聖王の侵略 ーバイバルス戦記ー
四谷軒
プロローグ
われらが来たり行ったりするこの世の中、
それはおしまいもなし、はじめもなかった。
答えようとて誰にはっきり答えられよう――
われらはどこから来てどこへ行くやら?
ウマル・ハイヤーム「
一二五〇年六月。
地中海沿岸、エジプト。
ナイル川河口、ダミエッタ。
その港で働く水夫たちがふと海を見る。
空には、太陽が輝き、白い雲が浮かぶ。
海は、どこまでも青く輝く波浪が躍る。
その海上を、小山のような黒々とした盛り上がりがあり、それがどんどん、大きくなっていく。
やがて小山は、その細部を視認できるくらいに、ダミエッタの港に近づいてきた。
「艦隊だ!」
当時、エジプトを支配していたのはアイユーブ朝であるが、その海軍が動くという発表はされていない。非公式の情報ですら、そういう動きは確認されていない。何故なら――
「キプロス島の
「ヴェネツィアやジェノヴァも、別にこちらに……」
ざわめく群衆をしり目に、遠目の利く者が、望楼に上がっていく。
そして、最も目の良い者が、艦隊の旗艦の旗を見た。
「十字架だ!
……フランス国王、ルイ九世。彼の率いる第七回十字軍が、海路、今まさにエジプトへの侵入、そして侵略を始めようとしていた。
*
当時、ヨーロッパにおいて、フランスは一番国力が充実しており、かつ、国内情勢が安定していた。対立する国内諸侯を制し、フランス南部において異端とされた、アルビ派を制圧するためアルビジョワ十字軍を終結させ、国王の支配を南フランスまで行き届かせた。これには母・ブランシュ王太后が摂政として手腕を振るった結果でもあるが、ルイ九世自身も、近年に起きたポワチエの叛乱という大貴族の叛乱を鎮圧し、ついにフランス全土における王権の支配を確かなものにした。
そして今回、ブランシュ王太后に留守居を任せ、ポワチエ伯アルフォンス、アルトワ伯ロベール、そしてアンジュー伯シャルル(シャルル・ダンジュー)ら、有能な弟たちを引き連れて、第七回となる十字軍を興した。その兵数は、イングランドからの援軍やテンプル騎士団を加え、二万。
このルイ九世はちなみに、没後、生前の功績により、教皇により列聖され、聖人として扱われた。そのため、後世、彼をこう称する。
――
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます