第48話 オリジナル曲はできますか?
軽音部を訪れてすぐに見学したい旨を伝えると、応対してくれた男子部員は、特に細かいことは何も聞かず、にこやかに部室内へと俺たちを案内してくれた。仮入部期間もとっくに終わったこの時期に見学をしたいなどと言えば、怪しまれるかもしれないという不安は杞憂に終わった。
「なるほど。これは、こっちが主流なのもうなずけるね」
入室して早々に白旗を上げたのはタムだった。あれほど不満そうだったというのに、非常に潔い。体育会系だからだろうか。
「こ、これくらい大したことないやろ。リサさんのお店の地下の方が、数倍ええわ。あっちは喫茶店も付いてるし……」
対して、まったく潔くないのがフリーだ。リサさんの店はちゃんとしたライブハウスなのだから優れているのは当然だ。
フリーが気が付いているかは不明だが、軽音部とリサさんの店とを比較すること自体が筋違いで、なんの意味もない。軽音部と比較すべきは、俺たちロックミュージック研究会なのだ。
軽音部は、部室の広さもさることながら、使用している設備も俺たちとは比較にならないぐらい多く、また豪華だった。
どこぞのVIPルームかと思うような部室には、大きなギターアンプやベースアンプ、うちの部室にあるボロボロで埃をかぶったのとは違うピカピカのドラムセット、それにターンテーブルがセットされたDJブースのほか、大きめのソファやローテーブルまで置かれている。それでいて総数五十名あまりという部員が全員集まっても、まだ多少の余裕を残すくらいの広さがあった。
健全な学び
しかし、俺たちは別に軽音部に勝たなくてもいいのだ。必要以上に勝ち負けにこだわるのは愚者のすること。
もう一度、思い出す必要がある。俺たちが廃部を免れるために達成しなければならない条件は、ずばり軽音部との違いを見せること。そういう意味では、これほど部室に差があるというのも違いの一種だとポジティブに考えよう。じゃないと嫉妬で狂いそうになる。
「見せるのは違いだけじゃなくて、存在価値もでしょ?」
一筋の光を見出しているところに千冬が水を差す。よもや、こいつも心を読んでいるわけではあるまいな。警戒の目を向けていると、千冬は深々とため息をついて「顔に描いてある」と小さな声で言った。
「やぁ。君たちが我が部を見学したいという新入生かな?」
キョロキョロと豪華な部室を眺めまわしているところに、さっきの男子部員とは明らかに雰囲気の違う男がやってきた。
「うちはいつでも歓迎だよ。どうだい? この設備。およそ音楽をやるのに必要なものはすべてそろっているだろう? この充実具合が、君たちに分かるかい?」
両手を広げて嘗め回すようにゆっくりと腕を回す男は、誇らしげだった。まるでそこにあるすべてが自分のものだとでも言わんばかりの振舞いに、俺は直感的にこいつが軽音部の部長だと悟った。と、同時に軽音部に入らなくてよかったとも思う。はっきり言って嫌いなタイプの男だ。
男の問いかけにだれも応えないでいると、男は一人で勝手に話し出した。
「毎日のように新入生がやってきてね。大変だよ。それで? やはり君たちも、うちに入部したくて来たのかい?」
応えは分かっているが、一応確認の意味も込めて尋ねているといった風だった。当たり前すぎて疑問にも思っていないような自信すら超越した態度。そんな態度がまた癪に障る。
だから、俺は思わず口を開いてしまっていた。
「入部するかどうかは、見学しないと決められないのでは?」
「失礼。それはそうだね。では、存分に見学していくといい。今日、ここにいる部員は、みな優秀な部員たちだ」
「あんたは?」
「おっと、これまた失礼。名乗るのが遅れたね。私は軽音部部長の
そう言って草薙が振り返った先には、男女四人がなにやら黙々と作業をしていた。
ギターを持った女とベースを持った女。それから、ドラムセットの中央に座ってなにかネジのようなものを回している男。中でも
なんだあの仮面は。と口に出す間も無く
「よっしゃ、じゃあ始めよっか。まずなにからやる?」
とドラムの男が声を上げる。
「う~ん? なんでもいいよ。適当で」
ギターを肩から下げた女が気だるそうに応えた。
「いや、何やるかは決めないとできないじゃん」
「あ~……それもそうか。じゃあ、どうすっかなぁ~。ウォーミングアップにちょうどいいのはぁ~……パッと浮かばないわ。……そうだ。ちょうど見学の子たちがいるみたいだから、あの子たちに何かリクエストを募ってみる?」
ギターの女が眠そうな半開きの目をこちらに向けて言った。
「そこの黒髪の君。なんか好きな曲とかない? うちらにできる曲だったら演ってあげるよ」
指名されたのは千冬だった。千冬が何をリクエストするのか、興味があった。
しかし、指名された千冬は黙っている。
「……ん? どうしたぁ?
女は不思議そうに少しだけ眉をひそめる。千冬は、「ふぅ」と小さく息を吐くと意を決して口を開いた。
「オリジナル曲はできますか?」
千冬のリクエストは、俺の予想しないものだった。
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