おかしな住人達 のけもの女王

迷路を出たら、今度は茂みの壁。バラが絡まった白いアーチが何度かお出迎え。こちらもまた、まるで迷路みたい。しかし幸いにも分かれ道がないので迷うことはない・・・はず?

「私は怒ってなんかないのよ?」

地面は裸足で歩いたら気持ち良さそうな芝生。踏んだ後も気持ちが良い。そんな芝生を革靴とゴツいブーツが踏みしめていく。

「急になんだよ・・・。」

何も悪いことをした覚えのない、突拍子のない話を始め出したアリスには戸惑いを隠せない。いや、覚えが全くないといえば嘘か。だってその声にいつもの威勢がないのだから。

「あなたは本当は心配りもできるいい人だと思うの。どうしてそんな良いところを見せようとしないの?良いところを見てもらって、良い人って知ってもらえて、それでいやな思いをする人なんていないわ。」

彼の方を見向きもせず、誰もいないのに手振りまでしてまるで演説か小さな子供に言い聞かせている先生みたい。話すのに夢中だから、もし足元に石ころでもあったらつまづいてたろうに。

「・・・果たしてそうかな?」

「えっ?」

「いや、なんでもない。」

一方ハミルトンは小声で呟いただけなので聞いてはもらえなかったし、それでよかった。

「それに私、あなたが嫌われるのはとても悲しいのよ。」

「アリス・・・。」

しばらく無言で歩いた。次に口を開いたのは彼の方だった。

「僕は嫌われようが、君さえいればそれで良い。でも・・・君に余計な心配かけたくない。」

すでに心配そうな顔をアリスは浮かべていた。

「僕だって、アリスが・・・。」

ハミルトンは確かに、アリスと同じようなことを言おうとした。でも途中で違う言葉に、「言ってはいけない」言葉にすり替わってしまった瞬間、胸の中だけに仕舞い込んだ。

「あれ・・・。」

一番奥の最後の茂みの壁に挟まれたアーチの向こう。白いテーブルが見える。そしてチラッと覗く人の姿。自分達以外の誰かがいる事実に今のアリスはひどく安堵した。見た感じ、アリスより少し年上の女性といったところ。アリス達は駆け出した。

「ごきげんよう。あんた達、迷子?」

そこにいたのは、赤色の髪、ピンクのドレス、とても派手で奇抜な女性が気品漂う佇まいで立っていた。少し、馴れ馴れしい話し方だけど。

「迷ってはないと思います。進んでいるだけなので。」

「あらそう。」

少女は椅子に腰を下ろした。テーブルを囲むように、椅子が三つ並んでいる。偶然にもぴったりの数だ。

「あなたはここで何をしていらっしゃるの?」

少女は頬杖をついてそれはそれは深いため息をつく。

「ただの迷子よ。迷い続けて、疲れたの。同じ景色ばっかで退屈しちゃったし。」

確かに、アリスも少しうんざり。しかし迷子というわりにはやけに冷静でいられるものだと、不思議にも感じる。道に迷えば、考えるのは脱出方法で、退屈などと感じる余裕はないはず。疲れているのなら別かもしれないが。

「そうよ、退屈なのよ。でもあんた達があたしのちょっとした暇つぶし相手になってくれるなら退屈じゃないかもね。突然だけど、トランプとチェスとどっちが面白いと思う?」

自分の状況さえ置き去りにしてしまうぐらい、よほど退屈なんだろう。彼女が迷子だという事実は一旦置いておくことに。アリスは究極の二者選択を迫られたような真剣な顔で悩んでいる。

「チェスはしたことないんです。」

残念、片方は遊んだことがなかった。

「なのでなんとも言えません。でも、遊んだら面白いんだと思います。それぞれの良さがあるのではないのでしょうか?」

そうだ。遊んだことがあるかないのかを聞かれたのではない。どっちが面白いかを聞かれたのである。

「へぇ。じゃあせっかくだしチェスをしましょう。」

「え?」

「は?」

さっきまで黙っていたハミルトンと声が重なった。少女が指を鳴らすと、なんと、何もないテーブルの上に赤と白の市松模様のチェスダイと駒が現れた。もうこれぐらいでは驚かない?まさか。目の前にカエルが飛んで現れたかのような驚きを見せてくれた。ハミルトンも、アリス同様体を跳ね上がらせる。もし彼に表情の変わる顔があったな、今のアリスと同じ顔をしていたことだろう。

