ウサギ穴の先には


「プロポーズされるなんて・・・。」

今更になって赤い顔を覆うアリス。一方、連れは先ほどの件から苛立ちがおさまらない。

「君はいずれ元の世界に戻るんだから、この世界で誰かと結ばれても離れ離れになって二度と会えなくなるんだよ?」

アリスに対してはどこか説教臭く。そもそも、苛立ちの矛先はアリスに求婚したマーフィーに対してのもの。

「それに、悪いけど、アイツだけは絶対に無い!!」

「どうして?あなたと同じ、頭が変だから?」

やれやれ、アリスはどうも言葉足らずというか。

「どうしてって・・・アリス、悪気はないんだろうけど語弊を生むからその言い方やめて。僕はまともだから断ったんだよ、だって。」

後ろから足音が聞こえて、振り向くとそこにいたのはジャックだ。あの時、魔法が使えるとの事を明かしたのでこの現象も無理やりだが納得がいく。しかしなんの気配なく突然どこからともなく現れるのは心臓に悪い。

「ジャックさん、どうも。」

ピリピリさせた神経が言葉にし難い痛みで内側から支配する。彼女の前に一歩出たハミルトンも同じだった。いや、彼は尚更に違いない。

「どうも、こんにちは。どちらへ向かうのですか?」

世間話も無し、いきなり目的地を聞くから警戒心はより一層増す。でも、秘密にする理由もないし、きっと彼が知ったところで何にもならないだろう。だってアリスの目的と彼は無関係なのだから。

「忘却の森よ。」

「そうですか・・・。その前に。」

ジャックは笑顔で手を出した。

「自由の鍵を僕に渡してくれませんか?」

アリスは驚いた。恐怖さえ覚えた。

鍵を持っていることをなぜ彼が知っているのか。この鍵はただの鍵ではない。「求められた時以外」極力人の目に触れられたくない。ああ、せっかく今は大人しくただの鍵でいてくれてるのに。

「隠しても無駄ですよ?いいから早く。それはこの世界を簡単に落としかねない危険な物で、女王陛下は大変危惧していました。」

声は抑揚がなく、低い。ヒヤリとするぐらい冷たくて、重い。

ジャックは笑顔だ。怖がらせないための笑顔なのだろうが、意図が見え透いてしまえば反対だ。大人が子供を騙すときの笑顔はきっとこうだ。表情筋が笑顔を作っているだけだ。

「場所もわからず、作り話となりかけていましたがそれが本当に解放の力を秘めていて、引き出せる者がいる・・・僕はあなたには手を出したくない。鍵さえこちらに渡してくれたらいいのです。」

怯えるアリスに構わず続けた。彼女がどう返事しようと、どうにでもできる余裕があるからだ。

「出したくない」と「出せない」は違う。

アリスは首を横に振る。

「なぜ?鍵を手離さないと貴方は狙われ続ける。」

そう。ジャックは女王に仕える人。ここで逃げても彼が報告をすれば国から狙われる事態にまでなるのだ。それでもアリスは渡さない。

「自分にとって都合の悪いものは消そうとするんでしょう。そんなことはさせない。」


思い出していく、この世界で関わった人たちの言葉を。

「それが私の「物語の掟」とかいうクソみたいな呪い・・・。」

その掟に縛られて。

「女王様に「私の時間」を止められてしまったのだ。

自由を奪ったのが。

「この国は自由を得ることを嫌う奴が統べている。

女王様なら、この鍵はさぞ厄介だ。

渡したらどうなるかわからないが、きっと、また理不尽な掟の中で雁字搦めになるだろう。アリスが元の世界に戻ったあとは結局苦しむのだ。かといって、渡さないと言ったアリスは袋の中のネズミだ。彼に迫られたら逃げられる術はない。国から狙われたら逃げ場はない。それでも揺るがない、彼女の意思は強かった。


「私がこの世界を自由にするのよ!」


叫んだアリスと、口を挟むことができなかったハミルトンの足元に現れた大きな穴。もちろん、ジャックの仕業ではない。

「きゃああ!!」

「わああああっ!!」

全くこれで何回目。穴が現れる時も何かしらの前触れが欲しいものだ。二人は落ちていく、真っ暗な穴を。上を見るのも下を見るのも怖いアリスは目を閉じた。一瞬だけ、勢いよく落ちる感覚とは違った、ふわっと体が浮いたような気がしたから恐る恐る目を開けたら・・・。途端に視界が明るくなり、体を打ちつけた。不思議なことにあんな高いところから落ちたにもかかわらず、ベッドから転げ落ちたぐらいの衝撃と痛みだ。

