死にたがりの私はあなたを求める

きょんきょん

第1話

 今年の寒波は例年に比べ根性があるみたいで、日本列島からなかなか離れてくれず、未だ春の訪れには遠く、布団から眺める自慢の庭に植えられた梅の木には、毎年私の顔を綻ばせてくれる梅花が、蕾からまだ目を覚ましそうにはなかった。


 二十代前半で結婚と出産を経験し、三十代の仕事と育児に追われている頃に無理して建てた我が家だけど、四半世紀経つと、自分の体のようにあちこちがたが来ている。

 まだこの家が綺麗だったあの頃、日々山積みの仕事に忙殺されながらも、子供達の成長を間近に見れた一瞬一瞬は、老いても尚、私にとって最高の思い出となっている。


 あんなに可愛らしかった子供達も後に成人を迎え、二人の息子と一人娘は巣立っていき、それぞれの所帯を持ち、今では可愛い孫達を五人連れてこの家に帰ってきてくれる。

 巣立っていったツバメが、春にまた同じ地に帰ってきてくれるようなものか。

こんなこと言ったら『子供を鳥に例えるな』とお叱りを受けるかもしれないが、そんなことは言わないでほしい。

私にとってはどちらも等しく可愛い存在なのだから。


 昨今は子供を持たない自由と言うのか、そういう価値観の夫婦も増えてきているこのご時世で、孫を可愛がられる私はそれなりに幸せの部類に属するのだろう。

 しかし、もう春に帰ってくるツバメを愛でる時間は残っていないらしい。


 私のガンが発見されたのはちょうど二年前。どうにも腹痛と食欲不振が気になり、娘に相談してかかりつけ医で受診した際、地元の大学病院を紹介された。

 その頃は年も年だからとたかを括っていたけれど、医師からは思ってもみなかった宣告を受けた。


『林様は、末期の膵臓ガンです』


 まさか私がガンに……それも末期のガンにかかっていたなんて夢にも思わなかった。あくまで他人がかかる病気だと、その時までは信じていた。

 既に全身に転移が進んでいる状態で、病巣の切除は不可能と判断され、化学療法も試した結果は芳しくなく、医師からは進行を遅らせ苦痛を減らしていくという緩和ケアを勧められた。

 そして今は自宅で、確実に近づきつつある最後の瞬間ときを待っている。


 人は、最後の瞬間に何を想って逝くのだろうか。関連書籍を山のように読み込んだけれども、結局人それぞれという陳腐な答えが解っただけ。

 やり残したこと、愛する人のこと、可愛い子供のこと、嘆き、苦しみ、後悔……挙げていけばキリがない。

 では私はどうかというと、最後に想うのは、可愛い可愛いと言っていた孫でも、お腹を痛めた子供でも、随分昔に亡くなった愛する旦那の事でもなく――最後は……最後に、あの可憐な梅の花が咲いていたあの日に出会った、あの子の事を想うだろう。

 向こうで待ってる旦那にはどやされるかもしれないけれど、許してほしい。


 死期が近づいてから思い出すなんて、これもあの子の仕業かしら。

 でも、再びあの子に出会うことが出来たなら、私にはもう、悔いは残らない。









 

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