「ルールを説明してあげる。チェスはね、キング、クイーン、ポーンといろんな駒がある。それぞれの駒の動きを理解すればそこまで難しくないわ。」

少女が、端の列に駒を並べていく。

「初めてだからって手加減するつもりはないけど、わからない事は教えてあげる。どう?」

ここまで親切にしてくれたら、アリスの性格上、ノーとはとてもいえない。

「僕はどっちでもいいや。アリスに任せるよ。」

興味なさそうなのは抑揚の少ない声でなんとなくわかる。ハミルトンはアリスに判断を委ねることにした。

「・・・私でもできるかなぁ。」

本当はそんなことしてる場合ではないのにと、真面目なアリスは人一倍そんなこと考えていたが、少し興味が湧いてきたのも事実。かくして三人、テーブルを囲みチェス台とにらめっこ。白が少女、赤はアリス。先手は少女。駒に触れる前に一言。

「あっ、そうだわ。あなたは・・・勝てばご褒美がもらえるのか、負けたら罰が与えられるか、どっちの方がゲームであなたは本気になれる?」

「そんなものもあるの?」

傍観客のハミルトンは若干引き気味。しばらく考えてからアリスの出した答えは。

「どっちもです。」

「!?」

意外な答えに驚いた(特に彼女の仲間)。少女は満足そう。絡んで上品な顔つきには似合わない、悪巧みを始めそうな笑顔。

「そう。せっかく褒美と罰を決めたのだもの。最初に言った方がやる気出るわよね。勝った方にはとてもおいしい高級ケーキ。負けた方は・・・ハートの女王の城に強制連行。」

「ん?罰・・・?」

アリスにしたら、国の一番偉い人に出会えるなんて恐れ多ければ滅多にない機会。つまりはいいことだと思っているのだが。

「ふふっ。罰よ。・・・せっかくだから、そこのウサギ君。最初だけちょっと遊んでみない?」

「え?僕?二対一でかかってもいいの?」

少女の引きつる顔。頬杖から顔が傾いてずれ落ちそう。

「誰がそんなこと言ったの。選手交代よ。」

「まだ一手もしてないのに。」

アリスったらまだ駒にすら触れてないのに。しかし、ずっとニヤニヤしてこちらの様子を伺っている彼女を、傍観客の側となって気づいたアリスは「何かある」と警戒した。真剣な表情はゲームに夢中なのを装って。

「ごめんねアリス、僕が勝ったら・・・あっ。食べれないんだ僕。」

彼のお口は余計なことまで言うお飾りだ。

「あら、随分な自信ね。もっとも、駒が思い通りに動いてくれたらね。」

クスクスと聞こえる笑い声に余計に煽られ、なおかつ慎重に考えながら、駒を持ち上げようとすると・・・。

「ん?」

気のせいだろうか、今。駒が少し横にズレたような?もう一度試すと。

「なにこれ!!」

信じられるだろうか。駒に足が生えて、勝手にどっかへ移動してしまったのだ。アリスの嫌な予感はとんでもない形で的中する事になった。二人は怪奇現象でも見ている気分だ。いや、実際はその通りの現象が目の前で起こっていた。

「良いから持ち上げ動かして。」

「・・・。」

今度は震える指で違う駒を触れると、またも逃げ出した。

「こら!お前どこいくんだよ!」

「進まなきゃいけない方向にはちゃんと進んでるだろ!」

抗議するのはビショップ。なんと口の悪い僧侶だこと。進める方向は斜めなので、その通り前方斜めに進んだので駒としての動き方は間違ってはいないが。

「バカか!僕がここって言ったとこに行かなきゃ意味ないだろ!」

「意味なくねえ!俺たちはここにいるだけで意味があるんだ!」

まさか、動かすはずの駒に文句を言われるだなんて。そして短気なハミルトンが「はい、そうですか」と柔軟に対応できるわけもなく。

「ふふふ、そうよ。この駒は意思のある駒。自由な彼らは決してあんた達の思い通りに動くとは限らない。このチェスにおいて使うのは、頭を使うだけじゃなく、彼らを動かすことも大事なのよ。」

