。
そして、興奮感が冷めてきた時にそれは起こった。
【隣家ゆめ愛してる ¥20,000】
『ひょえええええええ!? すんごいスパチャきたあああああ!?』
「にまっ……!?」
投げ銭というレベルではない投げ銭が突如として隣家ゆめに与えられたのだ。有償イラストで金を稼いでいる俺でもためらってしまうほどの額。それが何のためらいもないかのように彼女にもたらされた。
『えーっと、静岡のVさん! ありがとうございまぁす! この人っ、静岡のVさんっていうネームですからね! 匿名ぴったりの名前ですねぇ、うははははは! はいっ、静岡のVさんからコメントも来たので読みまぁす! けっこう長め?』
これはヤバいと感じた。あれっ? なんで俺はヤバいと感じてるんだ? 高額のスパチャはたまにあるはずなのに、何で今は……。
『【隣家ゆめガチ恋勢です! 顔もわからない相手に恋をするのは変でしょうか? この気持ちは迷惑でしょうか?】。うーん、なるほどねぇ……。
私はぁ、別に変じゃないと思うよ? 好きになっちゃったんならしょうがないじゃん! 純粋なガチ恋の気持ちは迷惑じゃないし、周りに迷惑かけたりしなければオッケイ! 私は超嬉しい!』
どうしようもない嫉妬感が俺の内に湧き上がった。なんだこの暗い気持ち? 今まで彼女の配信を見ていた時には湧き上がらなかった気持ちだ。自分にはできないことを、金を持っていて勇気を出した他人がやっただけなのに。……独占欲?
『迷惑じゃない範囲ならSNSで直接メッセージ送っても大丈夫だからねぇ! 言いふらしたりなんてしないから、恋心はそこでも大丈夫だよ!
やばっ、ガチ恋メッセージ送られたことないから、顔あっつい! 恥ずかしいやぁ!』
ああ、そうなのか。元気な彼女に恋心を抱いてたんだ、俺。だから他人が隣家ゆめに近づくことに嫉妬しているんだ。
顔も見たことが無い、どこの誰かも知らないような相手に向かった叶うことのない恋をしている。その自覚したばっかりの思いが、どんどん黒く染まっていく。
【嬉しいです! ホント愛してます! ¥30,000】
『静岡のVさん!? 嬉しいけど無理しないでねぇ!? お気持ちは超嬉しいし、こんなにも好きでいてくれる静岡のVさんは好きだけど、無理しないでねぇ!?』
高額の金額にみんなの感覚が麻痺したのだろうか。そのメッセージを区切りに次々と少額だが投げ銭が放り込まれていく。
みんなの『俺もガチ恋する!』『隣家ゆめ好きだわ』『メッセ送ろ』などというメッセージと共に。
「やめてくれっ」
その様を見て入れられなくて、スマホを壁に向かって思いっきり投げそうになった。自分の奥底にあった淡い恋心が、どうか他の人に振り向かないでくれと必死で泣き叫んでいた。
もうその配信を見ていられず、俺はスマホの電源を切って布団に潜り込む。寝てしまおう。寝ればきっと落ち着くんだ。
こんな叶わぬ恋心は眠ったら潰れてくれて、明日からはちゃんと黒くて気色の悪い心を持つことのない、いつもの俺に戻れるんだ……。
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