第3話:武御雷神


「アアアアアアアア!」


 校庭に着くと、そこは控え目に言って惨状だった。

 そこら中に刻まれた破壊の痕。全身酷い火傷を負って転がる生徒たち。


 そして上空には、雷の天球に包まれて怒りの叫び声を上げるライハの姿があった。デタラメに周囲へ落雷を撒き散らし、明らかに我を失っている。

 なお念のため言っとくと、制服はちゃんと着ている。よかった。


「こ、これはどういうことなんですか!? ――木原先生!」


 運良く黒焦げを免れたらしい男子生徒が、恐怖に腰を抜かしながら喚く。

 問い質す相手は、眼鏡を外し酷薄な微笑みを口元に浮かべた木原先生だ。


「僕らは先生が『稲田から引き離した今が我妻さんの説得のチャンス』って言うから従っただけなのに! それが、どうしてこんなことに!?」

「どうしてもなにも、君が無神経な言葉で稲田くんを侮辱して、我妻さんを怒らせたからでしょう? ま、それが私の狙いだったんだけど」

「は? それって、どういうことです?」

「はああああ。馬鹿なガキの相手は疲れるわ。これを見れば理解できるかしら?」


 木原先生は服のボタンを外し、胸元を大きく開いた。

 鼻の下を伸ばして食い入るように見つめる男子生徒。しかしその顔は、稲妻が走ったようなZマークの刺青を見て真っ青になる。


「げ、げげぇ!? そのマークは、テロリスト集団《ザキラ》の!? じゃ、じゃあ、まさか先生はテロリストの仲間!?」

「正解。出血大サービスで花丸をつけてあげるわ。私は組織の活動に我妻さんを利用するため、養護教諭として学校に潜入していたスパイってわけ。なかなか大変だったのよ? あの校長から信用を得て、我妻さんの情報を提供してもらうのは」


 表向き俺とライハに協力的だったのも、その立場を利用してライハの発電能力を調べるためか。俺たちばかりか校長まで騙し通した辺り、大した演技派だ。


《ザキラ》は発電能力の強さを基準とした選民思想を掲げるテロリストだ。稀代の発電能力者であるライハを神聖視する、狂信者めいた輩も少なくない。

 しかし木原先生……否、木原がライハを見る目はモルモットに対するソレだ。


「凄まじい。まさに神のごとき雷ね。でも――その強すぎる発電能力は、彼女自身の電氣耐性でも耐え切れない。そして一度感情任せに暴走すれば、この通り制御不能。あの無能力者への充電も、彼に電氣を逃がすことで暴走を抑える予防策なんでしょう?」


 木原の言を裏付けるように、ライハは自身の雷に焼かれて火傷を負っていた。


「神の雷も、色恋に浮かれる馬鹿な子供に持たせては宝の持ち腐れ。その力、我々が……いいえ、私が有効活用してあげるわ! 《電送》!」


 タブレットを操作して、木原が高らかに叫ぶ。

 データから物質に実体化するのは、いくつもの巨大な金属ブロック。それらは物々しい音を立てて変形し、合体し、単眼の巨人がごとき人型兵器に変貌を遂げた。


 そして胸部装甲がガバリと開き、ライハを体内に呑み込んでしまう。


「アハハハハ! この《キュクロプス》こそ、あなたを動力源とする前提で開発された超絶破壊兵器! その神の雷で日本を焼き払い、腐った世界を粛正するのよ! あなたは世界を浄化するための巫女、いいえ人身御供――」


 自分に酔った木原の笑い声を、巨人の胸部で起きた爆発が遮る。

 巨人の躯体が後方に大きく吹き飛ばされ、校舎を破壊しつつ倒れ込んだ。

 ライハは全身に赤雷を迸らせたまま、最初の位置から微動だにしていない。


「う、嘘でしょう!? 《キュクロプス》には、大都市の十年分に匹敵する蓄電容量があるのよ!? それにも収まり切らないほどの発電力なんて……!」

「当然だろ。雷神舐めるなっての」


 今の今まで俺の存在に気づかなかったらしい。ギョッとする木原を無視して、ライハの下へと近づく。すると必然のように殺到した赤雷を、俺は全身で受けた。


「馬鹿め! 今の暴走した彼女の雷を受けて、無能力者ごときが無事で済むは、ず!?」


 赤雷を浴びながら平然とした様子の俺に、木原は絶句する。


「十年前――今みたいにライハの発電能力が暴走したとき、俺はライハを助けたい一心で抱きしめた。馬鹿な子供の無茶無謀さ。俺はライハの莫大な赤雷を全身で受けて、一度死んだ。そして生まれ変わったんだ」


