おかしな住人達 双子の男


アリスとハミルトンは道なりに進んでいた。いい加減森の中の道は抜けて、レンガの塀が囲む、なんだか迷路みたいな道だった。それでも迷わず、ためらわず進んでいた理由は、壁に矢印が書いてあったからだ。果たしてこの矢印が正しいかどうかはわからないが、無知なアリス達は信じるしかなかったのだ。進むにつれ、だんだん矢印が今まで見てきたものと違っていった。ペンキで殴り描かれたよう。最終的には「ディーとダム」とかいてあった。

「ディーとダム?なんだそれ。」

ためらわず、まよわず、曲がり角の向こう側へ進むと・・・。

「やあ!」

快活な声で話しかける二人の男性。

「・・・!」

いや、二人だが、一人。アリスは思わず息を呑んだ。無理もない、そりゃあびっくりもするだろう。彼女に悪気はないし、男も特段その反応を見て反応を示さない。一方でアリス以上にびっくりしたのはハミルトンだった。気づけばアリスの後ろに隠れている。

「ハミーさん?」

どうしたものか、自分の後ろに隠れられるのは相変わらず妙な気持ちだ。本当にどうしていいかわからない。彼も悪気はない。そう、そこにいたのは小太りの男性二人、なのだが。はっきり言えば腹から上あたりから体が二人に分かれていたのだ。下半あたりに視線を下げれば一人、視線を上げれば二人。なんとも奇妙なことこの上ない。いくら記憶がないアリスとは言え、「これがおかしい、ありえない」ことはなんとなくわかる。問題はそれを「どう感じ、どう捉える」か。

「僕が書いた矢印通りに来たんだね。先に答えておくと、この迷路は僕らは関係ない。迷ってもない。」

「なんせ出口から遠くないので迷わないのさ。矢印を描いたのは、この通り来てくれる人がいるか興味があったからさ。」

男達は構わず続けた。

「「つまり僕は暇・・・。」」

「来るなあっ!!」

一歩彼らが踏み出した途端、ハミルトンが上擦った声で叫んだ。男達は固まった。そのままの表情で、まるで時間がそこだけ止まったかのよう。今度は一歩引いた男は二つの顔を見合わせる。

