第55話 公開オーディション

 公会堂には、すでに多くの生徒が集まっていた。そのほとんどが軽音部以外の生徒のようだった。


「文化祭ライブのときもこれくらい集まると思っておいた方がいいかもね」


 集まった人の多さに驚きながらも、千冬ちふゆが言う。

 俺たちごときのライブにこれほどの人が集まるだろうかという疑問はあるが、万が一ってこともある。その万が一があったときに、緊張のせいで大失敗を犯すなんてことがないよう今の景色を脳裏に焼き付けておく。

 大丈夫。観客はじゃがいもだ。もっとも、じゃがいもが大挙して詰めかけていたら、それはそれで不気味だし、何を考えているか検討も付かない分、人間よりも遥かに怖いが。

 自ら墓穴を掘るような思考を巡らせていると、急に照明が落ちる。窓には暗幕が張られているため、辛うじて隣に立つ千冬の顔が見える程度の明るさしか残らなかった。


「始まるみたいだね」


 隣で黒い髪が揺れる気配がある。俺は黙ってうなずいた。


「ハロ~~~ッ!! エヴリワ~ンッ!! 長らぁ~く、お待たせいたしました~~!!」


 ややあって、どこか間延びしたようなアナウンスがスピーカーから響き渡る。一拍置いて遠慮がちな歓声が上がった。

 みんなどう反応していいか分からず、探りあっているような奇妙な間だった。俺たちロミ研は誰一人声を発しない。理由はたぶん、陰キャだから。


「軽音部の公開オーディションにお越しいただき~~……誠にありがとうございまぁ~~す!!」


 ここで歓声を上げてくださいね、と言わんばかりのアナウンスに反応して、また歓声が上がる。先ほどよりもいくらか明度が増した歓声だった。


「ではでは、早速ですが、始めてまいりたいと思いまぁ~すっ!!」


 アナウンスは慣れた様子で進めていく。


「今日、我が部から文化祭ライブに出演するグループが決まりまぁ~す!! 皆さん、お手元に投票用紙は届いていますかぁ~~!?」


 アナウンスに促されて手元を見る。公会堂に入るとき、各自に投票用紙が渡されていた。促されて見てみるまであまり気にしていなかったが、そこには二つのグループ名らしきものが書かれており、グループ名の横に四角いチェック欄が設けられている。


「これから皆さんには、我が部の中でも精鋭中の精鋭から! 二組のパフォーマンスをご覧にいれまぁ~す!! パフォーマンスを観たうえでぇ~、いいと思った方にチェックを付けて投票ボックスに投票してくださぁ~い! もちろん投票は匿名で結構でぇ~す!」


 アナウンスは独特のテンションを維持したまま、説明を続ける。

 説明によれば、公会堂に集まった観客の投票で勝敗を決めるということらしい。公開オーディション。名前からすぐに想像できそうなものだが、改めて説明を受けてやっと理解する。音楽に勝ち負けを付けようとしていることに言いようのない不快感を覚えた。

 なんとなく千冬の顔を伺うと、特に何かを感じている風でもなくただ一点を見つめている。


 アナウンスが止むと、途端に喧騒が広がった。それぞれが思い思いのことを口にする中、俺たち五人は変な緊張感に包まれていた。押しつぶされるというほどではないが、腹の上のあたりに重しを乗せられたような奇妙な緊張感。それが軽い吐き気だと気が付いたのは、一組目がステージ上に表れたときだった。

 自分も近い将来あの場所に立つのだと思うと、グッとせりあがってくるものがあった。敵情視察的な意味あい以上に、心の準備として事前に公会堂ここにやってきたのは正解だったのかもしれない。


「さぁ~て!! では、早速やっていただきましょぉ~~う!! 一組目。ブレインスプラッシュ!! どうぞっ!!」


 アナウンスは相変わらず間延びした声で一組目を紹介する。

 ブレインスプラッシュと紹介されたグループは、どう見てもバンドではなかった。だれも楽器を持っていない。ステージの真ん中に四角い大きな箱のようなものがあり、その後ろに一人、そしてその前に三人が横並びに陣取っている。前の三人はそれぞれハンドマイクを握っていた。

 ステージ上にセットされていたドラムを使う気配はない。


 突如、合図もなくズゥゥゥゥゥゥン──という体の底に響くような重低音が鳴る。四角い箱の向こうにいる人の手に合わせて音が鳴っているようだった。

 ゆっくりとしたテンポの音は、公会堂を底から突き上げるように低い。ビリビリと窓ガラスの震える音がする。あまり心地いいとは思えなかったが、見回してみると半数近い生徒が音に合わせて体を揺らしていた。


 少しするとそれまで、踊るように体を揺らしているだけだったマイクを持った三人が入り乱れるようにまくしたて始めた。背後と上部からの照明を受けてマイクに飛び散る飛沫が見える。

 彼らの音楽はヒップホップ。三人が歌うのはラップだった。


 ロック専門でヒップホップの素養がない俺は、目の前で繰り広げられるパフォーマンスのレベルが高いのか低いのか分からなかった。ふいに先生の言葉を思い出す。


 ──今の軽音部はロックをやっていない。


 その片鱗を見た気がする。

 もしかしたら、片鱗どころか次の二組目もロックじゃないのではないかと思った。それならば、俺たちがロックをやるだけで、理事長に違いを見せることができるかもしれない。


 しかし、世の中はそんなに甘くできてはいなかった。

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