第54話 ロミ研は公会堂と相性がいい
二日間の合宿は、あっという間だった。
ずっと『あの曲』と呼んでいた曲に正式な名前が付いたことで、俺たちのモチベーションは格段に上がった。文字どおり、寝る間も惜しんで練習に励んだ。フリーがリクエストしたような
フリーも
土曜日、日曜日とみっちり練習をして地元に戻ってきた俺たちは、月曜日の練習を休みにして、軽音部の様子を再び伺おうということになっていた。言い出しっぺは意外にもシラサギだった。
「たまには息抜きも必要だよ」と、あまりらしいとは思えない、そして理由にならない理由で提案してきたわけだが、反対する理由もなかったので全員そろって了承した。
とはいえ、軽音部へは一度見学という名目で出向いている。今回も同じ手が使えるとはとても思えない。どうしたもんかと相談していたら、
顧問のくせに部室に来るのが珍しいというのも如何なものかとは思うが、大人には大人の事情があるのだろう。
「聞いたよ」
佐々木先生は部室にやってくるなり、目的語のない言葉を放った。俺たちは、何のことを言われているのかが分からずお互いに顔を見合わせる。
「合宿。──したんだって?」
いつもどおり、表情の乏しい顔ではあるが、なんとなく怒っているような雰囲気がある。
「どうして私を誘わない?」
あ~、そういうことか、と合点がいく。
「先生。もしかして、拗ねてます?」
尋ねると先生の目がわずかに揺れた。
「拗ねる? だれが? 私が? そんなわけない。私はただ、顧問だからそういう校外活動をするのなら引率が必要だったと言いたいだけ」
思いっきり言い訳がましいことをまくしたてる。千冬やタムも察したようでクスクスと笑っている。
「センセ。寂しかったん? そんな怒らんといてや。次、合宿やるときは、センセも誘うわ。せやから堪忍やで!」
フリーの無神経ともいえる言葉を聞いて先生は「別にいい」と顔をそむけてしまった。完全に拗ねている人間の言動だ。だいたい引率の必要性から放った言葉ならば、「別にいい」はおかしい。
「それで。調子はどうなの?」
先生は、発言の矛盾に気づいてか急に話題を変える。
「合宿のおかげで調子は最高にええで! な?」
フリーが代表して応え、みんなに確認を求める。無神経にわざわざ「合宿のおかげ」と付けるあたり、悪気はないのだろうがフリーらしい。
しかし、まさに合宿のおかげで調子は良かった。
「練習ばっかりしてても疲れるので、今日はシラサギくんの提案で練習はしないことにしたんです。私たち、自分で言うのもおかしいですけど、結構上達したと思うんです。それで、息抜きってわけじゃないですけど軽音部の偵察でもしようかなって話してたところなんですよ。でも……軽音部には一度見学しに行っちゃってるし、どうやって偵察しようかなぁ~って考えてるところでした」
タムが現状を説明する。先生は、それを黙って聞いていた。そして最後まで聞き終えると「それなら」と口を開く。
「心配しなくていい。軽音部の偵察ならだれでもできる。向こうは文化祭に出るグループを部内オーディションで決めている。出られるのは一組だけだから。そこに君たちも行ってみれば、すぐにでも演奏を聴ける。ちょうど、今日は最終選考の日だったはず」
なるほど。部員数がギリギリの俺たちには到底発生しえない問題だ。
あちらさんで文化祭に出られるのは、オーディションを勝ち抜いた一組だけということらしい。なんの苦労もなく、ロミ研所属というだけで出られること自体は決まっている俺としては、なんとなく申し訳ない気持ちになる。
先生が言うには、部内オーディション自体が、ちょっとした前夜祭のような雰囲気のイベントになっているらしい。それなりに盛り上がるというのだ。最終オーディションということは、今日で軽音部の代表が決まるということなのだろう。なんとも絶妙のタイミングだった。
「それって、どこでやってるの?」
近頃は、先生に対するタメ口を隠そうともしない千冬が尋ねる。俺たち全員陰キャだからか、学内のイベントに疎い。
「どこって、公会堂に決まってる」
決まってるんだ……とはだれも口には出さないが、各々がその胸の内で思っていた。
入学してから一度も公会堂には入ったことがない。昔は、大勢の生徒を集めるときに使われていたらしいが、体育館が改築されて以降、大人数が集まるようなときは、もっぱら真新しい巨大な体育館が使われていた。
「文化祭ライブも公会堂でやる」
初耳だった。てっきり、体育館を使うか、もしくは広い中庭に特設ステージを作って、そこでやるものだと思っていた。そうだったらいいなという願望も少し含まれている。というか、入学前のガイダンスで配られたパンフレットには中庭に設営されたステージが写っていたような気がする。
「去年までは中庭にステージを建てていた。公会堂でやるのは久しぶり」
「どうして今年は公会堂になったんですか?」
「私が理事長にお願いした。ロミ研は公会堂と相性がいい」
よく意味は分からなかったが、先生はなんらかの思いを持ってお願いしたのだろうと思う。
正直、ライブをする場所に大きなこだわりはなかった。どこでやるにしてもやることは変わらない。最高のライブをする。それだけだ。
「ほんなら、その相性がいいっちゅう公会堂に敵情視察としゃれこもうや」
先生の言葉を聞いたフリーは、イタズラっ子のようにニヤリと笑う。
異論はない。軽音部との違いを見せなければ廃部になってしまうのだから、軽音部の動向は気になるところだ。違いを見せるためには対象のことをよく知る必要があるだろう。
そんなわけで、俺たちはフリーを先頭に、公開オーディションが行われているという公会堂へと向かった。
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