「僕が見てきた中でもなかなかの反応だね。」

そしてこっちを向く。終始ずっと笑顔だ。

「ああ、僕はトゥイードルディー。そして僕がトゥイードルダム。この辺に勝手に引っ越したただの住人だよ。」

右手で自分の胸を当てた方はディーと名乗り、左でお辞儀をしたのはダム。

「私はアリスで、こちらはハミルトンです。あの・・・。」

お行儀よくスカートの端を摘んで会釈をした。

「出逢ったばかりでこんなことを聞くのは大変失礼かと思われますが・・・。」

あーあ、せっかく礼儀正しく好印象を与えたと思ったのに。当然失礼とはわかっていてもどうしても気になって、聞きたくて仕方がなかった。

「その、体・・・。」

引きつったぎこちない笑顔でアリスは指をさして尋ねてしまった。でもディーもダムも笑顔を絶やさない。

「聞くと思った。」

「散々聞かれてきたからね。先に答えてやっても良かったのさ。」

「「でもあえて黙っていた。」」

考えすぎるのが性格なアリスはことばを失い黙り込んだ。

「僕らは生まれた頃からこうなのさ。」

「そう・・・。」

またも黙り込む。気の利いたことばをかけたいと思っていたが何一つ浮かんでこないからだ。

「不便なこともあるけど良いこともある。」

「例えば、食事もお風呂もひとつで済む。他にもあるけど、何より。」

「「ずっと一緒!!」」

内側の手で二人は肩を組んでこれほどにない満面の笑みを浮かべた。歯を見せれるだけ見せ、目蓋はトンネルみたい。とても取り繕うた笑みには見えない。

「そう。同情してごめんなさい。あなた達がそれで良いなら、わたし達・・・ましてやよそ者が口出しできる立場じゃないよね。」

もう少しで同情の言葉をかけそうだった。だからあの時黙り込んでいたのだ。なんともない今だから言えるけど。

「でも女の子と一緒がよかったなあ。」

「ばかお前、これじゃ触りたいとこも触れないどころかキスもできない・・・。」

「やめろよ、流石にお前とキスはしたくない。」

唇を突き出して近づけてくるディーの顔を突き返すダムはさすがにドン引きといった感じの表情だった。アリスだって小太りの男同士の接吻なんかごめんだ。

「ハミーさん・・・。」

そうだ。すっかり忘れていた。自分の仲間の存在を。だって、いつもはうるさいくせにあまりにもなりを潜めて静かなものだから。いや、だからこそ変に感じなくてはいけないのだろうか。

「・・・・・・。」

顔が変わらないのはいつも同じ顔を被っているのだもの、か当たり前だ。でも怖がっているのはすぐにわかった。足が内股で固まって、つま先から肩まで震えていて、背中にしがみついている指から伝わってきた。

「いいよ僕らなれてるから。」

「むしろ僕ら見で驚かない方がおかしいよね。」

アリスは板挟みでとてもいづらかった。ディーとダムは特に気にしていないようだけど彼女にとってはそういうことではない。

「ちょっと待ってて。」

なんとアリスはハミルトンの腕を掴んで強引に曲がり角の向こうに引っ張っていった。

「な、なになに!?」

慌てる彼に、人差し指を唇に添えて黙るよう合図する。

「小声で。ハミーさん、聞きたいことがあるの。」

「なに・・・?」

「ハミーさんはあの人たちのことを嫌い?苦手?」

一瞬、ハミルトンの思考が停止した。いきなりなにを聞き出すんだ、みたいな意味で。

「どっちも一緒じゃないか。」

すると、首を捻りながら難しい顔で俯き、考え事を始める。その間数秒。

「ごめんなさい。ハミーさんは彼らをどう思っているの?見た目が怖い、それ以外は?」

ハミルトンは自分の足元をじっと見つめていた。体は直立なので、お説教をくらって落ち込んでいる子供みたいに。

「いい奴なんだろう、でも、仕方ないだろ。見ていると、なんだかとても不安になるんだもん・・・。」

「・・・そう。良かった。」

と言ってなぜか微笑んだ彼女は彼に背を向けて、再びディーとダムの前に姿を現した。

「アリス?」

ハミルトンは角から頭だけ覗かせる。

「あの・・・彼のせいで嫌な気分になったとしたら許して欲しいの。」

「いや、だから僕らは・・・。」

気にされすぎたら逆に気まずい性分らしい二人は笑顔だけど苦笑いだ。だけどアリスは構わない。アリスの表情は至って真剣そのものだった。

「言い訳に聞こえるかもしれないけど、ハミーさんはあなた達を良い人とも言っているし怖いとも言っている。あなた達を全て拒んでいるわけじゃないの。」

次に息を大きく、静かに吸い込んだ。

「例えば、自分は食べたくても食べれないものがある。食べたくなければそれで良いし、そんな人もいるけどそれはまた別として。食べたくてもって言うのは・・・仲の良い友達がそれを好きだったりとか、ほんとは食べたらすごく美味しかったりするのかも?って思ってもその人には一歩踏み出したくても踏み出せない理由がある。」

ディーとダムは首を傾げた。ごっつんこしないよう、お互いが同じ向きで。こんな似たような光景、どこかで見たような?