対して少女は普通に駒を動かす。従順な駒はただの駒だ。

「ずるいぞ!そうだ、お前が用意したんだよな、これ。ってことは・・・。」

ハミルトンと、アリスも気づいた。

「そりゃそうよ。あたしの持ち物だもの。先にいうけど賄賂とかしてないからね?あ、逆にすればよかったのかしら?そうすればあんた達はますます考えるはめになる。」

こんな不公平には負けてたまるか、と意地になるハミルトン。だが。

「ナイトは王を守るのが役目だぞ。キングのそばから離れん。」

「ん、んんん・・・ッ。」

早くも癇癪を起こしそうなハミルトンは喚きたい気持ちを必死で抑えるため、俯いて震えている。

「どう?自分の思い通りにならない気分は。」

あーあ、これではまるでゲームにならない。ちなみに、少女がハミルトンを選んだのは単純明快。彼の方が面白い反応を見せてくれそうだったから。観戦しているだけだときっと他人事か冷静だったろうに、今やこのザマだ。

「ハミーさんにしてはよく耐えてる方だと思う。私がやる。」

こんなどうしようもないめちゃくちゃなゲームを一体どうするつもりなのだろうか、少女は興味津々だ。ハミルトンはまだそれどころではない。

「ねえみんな。聞いて。」

駒がみんな、意思を持つ存在だと仮定して優しく話しかける。

「赤のみんなが勝った暁には・・・このケーキをご褒美にあげます!みんなで山分けして食べて!」

沈黙が続いたがそれもほんの数秒。アリス側のチェスがカタカタと動き始める。

「そうきたか。」

しんとしている少女側の駒。本来ならあれが普通なのだが、こちらの駒の反応を見ると不穏に感じてしまう。

「心配しないで、私の方も用意するわ。で、罰は?」

優しいアリスはそこまで考えていなかった。

「燃やせばいいよ、こんな奴ら。」

「だめ、ハミーさん!可哀想だし、そもそも人の持ち物よ!」

モラルと常識でことごとく反対されたハミルトンはしれっとしている。対して少女は笑っている。早くゲームを続けたそうだ。

「ま、こいつらにあたってはおおめにみてあげましょう。さあ、今度はあなたの腕を見せてもらおうかしら。」



しばらく接戦が続いた。向こうは手慣れていたが、アリスは初めてなので四苦八苦。だがそこは、動ける彼らの出番。というか、時にはチェス盤の上で本当の戦いを始める者もいたり。アリスはさらに混乱。少女も最終的には見るぐらいしかできなかった。どうしてこうなってしまったのか。ハミルトンも他人事だと、時折笑いを堪えていた。


「あーあ、負けちゃった。」

勝負はアリス側の勝利で幕を閉じた。アリスは正直喜んでいいのかわからなかったが。

「うめー!!」

「何お前俺の取り分まで取ったんだこの野郎!」

チェス盤の上にケーキが置かれている。

「でも良いの?全部あげちゃって。」

「うん。」

アリスは、赤と白両方にケーキをあげたのだ。向こうにさえあげなければ、自分の手元に残るぐらいはあったのに。アリス側の駒も、敵にまであげるなんて幾分納得いかなかったが、そこは優しいアリスがうまい具合に言いくるめてことは丸く収まった・・・いや、今でも所々で食べる分を巡っての小さな争いが勃発しているがそこは放置。そもそも、駒なのに食べれるんだと、アリスと、口があるのに食べられないハミルトンが疑問に抱いたのはそこだ。

「こんなに楽しかったの久しぶり。ありがとうね、迷うのに疲れたらさっきのを思い出すと、退屈しなさそうね。」

両頬杖をついて微笑む彼女は、本当に満足そうだった。

「ねえ、私達と一緒にどうかな。同じ迷うなら、一人より大勢の方が不安じゃなくなると思うし・・・。」

アリス、勇気を振り絞っての提案。彼女のことは純粋に信頼できる人として安心を抱いていた。しかし。

「いや、いいわ。あなた達はきっと目的があるんでしょう?なら私はついていかない方がいいわ。」

少女が何を言っているのかいまいちわからないアリスの腕を引っ張るハミルトン。彼はただ黙って首を横に振る。堂々としているので、怖がっているとか、嫌っているわけでもなさそうだ。無理やり連れていく理由もないので、名残惜しいけども少女の言うとおりにした。

