閑話「計画」

「あーあ、女王様ぶっ殺したい。」

忘却の森を沿った道を少しだけ歩いた先にあった岩にヘレンとジャックが腰を下ろしていた。ヘレンは足をぶらぶらさせて空をぼーっと眺めながら息を吐くかのように真っ黒な本音を呟いた。隣で聞くジャックもちょっと引いている。

「・・・それがあなたの本性ですか?」

「っていうか本音。だってそうでしょう?私何にも悪いことしてないのに、殺されたか。」

ジャックに返す言葉はなかった。女王の側に仕える身として「何回も」処刑台で繰り広げられる同じ光景を目の当たりにしてきた彼としては。

「で、それを僕に言ってどうしろと。」

気まずさに耐えられず、話題をさっと切り替える。

「あら、貴方も私と同じなんじゃないかなって思っただけ。」

「・・・。」

二人した同じように顔を上げた。雲は人々の苦労などどこ吹く風に流されている。

「僕も本音を言うと疲れました。ですがどうすることもできない。」

「それはどうかしら。自由の鍵。あれで少しは出来ることが増えたんじゃない?」

彼の方にどこか勝ち誇った笑みを向ける。

「さあどうでしょう。今のところ実感はありませんが・・・。」

強いていえば怪我が治ったぐらいで、目立つ変化はない。ヘレンもそうだった。彼女が自身に起こった変化に気づいたのはなんと死んでからだ。という事実も、「じゃあ死んでみる?」なんて冗談もいつもなら言いそうなところをあえて言わなかった。その間ジャックも考えていた。


「自由・・・もしかして・・・。」

思考に夢中で声に出てることも気づかなかった。ヘレンに指摘されると我に帰るためにも首を振るう。

「いや、なんでも。っていうかぶっ殺したいなど物騒な事をおっしゃいましたが、本気ですか?」

「本気よ。でもノープランね!いい案が全く浮かばない!だって城のガードががっちがちでしょう。近づけやしない。」

体の動きがおとなしいものの、その分頬を膨らませたりと顔に出る表情で実にわかりやすい。ヘレンだけではない、どんなお金持ちも強者も彼女の首をとろうなど幻想。国の絶対の支配者が操る護りは決して脆くはない。

「強固なガードのうち一人が減ってしまうとすれば?」

「どゆこと?」

目と口をまんまるに開き夢から覚めた直後のような表情のヘレンに対してジャックの微笑は「してやったり」と語っていた。誰に向けてかはわからない。

「いい案が浮かびました。よければ協力しませんか?」

「城に詳しい人が仲間につくなら大歓迎だけど・・・私に出来ることあるかしら?」

ジャックが耳打ちをする。ヘレンの目はますます見開く。

「貴方の他にも協力者が必要になります。チェシャ猫は大変頼もしい助っ人となってくれるでしょう。あとは・・・。」

「まあ!アリ・・・!」

すかさず彼女の口を両手でしっかりと塞いだ。勢いよく頷く。「言わない、言わない」と言っているようだからそーっと離した。

「ちょっと利用するだけ。用済みになれば必ず助けます。」

「その言い方、頭がおかしくなりそう。」

何を聞いたのかは知らないが、ヘレンはちょっと不服そうだった。半開きの目蓋から瞳孔がまっすぐ見上げてくる。

「でもそんな遠回しなことする必要ある?」

ジャックが立ち上がる。

「どうせなら、ですが・・・。」

振り返った彼は相変わらず嫌な笑い方をするのだ。ヘレンは大人故に勘付いてしまう。今の笑顔は純粋な気持ちからなるものではないと。ジャックはヘレンにこう尋ねた。

「革命が起きる瞬間を見たくないですか?」

ああ、なるほど。

ただ殺すだけでは本当の解放にならない。

まさに国民が一致団結して勝利を掴んで自由の旗を振ることこそに意味があるのだと。


なんてこじつけ。

百割嘘だとは言わないけど、ただ殺すだけでは満足できないほど拗らせているのだろうとジャックの笑顔を見てようやく結びついた。ヘレンはもとより自分の中の黒い感情を自覚していたが不意につられてしまった。腹の中が湧き上がって顔に熱気がのぼってくる。興奮さえ感じてきた。

「物はいいようね。」

人間性を崩さないよう、皮肉で返した。ジャックにもバレバレだろうが。

「では私はここで。無事成功したら、僕にしてくれた事はチャラにしてあげます。」

といって歩いて立ち去る彼の背中に声をかけた。

「しなかったら?」

足を止めて、振り返らずに答えた。

「共に地獄行きでしょうね。」

穏やかで満たされた声だった。

「成功したところで私たちなんかどうせ地獄行きよ。」

ヘレンも同じだった。

「ヘレン様。成功したら貴方に話したいことがあります。今これを言ってしまったら私は死ぬ呪いにかかってしまいますので。」

なにやら意味深な言葉を残して、今度は魔法で一瞬にして姿を消した。ヘレンもこれには小首を傾げる。

「え?なにそれ・・・怖いわ。」





––アリス救出後の出来事。

「ご主人。ただいまぁ。」

宿屋の裏庭でうーんと伸びをしているヘレンのもとに暗い靄があつまって、塊となり、チェシャ猫となった。

「おかえり!うまくやってくれた?」

頭を優しく撫でてあげる。大きなおでこをすり寄せた。

「ああ。ちゃんとあの偽物の鍵を、兵士の目のつく所に落っことしてきたよ。」

小声で報告。彼女はさらに満足そうに今度は喉を撫でた。ゴロゴロと嬉しい音を鳴らす。

「あとは他のみんながうまくやってくれるわ。」

「そうだね。ご主人がそう言うなら僕は信じるよ。」

チェシャ猫も絶対の信頼を寄せてくる。無茶を承知で頼んだジャスミンや、彼の仲間。勿論信頼したからこそ頼りにしているのだが、今から実行する計画が大規模な分不安もいっぱいだった。なによりアリス達を巻き添えにした罪悪感もいまだにあった。

「大丈夫よ。全てが終わったら、ハッピーエンドだから・・・。」

呟いて、空を見上げた。

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