「痛く、ない・・・?」

痛くないわけではないが、想像していた痛みに気並べると無痛に感じる。うつ伏せの体を起こすと、そこは白い円柱の壁に覆われた空間。いろいろな扉があるが、どれも小さい。見上げると天井?どうやって入ったのか、この扉はどう入るのか、気になる点が多すぎて気になる気にさえならなかった。そして、先ほどのアリスみたいにうつ伏せのハミルトン。

「ハミーさん!!」

駆け寄る前に、軽快に起き上がった。

「まったく、順番がめちゃくちゃだ!・・・?」

なぜか言った自分も首を傾げる。すぐに「なんでもない。大丈夫。」と早口で揉み消した。

「・・・ん?見て、あれ。」

アリスが指差した先、ガラスのテーブル。その上にはケーキ。「EAT ME」とチョコペンで書いてある。怪しさしかないうえに、少食のアリスはさっきのお茶会でお腹を満たしていた。ハミルトンは一瞥するだけだった。

「どれが外に繋がる扉なのかしら。」

ジャックから逃れて、鍵も渡さずに済んだのに、出られもしない所に閉じ込められるという新たなトラブル。

「どれも入れないから意味がないじゃないか。」

扉から扉をうろうろしていると、殻の小瓶が転がっているのを見つける。二つ離れた先の扉の前にも小瓶が。こちらは透明の水が入ってて、「drink me」と書かれた札がかけてある。いかにも怪しさしかないブツだ。

「空の瓶があるってことは、先に誰かいたのかな。これは何かしら・・・。」

ハミルトン腕を組んで睨んでいる。多分。

「色々な事があって忘れてたよ。鍵があった家にも同じのがあったよね。」

彼の言葉で思い出した。飲んだら体が大きくなるへんてこな液体である。だが、今は大きくなるより小さくなりたいのだ。

「前は大きくなったよね。私を飲んでってこと以外書いてないから、もしかしたら今度は違う効果が現れるかもしれないよ?」

ハミルトンはゆっくり首を横に振る。

「毒入りだったらどうするんだい。」

「・・・。」

そう言われたらお手上げだ。そこに、タイミングよくネズミが通りかかる。扉よりも小さい壁に開いた穴から出てきた。

「そうだ!」

何か閃いたハミルトンはネズミを追いかけた。違う穴に逃げ込む前になんとか尻尾を踏んづけて捕獲成功。哀れなネズミは背中をつままれ宙ぶらりん。アリスから小瓶を奪うと器用に親指だけでコルクの蓋を開けて、床に一雫。アリスはすぐに察した。ネズミを見つけてすぐ実験台にしようと思いつくのは、さすがというより少し引き気味。とても小さな水たまりに寄せられたネズミは鼻を寄せ、少しずつ飲んでいる。すると、ひとまわり縮んだ!

「ははっ、やった!こいつは小さくなる、当たりだね!」

手放されたネズミはものすごい早足で駆け出し、スポッと気持ちよく穴に飛び込んだ。

「よかった・・・毒入りだったらネズミさんも危なかったもんね。」

ほっと一安心。しかしまたまた大問題。

「・・・・・・。」

ハミルトンは飲めない。なぜなら開く口がないからだ。深いため息とともに、頭を抱えて座り込むハミルトンと再び絶望の淵に立たされるアリス。

「・・・!」

アリスは閃いた。彼がもしかしたら小さくなれる方法。ダメ元だが、それならそれで仕方がないと一つの賭けに近かったが。

「・・・えっ。」

なんと、ハミルトンの頭上に小瓶の液体をかけたのだ。しかも割と遠慮なく、真顔だ。かけられている本人は何が起こっているか、いまひとつ理解できないでいた。だが、アリスもびっくり、ハミルトンの体は小さくなっていったのだ。

「まさか成功するとは思わなかった!」

扉をくぐれそうな大きさにまでなったのを見届けて次は自分の番。ちょうど半分の液体を飲み干し、ハミルトンと再び肩を並べた。

「・・・結果よければ全てよし、ということにしといてやるよ。」

飾り物の帽子から滴が垂れたままハミルトンがドアノブに手をかけると、ガチャガチャと音を立てて微かに動くだけで扉は開かない。鍵がかかっているのだ。

「これで開かないかな。」

「まさか。」

軽く投げやで自由の鍵を穴に差し込むとぴったりはまり、手応えを感じた。再びドアノブを回すと軽く、扉は開いた。

「マジか。」

自由の鍵は意外なところで、普通の鍵として役にな立つなんて驚きだ。アクシデントとミラクルに振り回され、ひらめきを繰り返し、二人は扉の向こうへ進んだ。


暗く、洞窟のよう。足音がよく響く。ただし、静かなのはほんの少しの時間だけ。向こうからやかましい声が聞こえる。安堵したいが、そうもいかない。なぜなら男二人の言い争うトゲのある声だったからだ。

