第2話:束縛か、運命か
「デンジ……すきぃ」
なんともむず痒くなる寝言をこぼすライハの頭を撫で、そっとベッドから這い出る。
部屋のひんやりした空気が肌に刺さり、俺はブルリと身を震わせた。床に散らかった下着と制服を拾い、手早く着る。
一緒にライハの下着と制服も拾うが、途中で思わず手が止まった。
「おおぅ」
何度見ても見事なお椀型のブラをついまじまじと見つめ、ベッドで微睡むライハの方を見やる。シーツ一枚では隠し切れない、むしろくっきり浮き出た艶めかしい肢体。
その感触も匂いも味わいも、今しがた貪るように堪能したばかりだ。
如何せん俺とライハ以外の例がないので、一概には言えないが――肉体的接触を介して電力供給する場合、布一枚の隔たりでも大きく効率が落ちる。素肌での接触面積が大きいほど、充電の効率は高くなるのだ。
もっと言えば、粘膜の接触を介すればより一層効率は高い。つまり、その……キスやそれ以上の行為を介するのが、最も効率の良い充電方法なわけで。
「ええい、治まれ。充電ならもう十分だろ」
再燃しそうになる情欲を堪え、ライハの服をカゴに入れる。ちゃんと服を入れる用のカゴが用意されてるのに、いつも脱ぎ散らかしちまうんだよなあ。猿呼ばわりされても文句を言えない自分たちの盛りように、呆れても次に活かせないまでがお決まりの流れ。
俺がため息をついていると、ベッドを囲うカーテンがわずかに開いた。
その隙間から顔を覗かせたのは、眼鏡が知的な白衣の女性だ。
「あら。いつもより早いわね。登校前にお家でたっぷり充電してきたのかしら?」
「返答に困るセクハラ発言やめてくれません? 木原先生」
彼女は養護教諭の木原先生。ここは保健室のベッドなのだ。
タブレットで俺の検査結果を確認しながら、木原先生は苦笑する。
「普通なら、不純異性交遊として咎めるべきところだけどね。あなたの場合、救命行為でもあるから注意できなくて困るわ。難儀よね、電氣切れしたら死んじゃう体なんて」
「ええ、まあ」
難儀には違いない、と軽く肩を竦めて見せる。
俺は生まれつき無能力者だったわけではない。十年前の「ある事件」を境に発電能力を失った。そしてそのとき――俺は一度死んでいる。
事件で一度は止まった、心臓を始めとする生命活動。それを今は、ライハから供給された電氣で維持している状態なのだ。つまり体内の電氣が切れれば、俺は死ぬ。
ただ日常生活を送るだけで、絶えず電氣は消費される。その上、発電能力や物質のデータ化を悪用した犯罪・テロの活発化。治安が悪化の一途を辿る昨今では、自衛のために電氣功で戦う機会も少なくない。だからライハは俺の命を守るため、隙あらばスキンシップと称して充電を絶やさないよう気を張っている。
俺とライハの事情を知る者は、学校では二人だけだ。一人は科学者であるライハの両親の知己だという校長。そして校長の指示を受けて、バイタルチェックなど便宜を図ってくれる木原先生。
特に木原先生には、日頃からお世話になっていて頭が上がらない。主にこうして、「充電」に保健室を利用させてもらってる点で。シている間貸し切りだし、アレコレの後処理も任せ切りだし。いや、本当に申し訳ないですハイ。
「稲田くんも当然大変でしょうけど……我妻さんの負担がどれほど大きいか、忘れないであげてね。まだ学生の身で、常に人一人の命を背負っているんだもの。明るく振る舞って見せても、気が休まらない毎日に違いないわ。我妻さんほどの才能があれば、もっと自由に力を振るって学生生活を謳歌することもできたでしょうに」
ベッドで深く眠り込んだライハに、木原先生が向けているのは憐みの目か。
木原先生に限らず生徒も教師も、この学校にいる皆がそう思っているんだろう。
デンジというお荷物がライハの才能を無駄にさせている――と。
