4 ノアズの職員が来る
「まだ見たいドラマがある。犯人はティーカップの中っていうドラマ。それの続きが見たい!」
「何だそのちっぽけな未練は!それに、どれだけ小さい犯人なんだ!んな訳あるか!」
「比喩だよ、イオリ。本当は、犯人おっきい。」
「それは理解している!……はあ、」とイオリは前髪をかき上げた。それから何か閃いた様子になり、続けた。「ああ、あのドラマか。そういえば俺も、家にいる時たまたま放送されていたから、それを見たな。まだ一話だったか?……なんだその期待のこもった目は。」
「だって、イオリも見てたんだと、思った!」
「話が合うとでも思ったのか?」
「……。」私はコクリと頷いた。
「時短の為に教えてやるが、あれの犯人はデューク公爵だ。名前からして、公爵なのか伯爵なのか訳わからんが、あれが殺したと考えれば、トリックも辻褄が合う。さあ、心置きなく成仏しろ。」
やっぱり見てたんだ!私はぱっと笑顔になって、イオリに反論した。
「違う。それは、ミスリード要員。本当は、ジュンコ夫人だよ。絶対にそう!」
「馬鹿な、フッ、俺がミスリードしたとでも思うのか?ははっ、中々君は愉快だ。」
イオリは腰に手を当てて、はっははっは笑った。
「俺は一度もドラマの犯人を当てられなかった事はない。何故なら、俺は犯行現場から被害者の性格、生活、歩んできた人生を解析する仕事をしている。そこで加害者との接点を割り出して、更に、容疑者の話を聞いて、その話す様子から基本的な性格、特徴、趣味、被害者への感情、例えそいつがポーカーフェイスだったとしても、体全体の仕草から割り出して、それらを知る事が出来る。実際に犯人を何人も検挙してきたんだ。ニュースで俺の名を見た事はないか?」
「ない。それにジュンコ夫人だと思う。」
「……強情だな。なら、俺の実力がいかなるものかを証明する為に、お前について、分かったことを教える。」
おお、それは楽しみだ。私はワクワクしながらイオリが話し始めるのを待った。まるで自分が推理ドラマの世界に入ったような気がしたのだ。イオリはじろっと私の全身を見て、結論を出した。
「結婚は嘘だ。」
「え?してたよ。」
「本当に結婚と言えたものだったか知らんが、その割には指輪が無い。用意しない夫婦もいるが、そういうところは大体金銭的な理由だ。しかしお手洗いにいる君……のそれは、パンクゴシックブランドであるポワズンの服を上下で着ていた。お金はあるはずだから、精神的な理由で用意したかったと見える。性格は内向的で、声の様子から多大なストレスを受けて育ったと見える。更に、頭髪が一本も無いという、若い女性にしては奇抜な髪型をしていて……。」
と、ここで、イオリの顔色が悪くなってきた。何かに気付いたのかな。それにしても、ポワズンを知っていたとは。さすがイオリだ。
「もしや、全身脱毛をしているか?」
「うん。」
「……んんんん、そうか。質問を変更する。スコープを覗くような仕事だったか?」
やばい。これはやばい。私はギュッと口を閉じた。するとイオリが、その場で勢いよくしゃがんだ。
「そういう……仕事をするから……お前はこうなるんだあああ!」
「痛っ」
びょーんと立ち上がったイオリに肩を叩かれた。今宵だけで、何度叩かれただろうか。それでも一緒にいて、これまで楽しい人は初めてだった。純粋に、人に懐いたことのなかった私は、尻尾を振っているイヌの如く、イオリを気に入ってしまい、そばにいたいと思ってしまった。
「うふ、うふ。」
「いやいや、そのそれっぽい笑い方はやめろ。近づいてくるな。いいから早く、成仏しろ!」
「だから、犯人はティーカップの中「犯人はティーカップの中にいるから!絶対にいるから!成仏しろ!」
本当にイオリは面白い。それはタイトルであって、ティーカップの中に犯人がいる訳ないのに。そう思って笑っていると、廊下の窓からサイレンの光が入ってきた。きっとノアズの衛兵の車が到着したんだと思った。
「ねえねえ」
「なんだ?頼むから俺の服を引っ張るな。」