 ライハの放電が勢いを増し、俺も体の各所に火傷を負う。

 接触を介した充電と違い、電撃を直に受ける形の充電では流石に無傷とはいかない。


「宇宙の彼方から飛来して、人類に突然変異を促した赤雷。人類の中でも突出した力を持つライハの赤雷は、俺の体に


 赤雷に身を焼かれながら、それでも歩みは緩めず進む。

 これくらいの痛み、ライハの傍にいるためなら安い経費だ。


「俺は自力で発電できなくなった一方で、無尽蔵と言っていい量の雷を蓄えられる体になった。それこそライハの赤雷を毎日充電して、一度も満タンになったことがないほどの容量でな。つまり俺は世界で唯一の、《発電能力者》ならぬ》なのさ」


 俺に集束して流れ込む赤雷が、やがてその規模と勢いを弱めていく。

 ライハを包む雷球も小さくなっていき、ついには消えた。

 雷球の縮小に合わせて地上に降り、座り込んだライハに俺は手を差し出す。


「よう。お互いまた酷い有様だなあ」

「ごめん、なさい」


 あっけらかんと笑う俺に、ライハは顔を俯かせたまま震えた声で呟く。


「なんでライハが謝るんだよ。俺が勝手に離れたのが悪かったんじゃないか」

「全部私が悪いんだ。十年前、私がデンジの人生を滅茶苦茶にした。仕方のない引っ越しなのに、デンジと離れたくないっていう私の我侭が、デンジを私から離れられない体に変えちゃった。しがみついて、縛りつけて、命も自由もなにもかも奪って……!」

「違う。それは違うんだって、ライハ」


 懺悔でもするようなライハの言葉に、俺は穏やかに笑って首を横に振る。


「ライハが望んでくれたように、俺もずっとライハと一緒にいたい。そのために俺は生まれ変わったんだ。ライハ一人じゃ受け止め切れない雷を共に背負って、この世界の誰よりもライハを支えてやれる俺に。ライハを愛して、幸せにするために今の俺は在るんだ。だから、これでいい。そう俺は信じる。ライハも、どうか信じてくれ」

「――うんっ。私だって愛してるし、幸せにするから!」


 ライハは俺の手を取って、少し涙ぐみながらも晴れやかに笑い返してくれた。

 しかし、いい雰囲気に水を差す轟音。校舎に埋もれていた巨人が起き上がったのだ。


「グダグダとくだらない惚気をどうもありがとう! 捕獲にこそ失敗したけど、さっきので《キュクロプス》を動かすには十分な電氣が供給されたわ! 死なない程度に半殺しにしてから、二人とも仲良く実験材料にしてあげましょう!」

「往生際の悪いことで。ライハ、アレいけるよな?」

「うん! 見せつけてやろう、私たちの愛の力!」


 繋いだ手を通して、俺たち二人の体を赤雷が駆け巡る。

 俺一人では生み出せず、ライハ一人では制御できない莫大な電氣。

 俺たち二人だからこそ成せる、とっておき!


「「《電氣功・究極奥義》――《武御雷神たけみかづち》!」」


 解き放たれるは真紅の轟雷。形を成すは巨大な鎧武者。

 その巨躯、一つ目巨人のさらに倍! 雄々しくも荘厳な威容、まさに神の如し!

 キュクロプスの足下で唖然となった木原の顔も、神を仰ぎ見る愚者のそれだ。


「く、くたばれええええ! 《超電磁砲レールガン》……!」

「「《十束剣とつかのつるぎ》」」


 なにやら腕を巨大な砲身に変形させたが、遅い。

 真紅の雷が剣となって、光速の剣閃にてキュクロプスを真っ二つに両断。

 一瞬遅れて咲き乱れる雷電が、鋼鉄の躯体を粉々に粉砕した。


「アガ、アババッ」


 放電に巻き込まれた木原は、全身真っ黒焦げで小刻みに痙攣している。

 むしろよく死ななかったな。流石は選民思想テロリストの一員、なのか?

 それにしても――どうしたものか、この惨状。


「よし、今日は早退するか」

「だね」


 警察に連絡だけは入れとく。ぶっちゃけこういうの、割と日常茶飯事なのだ。

 なにせライハは世界最強、それ故にあちこちから狙われているので。

 なんというか、おかげさまで退屈しない毎日である。


「たくさん電氣使ったし、帰ったらたっっっぷり充電しなくちゃ、ね?」

「いや、だから電氣の蓄えは有り余るほど余裕あるから「ね?」ああうん、わかったから。……もしかしてライハ、単純に性欲強い?」


 ライハと腕を組んで帰路につく。彼女から赤雷が走り、俺の体を巡る。


 雷に打たれたような一目惚れ、というのはやはり俺にもわからない。だって俺は赤雷に打たれるずっと前から、ライハのことが好きだったから。ライハを愛するが故に赤雷で打たれ、ライハを愛するための新しい自分に生まれ変わったのだから。


 だから今日も俺の身体は、彼女の愛/雷で満たされている。


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彼女は俺に充電中~最強雷神夫婦の学園無双~ 夜宮鋭次朗 @yamiya-199

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