「気を悪くしないでね? あなたを責めるつもりはないの。ただ客観的に、二人の関係は危うく見えるのよ。我妻さんは稲田くんの命を預かる責任感や、体を許したことを理由に、無理に今の関係を受け入れようとしてるんじゃないかって」
淡々と、諭すように木原先生は言う。
「それは恋でも愛でもない、ただの束縛よ? 人の一生は長いんだもの、一人の相手に延々と縛られるのは不幸だわ。稲田くんの問題だって、いずれ他に解決策が見つかるかもしれない。この人だけだと縛りつけ合うような関係はお互いのために……」
「巨大なお世話ですよ、全面的に」
気持ち語気を強めて、俺は木原先生の言葉を断ち切った。
別に怒ってはいない。強いて言うなら呆れている。
どいつもこいつも、よくまあなにも知らずに好き勝手言えるものだ。
「俺たちは、こんな有様だから仕方なく一緒にいるんじゃない。ずっと一緒にいたいと願った末に、望んでこの有様になったんだ。他の『もしも』なんて、俺たちは要らない」
ベッドに腰掛け、ライハの髪を指で梳く。
俺たちは比翼の鳥。連理の枝。替えが利かないパズルのピース。
縛られているのではない。分かち難く結びついているのだと、俺は信じる。
「……そう。強いのね、君は。ああ、そうだ。そんな強い君に、一つ頼み事があるの。すぐに済むおつかいだけど、ちょっと今手が離せなくなっちゃって。我妻さんが起きる前に片付くと思うから――」
俺が木原先生に頼まれたのは、校長室へ小包のお届け。
しかし道中でクラスメイトに絡まれ、俺は校舎裏に連れ込まれてしまった。
充電したばかりだし、軽くシメてやろうと思ったのだが……。
「ハハハハ! やったやった! 先生の言った通りだ!」
「我妻さんの電氣を失って弱った今が、こいつに天罰を下すチャンスだ!」
「ざまあないな、寄生虫野郎め!」
蹲る俺を取り囲んで、鬼の首でも取ったようにはしゃぐ生徒たち。
一度に大量の電氣を失ったせいで目眩を起こし、即座に立ち上がることができない。
木原先生から預かった小包が突然爆発。銀色のガスを浴びた俺の体から、電氣が勝手に放電されたのだ。早い話、俺は罠に嵌まったということらしい。
「あんたのせいで、ライハさんは最強の能力者として活躍できずにいるのよ!」
「お前なんか、我妻さんの輝かしい将来を邪魔する疫病神なんだよ!」
「くたばれ、無能のクズめ!」
口々に罵倒しながら、生徒たち十人が一斉に電撃を放ってくる。
ライハの電氣がなければ俺はただの無能。余裕で袋叩きにできると踏んだか。
――生憎と、なにかも間違っている。
「ヒャハハハハ! 黒焦げになりやが……!?」
「な、なんだこれ!? 電撃が、吸い取られて!?」
生徒たちが放った電撃を、俺はそれぞれ十本ある指で受け止めていた。
電撃は指先の、ほんの先端に蓄積されて留まっている。生徒たちは自分で放電を止められず、次第に体が目に見えて干乾び始めた。
「やめ、て。電氣、かえ、して」
「ん? いいぞ、ほら」
「「「アババババ!?」」」
俺は電撃を返してやった。ただし、バラバラに入れ替えた上で。
結果、生徒たちの方が黒焦げになって地面を転がる。
いずれも重傷だが、自分たちの放った電撃だからまさしく自業自得だ。
「馬鹿め。俺は十年間、雷神の生まれ変わりなんて言われてるライハの赤雷を、毎日体に充電してるんだ。その俺が、本当にただの無能力者だとでも思ったか?」
直後、爆音めいた雷鳴が轟いた。
見れば校庭の方向から、巨大な雷の柱が空に向かって昇っていく。
「こいつらを唆した黒幕も、その目的がライハなのも見え見えだが……。重ね重ね、馬鹿めだ。あいつが、この俺以外の手に負えるものかよ」
俺は生徒たちを捨て置き、校庭に向かって走り出した。
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