百合の花 ー5ー

A(依已)

第1話

 頭の中で、パイプオルガンが奏でる美しい賛美歌が、頭痛がしそうなほどの大音量で鳴り響いた。

 わたしは思わず、その場にひざまずき、両手の指を、がしりと組んだ。頬に、涙がつーっと伝った。神々しい光が、わたしをすっぽりと包んだ気がした。

"どうか、救ってください"

 藁にもすがる思いで、祈った。信者でもありはしないのに――。

 涙でぐしゃぐしゃになった目をそっと開けると、目の前に、まるで絵に描いたように美しく白い百合の花が一輪、ポツンと床に落ちていた。

「あれっ、さっきまでなかったのに・・・。

ねぇ、誰かいるの?」

 あたりを見渡して叫んでみたが、誰もいなかった。はっきりとしているのは、わたしが訪れた時には、この教会に、花瓶に活けられた花などなかった、ということだけだ。あい変わらずそこは、ただただ荘厳なステンドグラスだけが、一面張り巡らされている空間なのである。

 百合の花が落ちているそばのステンドグラスを、わたしは凝視した。

「さっきはここに、百合の花が描かれていたような・・・」

 確かに百合の花が抜け落ちたせいで、そこだけなにか物足りなさを感じる、ぽっかりとした空間ができ、おかしな構図になってしまったといえなくもない。が、なにせわたしは、絵画に対してなんの知識も絵心もない、まるきりの素人だ。本当にその場所に、百合が描かれていたかどうか、今となってはもう、定かでない。

「こんなことなら、スマホて写真でも撮っとけばよかった――」

 さて、このキリスト教徒でもなんでもない図々しい通りすがりの迷える子羊に、奇跡は起こるのか・・・。それとも、現実には到底抗えないものなのか・・・。神のみぞ知るところとなった。

 百合の花を大事そうに抱え、わたしはその教会をあとにした。

 教会=境界ともいえるその場所を―――。




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百合の花 ー5ー A(依已) @yuka-aei

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