「分かった……。私の姿って、イオリ以外にも見えるの?」
イオリは黙ってしまった。黙ったままどこか遠くを見つめ続けて、何も答えてくれなかった。
「アルバレス!」
玄関から響いた声にイオリがハッとして、玄関の方へ急いで歩いて行った。私はどうしよう、あなたは誰?と聞かれた時、何て答えればいいかわからない。
だから前もってイオリに説明してもらおうと思って、姿が見えるのかな?って聞いたのに。
まあいいや。
私は姿を消すことにした。もうここでお別れなんて寂しいけど、最後に彼の仕事姿を見ていようと思った。
階段下からイオリと一緒に何人かの衛兵が登ってきた。イオリは事情を説明して、褐色肌のガタイのいいドレッドヘアの女性が、イオリの話にウンウン頷いている。多分彼女が上司っぽい。
「それで遺体が、お手洗いにあるのを発見したと?」
その女性の声は、訓練で喉が潰れたのかそれともお酒が大好きでたまらないのか、しゃがれていた。イオリが「はい」と答えると女性がお手洗いの中を覗いた。
「んんん……まだ鮮血だ、死後まもないな。」
イオリが答えた。
「ええ、私もそう考えます。……?」
ここでイオリが何かを探し始めた。キョロキョロと辺りを見ては、思案顔になって俯いてしまった。
もしかして私を探してるのかな。急に消えたから寂しくなってたりして。なんてね、ふふっうふうふ!しかもイオリって仕事の時だと一人称が私なんだ。ちょっと可愛い。
「もう一人目撃者がいます。私の連れなのですが……一体こんな時に、どこに行ったんだ?」
褐色肌の女性がイオリを見た。
「そうなのか?もしかしたらこの惨状を見て気が動揺してるのかもしれない、たまにいるからなそういう人は。私とバリーはここで検証を続けるから、イオリは連れを探して。」
「はい、フォレスト少佐。」
イオリは一度頭を下げてから、その場を離れて廊下に出た。私は彼についていくことにした。イオリは歩きながら口に手を当てて、
「お~いアリシア?どこだ~?」
と、まるで飼い猫を探すかのように私のことを呼び始めた。私はほくそ笑んだ。ちょっと悪い気もするが、どうするか見てみたかった。
それはそうと、さっき姿を消そうと思ったら、イオリを含めて誰にも姿を見られずに済んだ。これはもしかしたら……楽しい状況なのかも。色々なものが覗ける。イオリの自宅だって覗ける。
この館から出られればの話だけど。うーん!
イオリは部屋の扉を開けては私を探した。
「アリシア?……くそ、姿を消してるな。いや、」と、急に立ち止まった。
「近くで俺のことを見てる可能性が高い。奴め、試しに見立てをしてやると言った時に喜んでいたからな。自分の関わってる事件なら尚更、見ていたいに決まってる。」
ぎくっとした。さすがイオリ。
「そこにいるんだろう、お前。」
「……。」
「どこだ?いいか、俺はお前に力を貸してほしい訳でもない。愛着がある訳でもない。お前の死体が発見された後で、お前が誰かに目撃されたらノアズは混乱する。双子だって言っても無駄だ。全ての市民がデータ管理されてる。だからお前が過ごしやすいように、言い訳を考えてやる。」
確かにそうだ、死体と同じ顔の私が発見されたら混乱するよね。でも私はどうせ、この館から出られないよ。するとイオリが、鼻を掻いて恥ずかしいのかボソッと言った。
「聞いてるのか?……犯人はティーカップ、見たかったら本当について来い。聞いてないか?まあいい……。それなら、はあぁ。」
イオリがため息をついた。不思議なことに、本当について来いと彼が言った時に、私の身体が青白く光った。それは彼には見えてないけど、でも何かが変わったような気がした。
「アリシア、置いていくぞ。犯人は貴様の夫、それは分かったからな。」
「ま、待って!」
またお手洗いの方へ向かったイオリの腕を、私は掴んだ。振り返った彼の、星空のような瞳と目があった。
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