「食べ物じゃわかりにくいかな?」

アリスもアリスで、一生懸命考えた挙句長々と話したにもかかわらず自分で自分の説明に疑問符を浮かべていた。ツッコミを入れられても困るから、今のは黙っていたけれども。

「私は目に見えないものが怖い。たとえば、おばけとか。大丈夫、怖くないよって言われても怖いものは怖いの。人によって怖いものは違うわ。最初はびっくりしたけどあなた達のこと怖くはないもの。彼も、怖くないならそれに越したことはないと思うわ。」

ハミルトンは頭を引っ込めた。

「私は嫌いと苦手は違うと思うの。」

アリスは続ける。

「なんて言ったらいいのかな・・・苦手はね、好きになれる努力次第でなんとかなると思うのよ。でも彼は、そう・・・苦手なの。許してとは言わないけど、わかってほしいな。」

「・・・・・・。」

今度は隠れていた彼もようやく出てきてくれた。おそるおそる、一歩前に出て少し経ってからまた一歩。アリスに気づかれないよう、いつのまにか後ろにいたという演出をしたかったのだろう。でも残念、ふと視線を移したダムのせいでバレてしまった。

「ハミーさん。」

「はいっ!!」

驚きのあまりその場で飛び上がった。

「あなたを怒るつもりも責めるつもりもないわ。ただ・・・。」

彼女は微笑んだ。昼寝に微睡む子供をそばで見守る母親のように。

「言いたいことは素直に言わなきゃ、あなたの本当の気持ちをわかってもらえない。たとえ悲しむことだとしても・・・嘘ついたら余計にわけわからなくなるわ。本当のことを言って、そこから解決方法を見つけたらそっちの方がすぐお互いを理解できるわ。」

ハミルトンは理解した。受け入れられるかどうかは別として。さて、一方ディーとダムの方は・・・。

「はっ!!」

「ディーの方が寝てた!」

なんとなく察していた。ディーのこうべが何度かガクンとうなだれていたのを。でもアリスは怒ったりしない。自分でも、随分つまらない話を偉そうに長々としたもんだと思っているからだ。

「私もたくさん喋って疲れた・・・。」

なんて心で呟く始末だし。

「まあ、勝手に長話したのそっちだけど。僕は気にしちゃいないのにさ。」

「まあ、でもその通りだね。みんながみんな、誰かのことを理解できたら平和なんだろうね。」

二人揃って首を横に振った。でも笑顔だ。

「・・・た・・・よ・・・。」

「ん?」

なにやらぼそぼそと呟くハミルトンの声は誰にも聞こえなかった。すると・・・。

「そのアクセサリー、いかしてるね。」

アリスの首にさげていた鍵は、服の中にしまっていたがふとした時に出てきてしまった。ディーとダムの二人の目にとまる。

「普段はつけないけど、僕たち意外とオシャレさんなんだよ。」

「見た目がなんなんだから、せめて着飾ろうと思ってね。」

確かに、片耳にはピアス、銀色の腕時計をつけていたり服もシンプルながら柄入りだ。

「もしかして、知らないのかしら?」

この鍵の正体を知らない者からしてみれば、ただの装飾品にしか見えない。逆に一安心といえる。ハミルトンが後ろからアリスの服を摘んだ。

「・・・ねえ、アリス。こいつらにも使ってみたらどうなるんだろう?悪いことにはならないと思うんだけど。」

ひそひそ声だけだ他に誰もいないし喋ってもないので耳打ちでもしない限りだだ漏れである。

「誰から構わず使ってもいいものなの?」

「「なになに?」」

二人に食いつかれてしまった。ここまで話しておいて、ただのアクセサリーですなんて冗談はかえって気まずいと判断したアリスは正直に答えた。

「この鍵に刺された人は自由になれるらしいの。」

「刺すっていうか、突くだけだよ。」

「「突き刺すんだね!!」」

二人の説明に、重なる二人の快活な声が倍返し。しかも語弊がある。むしろ言いたかっただけか。

「っていうか、自由になれる鍵?僕らは自由だよ?」

「でもすごいね、もっと自由になれるってこと?」

「・・・・・・。」

肩を組んで、期待に満ちたきらきらとした目で迫られてアリスは気圧された。

「「よくわかんないけど、できるもんならやってみてよ!」」

「刺したらいいと思うよ?」

後ろからハミルトンが追い討ちをかける。いつもの調子を取り戻しつつあった。アリスは咄嗟にちぎれそうなほど首を横に振ったがもちろん、断る勇気も理由もない。このままだと時間が過ぎるだけだ。