「ん?」

自由の鍵が光り出した。陽が明るいのに、服の上からでもよくわかるぐらいの眩い光は隠しようがないのでポケットから出すと、少女は信じられないといった様子だ。

「まあ、鍵もだけど・・・反応してるってことは鍵の力を引き出せる人が近くにいる。それって・・・。」

アリスは困惑してゆっくり頷いた。

「へぇ。貴方、まさかあたしに使おうって思ってる?」

まだ使おうとは考えていない。でも、使うとしたら他に誰がいるだろう。

「あたしはやめといた方がいいわ。こう見えて重い病にかかってて、先が短いの。そんな人に使うのはもったいない。」

「まるで延命治療を断る患者みたいな言い方よしてよ。短い間だからこそ・・・。」

珍しく気をつかうハミルトンだが、彼の言い方があまりよくないのでアリスは咄嗟に彼を腕でおさえた。

「まさか使わないと元に戻らないの?」

鍵についての詳しい仕組みはわかりません。アリスも困るばかり。少女も渋るばかり。

「でも・・・。」

彼女がここまでいい顔をしないのは他に何か理由があるのだろうかと、またもアリスは疑ってしまう。

「我々にお使いくださいませ!」

すると、数人のチェスの駒が散らかった盤上の上で胸を張り、一列に並んでいた。

「あ、あんた達?」

拍子抜けする少女。アリス達もまた然り。

「その鍵は、封印された力や未知の能力を解放する鍵でもあることはご存知です!」

「我々は今はただの駒にございますが、このように話せますし動けます!」

「もしかすると他にも我々には隠されし力があるのかも・・・!?」

みんながみんな、可能性を信じて期待に目を輝かせている・・・ように見えた。口々に言いたいことを言ってくれるが、どれもこれも似たような台詞だ。そうするうちにさらに駒が増えて列が早くも群れになる。

「埒があかないから、とりあえずやってあげてよ。」

「うん・・・。」

呆れる二人。だが、ここで一つ問題が発生。仮に鍵の力を使用するとして、複数に。しかも、小さいからどこに、どうやって?とりあえず、鍵の先端をかざしてみた。

「きゃ・・・!」

おそらく、今までで一番眩い光を放った。理由はわからないが確かに鍵が力を解放した証だ。目を閉じても手を離してはいけない。だって、鍵に触れるも者は誰もいないのだから。

「ぎゃあああ!」

「目が!目がー!!」

悲鳴が聞こえる。自らが望んだことだと言うのに。いや、こればかりは仕方がない。ハミルトンや少女でさえ目を覆っているのに光の間近にいる彼らがうるさいのは。


光が消えるのを感じたので、痺れるまぶたを開けると、チェス盤にはあちこちで転がった駒達。ピクピクしている者もいる。

「・・・変わってないじゃないか。」

ハミルトンが一つを持ち上げると、びっくりしてすぐに手を離した。突然のことだったので、駒は落っこちて芝生にボスっと軽い音を立てながらは跳ねて転がる。

「どうしたのハミーさん!」

「熱いんだよ!」

どうしても信じられず、そっとつついてみると、ハミルトンの言うとおり。アリスが例えるなら、出来たばかりのグラタンの容器をうっかり触った時に似ていた。

「一体彼らに何が起こったって言うの?」

少女とアリスとハミルトンはじーっと様子を眺めているが、変化なし。

「アリス・・・どうなったか気になるけど、いつまでこうしてるつもり?」

「ううん・・・。」

アリスがこうなった原因なので、興味だけでなく心配でもあった。だが、何もない時間は過ぎていく。

「いつ起きるかわからないし。多分、大丈夫だと思うから。」

少女もどうしていいかわからず、言葉に落ち着きがない。そういえば、これは彼女の所有物でもあった。

「なんか、ごめんなさい。」

「あんたが謝ることじゃないわよ。」

どこまでも優しいアリス。一礼をして、さらに少女を戸惑わせる。

「えっと、じゃあ私たちは・・・。」

「楽しかったわ。無事に出れることを祈っているわ。・・・あっ、待って!」

少女は二人の腕を掴んで強引に引っ張り寄せた。かつてないほどの真剣な顔で、誰にも聞かれて欲しくない内緒話を囁くみたいな小声でこう言った。

「この国は自由を得ることを嫌う奴が統べている。今ならまだ間に合う。逃げることを考えて。白兎・・・いや、なんでもない。」

「なんだよそれ!」

自分に関する話を切り上げられて不満のハミルトンを宥めるアリス。今ではまだ謎の多い少女の言葉も、いつか理解できる時が訪れるのだろうと彼女の人柄も信じて、最後は笑顔で別れた。

