第3話  5月10日 月曜日 朝

 東山北駅に着いて、回数券を木箱に入れる。この券が終わるまでに私が仕事を全部覚えて、白雪さんが何のうれいも無く新しい職場に向かえますようにと祈った。そのためには宮迫さんの協力も欠かせない。派遣会社の事務所の方向に、見付かりますようにと念を送った。


「おはようございます」

と、一礼してから工場に入る。何人かの社員さんが挨拶を返してくれた。ホッとする。

 事務室に入って

「今日から宜しくお願いします」

頭を下げる。顔を上げて驚いた。白板に

「ようこそ、館下述希さん」

と、大きな字で書いてあったのだ!有り難う。

 程なくして朝礼が始まった。ドンさんとラスさんから全体への通達が終わり、各自の予定を言いながら白板に書き入れてゆく。述希も白雪さんから黒ペンを受け取り、自分の欄に引き継ぎ(受け)と書きペンを白板の下部の溝に置いた。

「最後に、館下さんから抱負を一言」

と、ドンさんに促され皆の中心となる位置まで動いた。全員をぐるりと見渡してから口を開く。

「ただいまご紹介にあずかりました館下述希と申します。白板に歓迎の言葉を書いて下さいまして、有り難うございました。前職は中古車販売店での現金出納でした。自動車への関心はある方だと思いますが、修理の知識は全くありませんので少しづつ教えて下さると有り難いです。これまでの事務と運転の経験を活かして、白雪さんが一日も早く新しい職場に行かれるように努めますので、宜しくお願いします」

 深々と頭を下げてゆっくり上げる途中で、拍手が聞こえた。力強く温かい拍手だ。日頃体全体を使って働いている人が立てる歓迎の音は、心地よい。 

「あの、館下述希さんって言いにくいです…」

右端の若者がおずおずと言った。

「そうだな。日本人のわし達でも」

と、ドンさんも納得のようだ。

「まだ時間あるから、あだ名決めちゃったら?」

ラスさんの承認も出た。

「構わない?何か案ある?」

白雪さんは迷惑なら言ってねという風に言った。

「構いません。学生の頃は、ノンキと呼ばれていました。参考になれば」

と、答える。

「述希さんでノンキか、なるほど」

眼鏡をかけた人が腕組みをしながら考える。

「フィジー、ノンキって言ってみて」

丸坊主の人が右端の若者に言う。 

「はい、ノンキ。ノンキさんって言い易い」

と、フィジーさんは嬉しそうな顔をした。

「決まりだな」

ドンさんもニコニコしている。

「では、ノンキと呼んで下さい」


 こうして、述希のノンキとしての一年間が始まった。

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