「おう!やんのかテメェ!」

「上等だゴルァ!」

アリスがつんつんハミルトンの背中を突く。こんな時、ハミルトンはやたら動じないから先々進もうとする。

「引き返した方が・・・。」

曲がり道の先、声の主が二人・・・いや、二匹?体は人間だが、頭が獅子、もう一人は角の生えた白い馬。被り物にしては、リアルが過ぎる。いや、口が開いたり閉じたり、目が動いているから本物なのだろうけど。

「なんだお前ら。」

「それこっちのセリフ。」

二人は機嫌は悪いものの、他の人に対しては態度は悪くも普通だった。一角獣曰く。

「俺様とこいつは競争をしていたんだ。しかし、ご褒美のケーキが消えちまった。」

獅子曰く。

「色々な情報を頼りにここに来たが、迷っちまったんだよ。喉渇いてたところに水の入った瓶があったから飲んだら縮んだりで散々だ。」

だそうな。ハミルトンは聴いて呆れている。

「二人とも見た感じ大人だろう?だいの大人がケーキ一つに大人気ない。」

嫌味ったらしく大人という単語を執拗に繰り返す。二人は煽られるどころか、とても真面目な顔に見えた。

「あのケーキはやばいぞ。」

「あのケーキはやばいな。」

アリスが息を呑んだ。

「やばいケーキなんだわ。」

「・・・。」

ハミルトンは何も言わなかった。

「それに、俺たちは競って勝った証を授かることに重きを置いているのだ。」

「そうだ、ご褒美がないと俺たちの勝負は意味がないのだ。」

アリスとハミルトンは納得することにした。彼らには彼らなりの考え方がある。だが、勝手にしてくれたらいいが、それで巻き込まれそうなこちらはたまったものではない。

「そのケーキかどうかは知らないけど、あっちにケーキならあったよ。」

アリスが食べれなかったケーキがまだあるはず。二人の求めているものが、あんな都合よく見つかるとは思えないが、食いついてくれたらそれでよかった。

「俺たちがいたときには鍵しかなかったけどな。」

「とにかく行ってみよう!」

表情筋をわずかに綻ばせた二人は早速道を引き返し、アリスたちが来た方向を走っていった。解決したかは置いとき、目の前の問題としては取り除くことができた。アリスとハミルトン、彼らの他にもまだいるかもしれない新たな謎には触れなかった。

「どうなったのかしら。」

自分が言った手前、少しだけ気になるアリス。ハミルトンは彼女の腕を引っ張った。

「もう、僕らには関係ないだろ、行こうよ。」

「でも・・・。」

扉をこえてからさほど離れていないので、大きな声だとよく聞こえる。やっぱり、また揉めてる。

「喧嘩してる?」

「取り合いでもしてるんじゃない?」

だとしたらあのケーキでよかったのか、と安心できるわけでもなく。

「なんだこれ!体がでかくなっちまった!」

「えっ?」

二人は耳を疑う。一体何があってそうなるのか。

「ひゃああ!」

洞窟が大きく横に揺れた。とてつもない地震が一瞬だけ起こったみたいな。はたまた強い衝撃がぶつかったみたいな。そんな中で立っていられるわけもなく、バランスを崩した積み木のように崩れてその場に手をつき倒れた。

「こら!お前、壁に八つ当たりしても仕方ねーだろ!」

「やべぇ!穴開いた!」

「・・・は?」

なにがなんだか。あの二人はなにをやらかしているのか。まったく、争うなら他所でやってくれといいたい。

「水が流れてきたぞ!」

「えっ?」

頭の処理も追いつかないが、事態は待ってくれない。地を揺らす小さくも激しい轟音と揺れ、そして向こうからは勢いよく押し寄せてくる、波。

「「ぎゃああああああ!!」」

逃げる間も、立ち上がる間もない、二人がなにをしても間に合うわけがない。洞窟を埋める怒涛の水の流れに体を飲み込まれた。


口には止めどなくしょっぱい水が入り込み、呼吸ができないのに違うものに外から侵されて、苦しい以外の何物でもない。その上、とてつもない速さの中では体の自由も全くきかない。波の緩やかな海に沈んでいくのとは訳が違う。隙のない空間で何度体を捻り、周り、翻弄されただろう。

「・・・っ!!・・・。」

うっすら目を開けたが、水中に晒した途端に痛い。細長い視界の先には、白い塊が流されている。ハミルトンだということはすぐにわかった。アリスは歯を食いしばり、細い腕を伸ばした。大きな流れに、必死に抵抗した。


「・・・!」

だが、もう少しだけ開いた目が捉えたのは、ハミルトンではなく、真っ白なウサギのぬいぐるみだった。そうしている間にも流され続けたアリスはついに気を失ってしまった。ぼやけた視界には最後までただのぬいぐるみがいた。



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