「元気でね!」

手を振る少女は無邪気な、年相応よりも幼く見えた。

「気のせいかしら。」

「何が?」

結局、同じ景色をまた歩き進めるアリスとハミルトン。

「もう二度と会えない、そんな予感がするの。」

「最期の別れみたいに言うなよ。アリスの気のせいさ。」

「うん、そうね・・・。」

そういえば名前を聞いていなかったと、ちょっぴり後悔したアリスだった。



ひとりぼっちの少女は、熱が冷めて元に戻った駒を並べていた。

「言ったってこれは逃れられようのない現実、仕方のないことだけど。かわいそうな白兎。殺された代わりの白兎は、あの子になるのかしら?」

なんて、意味深な独り言を呟きながら。

「・・・まあ、今から死に行くあたしには関係のないこと。」

少女は重い病気で先が短いと言った。

それは嘘だった。彼女は至って健康。

ただ、先が短いのは本当だ。というか、それもすぐあとのこと。迷路の終わりに辿り着くより先に、彼女の人生という道に終わりを絶たれるのが先だなんて、なんとも哀れな少女。彼女はそうされることを何もしていないというのに。アリス達が来た方向から、重苦しい複数の足音が迫ってくる。


「エデルトルート。こんなところに逃げていたのか。」

「・・・。」

少女の前に現れたのは、甲冑を身に纏った群れ。

「どこへ逃げても無駄なこと。この国に貴様の居場所はない。」

「一国の女王サマに対して随分な態度じゃない。」

少女は、自分より倍の身丈がある鉄の塊が押し寄せても動じないどころか、腕を組み睨み上げ鼻で笑う。

「敵国とみなした以上、女王だろうが敵であることには関係ない。」

剣先のように向けられたらヒヤリとするような冷たい声。エデルトルートの強気な顔にも冷や汗が流れる。

「無計画ね。戦争でも起こすつもりなのかしら。・・・まあいいわ。もう諦めかけていたところなの。それに死ぬなら今よね。」

両手を上げて、降参を仕草で表す。

「死ぬのがの怖くないのか?」

顔は笑ったままだ。

「不思議よね。あたしもよ。でも、今なら笑って死ねるわ。」

あえてアリス達については話さなかった。だって、最期に最高の思い出を与えてくれた人として、女王という立場としても巻き込みたくなかったからだ。

「そうか。ひとまず城まで連れて行け。」

兵士達は彼女に興味はない。取り囲んで、彼女の腕を縄で縛ろうとすると・・・。

「待て待てー!!」

と、誰のでもない声が叫びだした直後、チェス盤から派手な音と共に大きな煙が巻き上がった。自体は大騒動。なぜなら、そこにはどこから現れたか知らない、赤い軍服と白い軍服を着た大勢の男が武器を構えてエデルトルートの前に立ちはだかっていたのだから。誰だ、まさか。エデルトルートは衝撃に言葉を失っていたが一つの確信だけは得ていた。帽子にはチェスの駒を模した飾りがあり、服も赤と白だし、なによりチェス盤の上やどこにも駒がなかった。

「黙って聞いてれば我らが女王に無礼な真似を!」

「それどころか殺すだってー!?」

「我々がそうはさせん!くるなら来やがれ!」

こうなるとは誰も想像しているはずもなく、数では圧倒的エデルトルート側の方が優勢だ。兵士は引かない。自分達は伊達に兵士をやっているわけではない。これぐらいなんだ。


だが未知の相手に対してはそれも慢心と知れ。


この騒ぎは後々、女王の耳にすぐ届き、国を揺るがす騒動の一つにもなるだろう。


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