「うぅ・・・。」

もとのきっかけは自分にあるのだ。ヘレンのこともある。きっと大丈夫、と言い聞かせ。鍵をギュッと握りしめた。

「ま、真ん中でいいの?」

「あんだけデカい腹してりゃちょっとやそっと大丈夫だよ。」

やはり気が進まない。でも・・・。

にんまりと二つの笑顔。何も考えていない顔。怯えられたらこちらもやりづらいが、まだ救いだった。アリスはすぐ目の前まで詰め寄って鍵の先端を腹に突いた。ハミルトンのいう通り、脂肪で覆われた分厚い肉の皮がものすごい弾力ではじき返そうとする。しかし鍵の力を解放するにあたって力加減はたいした関係はないらしく、ヘレンと同じ現象がすぐに起こった。

「すごい!僕光ってるよ!」

「眩しくて目が開かない!」

それはアリスも同じだ。眩い光の中、一体どんな現象が引き起こされているのか。


しばらくして光はすうっと引いていった。


アリスはゆっくりまぶたを開けた。


「な・・・っ!?」

その場にいた誰もが、とんでもない光景に驚き以外の反応ができなかった。それもそのはず。なんと、二人一つの体だったのに分裂したのか、二人の瓜二つの男性がいたんだもの!しかも、愛嬌はあれど醜い小太りの男性だったはずがやや痩せ気味の甘いマスクの彫りの深い美形の男性に姿が変わっていたのだから。残念ながら服装はそのままだが。

「おお・・・ディー。本当にディーなのかい?」

「そうだよ!君こそ、ダムなんだね!」

「「自由ってこういうこと!?」」

こうなるなんて思ってもいなかったアリスは間抜け面で頷くしかできない。

「やったやったー!!僕は・・・じゃないな。僕らは自由だ!」

「わーいわーい!!自由に動ける!!これは僕の足だね!やったー!」

二人は腕を取り合い、陽気なステップですごく嬉しそうな笑顔と足取りで踊り始めた。なにはともあれ、結果よければ全てよし。アリスの心配はまたも余計な杞憂に終わったのであった。

「よかった・・・ねえ、ハミーさん?」

「なんでまた痩せたんだ?」

不思議そうに呟く彼にアリスは言った。

「脂肪も分裂したんじゃない?」

「それにしては痩せすぎだと思う。」

ハミルトンはアリスの隣に並ぶ。通常の見た目の人間の前では恐怖心もすっかり無くなってしまった。


「よっしゃ!早速女の子を口説きにいくぞー!」

と叫ぶディー。アリスとハミルトンは思わず「え?」と短い言葉を漏らした。ダムも驚き。

「おいおい待てよ。どういう・・・。」

「だって自由になったんだよ?もうこれでお前とずっと一緒にいる必要もなくなったんだ!」

「え!?ずっと一緒だって!離れないって言ったじゃないか!」

「離れられなかったからしょうがないだろ!」

さっきまでの小躍りはなんだったのかと呆れるほどの兄弟喧嘩がまさに今勃発。

「思い立ったがなんとかだ!!じゃあねアリス!!」

「先に越されてたまるか!!ありがとうアリス!!」

二人は我先に駆け出していってしまった。


「・・・。」

ドタバタに置いていかれたアリスとハミルトン。

「私、余計なことをしちゃったのかな?」

「アリスは何も悪くないよ。」

二人は迷路の矢印に従って歩いた。ディーとダムがいた場所から先はもとの矢印になっていた。

「・・・・・・。」

アリスはというと、実は少し納得していない点があった。ここに女の子、いるのになぁ、と。まあ実際口説かれても困るし、隣を歩いている彼が許すはずもないだろうが。

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