第47話 廃部になる条件

「廃部になる条件が決まった」と佐々木ささき先生から唐突に告げられたのは、翌日のことだった。

 珍しく部室にやってきた佐々木先生は、集まった俺たちを前にして、大事なことなのにいつものように淡々と、短く告げた。

 というか、条件っておかしくないか? 条件なら分かるが。まるで、廃部になるのが前提みたいだ。


「理事長は、うちを廃部にする気でいる」


 佐々木先生がまた俺の心を読んだように言葉を発する。もはやいつものことだ。という表現にロミ研への愛着を感じた。


「なんで、ロミ研はそんなに目のかたきにされてるんです?」


「別にうちが特別なわけじゃない。理事長は、この学校から極力部活を減らしたいと思っている。うち以外にも有力とはいえない部活が対象。経営上の理由らしいけど、詳しいことは分からない」


「なるほどね。それで? そのっていうのは、なんなの?」


 珍しく千冬ちふゆが口を開く。古くからの知り合いであるとはいえ、一応は教師である佐々木先生に隠そうともせず思いっきりタメ口なのは、ひょっとしたら動揺しているからなのかもしれない。


「端的に言うと、軽音部との違いを見せること。つまり、存在価値を示せということ」


「存在価値……。軽音部との違いって? 具体的には、何を見せればいいの?」


「そこまでは言及されていない。理事長はきっと軽音部があるのだから、ロミ研はいらないと思ってる。だから、ロミ研がこの学校に必要であること、軽音部とは違うことを見せなければ……」


 佐々木は最後まで言わずに立てた親指を下に向ける。およそ教育者がやっていいジェスチャーとは思えない。

 それにしても、言われてみれば俺たちロミ研と軽音部との違いとはなんだろう。上っ面の違いでいいならいくらでもある。例えば、当たり前のところでいえば部活名が違うし、メンバー構成も違う。けれど、そういう屁理屈は理事長には通用しないだろう。


「軽音部との違い、それに存在価値……か」


 千冬は噛み締めるように復唱した。

 ふと、ロミ研に加わったとき、先生から言われた言葉を思い出す。真っ先に思い付いたまともな違いは、活動内容だった。


「軽音部って、もはやロックとは関係ない音楽をやってるんじゃなかったですか? バンド組んでライブとかはやらないって、先生言ってましたよね?」


「……そのはず、だった」


「はずだった? というと、今は違うってことですか? そういえば私、軽音部ってよく知らないや」


 ゴリゴリの体育会系であるタムが知らないのは、当たり前なのかもしれない。しかし、実のところ、俺も軽音部については以前に先生から教えてもらったこと以上のことは知らなかった。たしか、EDMやらのオシャレ系、あるいはパリピ系の音楽をやっていると言っていた気がするが。


「ロックではなく、どちらかというとEDMとかヒップホップ系統の音楽をしゅとしていたのは事実」


 先生は「主と」とハッキリと過去形で言う。


「じゃあ、今はどうなんですか?」


 俺の疑問を代弁するように再びタムが尋ねる。


「今年からロックやっている」


 先生は相変わらず淡々と応えた。なんとなく歯切れが悪いような気もする。


「ということは、うちらと被っとる部分があるわけや。せやから、理事長はいまさら軽音部との違いを示せ言うたわけやな?」


「そういうこと」


「なんや……むこうさんが中心みたいで腹立つな」


「たしかに。理事長先生の言い方だと、軽音部が主流で私たちは傍流みたい。向こうを廃部にする気はないみたいだし……。なんか……うん。頭に来るね」


 意外と血の気が多いのか、タムは激しくフリーに同意している。

 俺はといえば、どちらが主でもあまり気にならなかった。それは千冬とシラサギも同じようで、あまりそこにこだわっている様子はない。


「腹が立つとか頭にくるとかはこの際、どうでもいい。問題は、軽音部との違いを見せられるか」


「そりゃそうやけどやな。違いを見せる言うたかて、うちらにできることなんか、ハッキリ言って何もないに等しいやん」


「そこをなんとかするのが君たちの仕事」


 なかなかの無茶ぶりである。


「とりあえず、軽音部が今どんな感じなのか、見てみた方がいいんじゃない?」


 俺たちの中で一番まともなタムから、建設的なアイデアが出される。


「いきなり行って見せてくれるもんなん?」


「分からないけど……」


 どうなんでしょう? と全員そろって佐々木先生に顔を向けると、先生は不気味に笑った。


「大丈夫。向こうはこちらのことなんか眼中にない」


 微妙に答えになっていない先生の回答は、それはそれで悲しいが、変にライバル視されて拒絶されるよりはマシだと無理矢理言い聞かせる。


「そういえば、軽音部って規模はどれくらいなん?」


「部員数五十名と聞いている」


「ごっ、五十!? うちらの十倍やん」


 その計算になんの意味があるのかは分からないが、向こうは比較にならないほどの規模だということは分かった。


「で、でも、問題は部員数じゃなくて活動の中身でしょ……?」


 さすがに動揺したのかタムの声は震えている。だが、タムの言うとおりだ。この際、部員数は関係ない。量より質だ。……まぁ、俺たちの場合は、その質の部分も怪しいわけだが。


「まぁ、五十人もおったら、うちらがシレっと混じっててもバレへんやろ」


 どこからその自信がくるのだろう。普通にバレると思うが。ただ、いずれにしても向こうの活動を見てみるというのは有益なことだ。見る価値はあると思った。


「よし、それなら善は急げってことで、軽音部に行ってみようぜ」


 意気込んでそう告げると、どういうわけかあまり反応がよくない。


「あれ? どうしたんだ? 軽音部、行くんだろ?」


「いや……行くには行くんやけど、軽音部ってどこに行けばええの?」


 俺は知らない。

 タム、千冬の順に顔を向けるも首を振って知らないと意思表示する。シラサギに関しては、どういうわけか天井を見上げて星の名前を呟いていた。


「先生。どこに行けばいいか分かりますか?」


 最後に頼るべきはやはり佐々木先生だということで問いかける。「当然」と言って先生が告げた場所は、俺たちの通う高校の中でも一番。一番新しい校舎の最上階の角部屋だった。

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