彼が仕事を休んだけど、私はもう怒りません。

 彼が、酷い下痢で仕事を休んだ。


 そんなことにお構いなく、私はガンガンに音楽をかけつつ仕事をしているが、彼は布団に戻ってから一向に起きる気配がない。昨日は深夜0時位に寝たのに、である。


 うん、鬱だな。あと出社拒否だな。

 今の職場、相当にキツ「かった」らしいからな。

 もうすぐ、派遣切られるから過去形だけど。良かったね、嫌な職場から逃げられて。


 彼も双極性障害である。ちなみに1型、私は内心『オラオラ型』と呼んでいる。

 病気が発覚するまでは、パワフルで強引で注目浴びなきゃ気が済まない奴であった。

 しかし、投薬治療によって暴かれた彼の本性は――臆病で人見知りが激しい5歳児。

 ……私は行動力のある男が好きなんだよ……実は勢いがないと何も決められないとか、自分からは何も行動できないとか、詐欺じゃね??

 いや、だからって捨てないけど。


 躁状態にある『根拠のない自信』という症状は、もしかしたらメンタルの弱い人が本能で取り繕ってきた仮面かも知れない。



 双極性障害というのは、鬱と躁を繰り返す。

 だけどそのメカニズムは、うつ病とはかなり違うのではないかと言われている。


 うつ病は、完全なエネルギーの枯渇。

 だからゆっくり充電すれば、いつか気力は元に戻る。


 双極性障害は、いうなれば『制御部分の破損』。

 エネルギーのダムが崩壊しているのだ。だからエネルギーがあればあるだけ放出し、枯渇したら動かなくなる。キープできないから、感情や気力を安定させるのは難しい。

 うつ病の薬を飲むと、双極性障害は悪化する事がある。このことからも、うつ病と双極性障害は『別の病気』という仮説は容易に成り立つ。



 彼の状態は、薬のおかげでダムに応急処置がされている状態。

 だけどストレスが多ければ普通の人以上にエネルギーを浪費するし、困難に立ち向かっていく性格ではないのでストレスを打ち返すことも避けることもできない。どうしたらいいかなんて考える余力もなく、『お調子者』の仮面で自分のプライドをギリギリで保っている。辛い時に笑って見せる人ほど、痛々しい。


 朝7時半に「休みます」と電話してから、彼は朝食も食べずに眠っている。朝の電話で残っていたエネルギーが枯れ果てたのだろう。


 ……最初はさ。私も無理してでも行けって言ってたけどさ。

 もう言わねえよ。お前の人生だし、お前は私ほど強くもねえし。

 私みたいにハングリーな精神病患者の方が、きっと珍しいんだろうさ。

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