5 ついて来い
「ねえイオリ、言い訳考えた?」
「……今考えている。」
スタスタ歩くイオリについて行く私。さっき横に行って手を繋ごうとしたら嫌がられたので、背後からついて行くスタイルになった。手ぐらい、繋いで欲しいけど、まあいいや。
すぐに我々はお手洗いまで戻ってきた。私の姿を見るなり、フォレスト少佐という女性は目を丸くして、体をびくつかせた。傍にいた衛兵の男の人も、息を飲んでしまった。
そうか、私が姿を見せたいと思えば、イオリじゃなくても皆にも見えるようになるんだと分かった。
「アルバレス!?……彼女は一体!?被害者と瓜二つだが、双子なのか?」
「はいそうです。彼女の名前はアリシ……リア。リア!リアです!リア……っブックハート。そうです!」
イオリが私を指差して、そう言った。
ブックハート……咄嗟に出てきたファミリーネームなんだろうけど、私は結構気に入った。しかし気になったことがもう一つだけある。
ここからは私の回想である。
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『そこにいるんだろう、お前。』
『……。』
『どこだ?いいか、俺はお前に力を貸してほしい訳でもない。愛着がある訳でもない。お前の死体が発見された後で、お前が目撃されたらノアズは混乱する。双子だって言っても無駄だ。全ての市民がデータ管理されてる。だからお前が過ごしやすいように、言い訳を考えてやる。』
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双子だって言っても無駄だ……無駄だ……と頭の中でイオリの声がリフレインしてる。なのに彼は、即答で双子だと答えた。これからどうするのだろうか。見ものだ。
「そ、そうなのか?リア?」
フォレスト少佐が私に聞いた。私は何も言葉が出なかった。するとイオリが慌てた様子で、私の肩に手をポンと置いた。
「か、彼女は少し話すのが苦手のようで、人見知りもある。私とは少しだけ話せましたがね……はは。被害者の妹で間違いありません。目撃情報によると、犯人の後ろ姿を見たとか……?」
「本当か!?リア!」
フォレスト少佐と一緒のタイミングで、イオリが私の方を向いた。おいお前、いいから話を合わせろ。さもないと!という何かを求める鋭い目つきだったので、私は頑張って笑顔を作って、答えた。
「そ、そうです。小太りの人。多分、姉の夫。」
「それは有力な証言だ。」とフォレスト少佐がノアフォンで情報をメモし始めた。この流れがどこまで通用するかわからないけど、話を合わせるしかない。
フォレスト少佐は私に聞いた。
「となると、姿を見たのですね?彼女の夫だと断言できるぐらいには。」
「は、はい……多分。」
「多分?」
フォレスト少佐が首を傾げ、イオリはギュンとこちらを睨んできた。歯を食いしばって、必死な感じで私に、今すぐに気の利くホラ話を出せと訴えている。こ、ここは頑張るしかない……!
「見ました。暗かったけど、シルエットが見えた。……えっと、声が夫だった。……姉の夫!」
「そうでしたか。それでお姉さまを発見して?」
「そう、そう!」
「なるほど……」と、彼女は思案顔になった。「この目撃情報は重要だ。因みにお姉さんとここで何を?」
「……。」
もう疲れてきた。いっそのこと私がアリシアですって言ったほうがいいんじゃないのかな。頑張って知り合ったばかりの人と話して、疲れたよ。イオリは別だけど。
でもイオリが歯を食いしばったまま私を睨んでる。お前が頑張れよ!って、すごく睨んでる。
そうだ。これを頑張ったら、あとでイオリに何か要求しよう。もう少しこの洋館にいてくれるように頼も。それなら頑張りがいがある。よし!
「姉と、星を見に来た。ここからなら見れるから。そしたら義理の兄が、ここに来ちゃった。」
「そうか……それで事件が。ああ、大変でしたね。」
フォレスト少佐は、何度か頷いてから、ノアフォンにメモを取った。それから隣に立っているイオリに言った。
「被害者は、お前と一緒の趣味とはな。」
「あ!?あ、ああそうですね……今夜は不思議な空をしていました。ここから出なければ、あの星は見えませんでしたからね。天体観測者なら、今夜この場所に来たいはずです。」
「ほお、なるほどな。星好きがここに集まってきたという訳だ。さて、今から検証をしなければならない。アルバレスは、リアさんを自宅まで送ってくれ。また後日、話を伺いたいが、リアさん、それでいいでしょうか?」
私は頷いた。苦笑いをしながら。
「は、はい。」
「アルバレス、今回は証言があるから仕事は少ないだろうが、後で資料を送る。」
「承知しました。それでは失礼します。」
イオリが私を手招いてから、玄関の方へ向かって歩き始めた。この屋敷から出られないけど、それはこのタイミングで言うべきだろうか、と彼の背中を見て考えた。
すると廊下の角を曲がったところで、イオリが立ち止まって振り返った。
「なんとかなったな。」
「こ、これからどうするの?」
「お前の家に案内しろ。」
「む、無理だよ。」
「何故だ?」
「案内は出来る。でも私、この屋敷から出ることが出来ない。」
「……。」
イオリが深いため息をついた。そして、それを先に言えよと言う死んだ目を私に向けてきた。
「アリシア……なんて面倒くさいことだ。いいか、この屋敷から出られないとか、そんなことは俺はもう知らない。何とか言い訳を作って、フォレスト少佐にはここでアリシアからの証言を取ってもらうことにするから、犯人はティーカップを見るのは諦めろ。この屋敷には電気が通っていない。」
「え!?やだ!」
私はイオリの袖を掴んだ。彼は振り払った。
「煩い!」
「だって犯ティー見たかったら、ついてこいって言った!」
「略すな!屋敷から出られないなら俺に出来ることはない。もう知らん!」
「あっ」
私の手から離れたイオリが私に背を向けて、バッグをかけ直してから歩き始めた。
「報告はどうにかするから、あとはフォレスト少佐と宜しくやってくれ。」
「え。」
何その放置。
スタスタと歩いて行ってしまった。私は彼を追いかけた。玄関から彼が出ていくと、心の中に変な寂しさが残った。あの玄関から出られればいいのに、どうしてここに縛られるんだろうと、一人で不満顔をした。
その時だった。私の体がズルズル引きずられて勝手に動いた。慌てて近くの柱を掴んだけど、徐々に吸引力が強くなっていって、腕がちぎれると思って、掴むのを離した。
すると、私はスポンと玄関を通り抜けて、外に出ることが出来た……のはいいけど、どんどん一定の方向に引きずられていく。
逆方向に走っても、体育座りをしていても、地面に寝っ転がっても、ついでに両手で土に爪痕を残しても、私は引き摺られて行く。何これ。
どこに行くのか知らないけど、洋館の敷地内から出て、私は街灯の美しいレンガ畳のムーンストリートを、ズルズルとナメクジのように移動した。
勿論、誰にも見えないように姿を消してある。消してなかったら、恥ずかしさでもう一度死んでただろう。夜でも結構、この通りには人が歩いていた。殆どカップルだった。
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