第46話 ちぃってプロなん?
それはまるで魔法のようだった。
さっきまで緊張で硬くなっていたフリーの体から力が抜けていく。俺の知らないフリーはもういなかった。
「な? この曲。めっちゃええ曲やと思わへん?」
まだ鳴り止まない月華の歌声の中でフリーは再度、目の前の二人に尋ねた。
「えっ? あぁ……。うん。いい曲だね。ていうか、えっ? なに? 有名な曲だっけ? ボカロ?」
ショートカットの女子は半ば流されるように応える。声の調子が少し打ち解けているように思えた。
フリーの表情は嬉しそうで、どこか不敵でもあった。
隣で
「せや、ボカロや。な? せやろ!? めっちゃええ曲やんな? これ、実はうちの友達が創った曲やねん」
「へ、へぇ~……。友達が。なに? プロのミュージシャンの友達がいるの? なんか自慢みたいで……」
「ちゃうちゃう! この学校の子や。我らがロックミュージック研究会の部長が創った曲やねん」
相手がまだ話しているところに被せるように自らの言葉を浴びせる。いつものフリーの会話。フリーのテンポだ。
「ロックミュージック研究会? そんな部活あったっけ?」
それまで黙っていた二人組のもう一人の方、二つ結びの女子が首を傾げる。悪意はなく、本当に知らないような口ぶりだった。馬鹿にすらされていないようで、それが逆に悔しい。けれどフリーは動じなかった。
「あるんやなぁ~、これがっ!」
フリーは自信たっぷりに言った。普段のふてぶてしいフリーだ。
「そ、そうだっけ? なにをする部活なの?」
やや押され気味の二つ結びは、なおも尋ねる。フリーは待ってましたとばかりに口を開いた。
「バンドや! バ・ン・ド。うち、バンド組んでんねん。ロックミュージック研究会で。うちの担当はベースやねん。まだまだ下手っぴやねんけどな。めっちゃ練習頑張ってんねんで。そんで、うちら文化祭でライブやんねん。すごない? うちの部って、一年しかおらんねんで? うち、てっきりああいうのは三年生の最後の思い出に~なんやと思ってたわ」
タガが外れたように言葉が溢れ出す。相手の反応などお構いなしにフリーは続けた。まさにマシンガンだ。
「めっちゃすごない? 文化祭でライブって、青春って感じするやん。アオハルかもな……あっ、せや。二人とも良かったら、ライブ。見に来て。あんまり上手にはでけへんかもしれんけど、頑張るから」
ショートカットと二つ結びの二人が顔を見合わせる間のわずかな静寂にも月華の歌は流れ続けている。フリーの周りには収まりきらない音は二人のことまで包んでいく。
数舜の後、二人はどちらからともなく「ぷっ」と吹き出した。フリーがバカにされるのではないかと心配になる。だが、そうではなかった。
「振角さん、嬉しそうだね。まぁ、文化祭ライブならテンションも上がるか。ロックミュージック研究会って、そんなに楽しいの?」
ショートカットの言葉に嫌味なところはなかった。それまでフリーと二人組との間にあった見えない壁が消えていた。
「……えっ? ──まぁ、せやな。楽しいで」
「そっか。ライブではこの曲、やるの? 本当にいい曲だから、やるなら聴きたい!」
「いや〜、ごめん。この曲はやらへんと思うわ。せやけど、めっちゃ盛り上げるつもりやし、ホンマ時間あったら来てよ」
フリーが言うと二人は声をそろえて「分かった」と言った。
「振角さんのところの部長さん。すごいね。めちゃくちゃいい曲だよ。プロなんじゃないかと思うくらい」
「せやろ? ちぃは天才やねん。プロ並みやんな。……あぁ……でもちぃは、ひょっとしたらプロなんかな? その辺はよぉ分からんわ」
「なにそれ? 友達なんでしょ?」
二人はまたほぼ同時に吹き出す。そして、「振角さんって面白いね」と言って笑った。「誤解してたかもしれない」と付け足す。
「それで、申し訳ないんやけどな……」
言葉の割にはあまり申し訳なさそうではなかった。
「クラスの出し物。もちろん、うちも協力するけど、今日は勘弁してくれへん? うち、ベースの練習もしたいねん」
「分かった。いいよ。みんなには私から言っておくね」
二人組は意外にもあっさりとフリーの願いを聞き入れた。フリーは両手を合わせて拝むように礼を言う。二人組はそれに頷くと「それじゃ、また明日ね」と言って、去っていった。まるで、ずっと前から友達だったかのようだった。
残されたフリーと俺の目が合う。フリーは照れ臭そうに頬を掻いた。
「なんや、よう分からんうちに上手くコミュニケーション取れたわ」
「そうか。よかったじゃねーか」
あっけらかんと言うフリー。他に言いようがなくてひどく間抜けな応えを返してしまう。
「ホンマの自分って、出そうと思っても出されへんやん。けど、勇気だしてみるもんやな。『あの曲』が聞こえて、なんや知らんけど、勇気出たわ。ちぃの曲はすごいな。改めて思ったわ。人を変える力みたいなんがあるんとちゃう?」
フリーは珍しく淡々と語った。人を変える力。俺も感じたことがある。初めて『あの曲』に触れたとき、俺も確かにそれを感じていた。ひょっとしたらフリーも、そしてあの二人組もその力に変えられたのかもしれない。
「せや。なぁ、ちぃってプロなん?」
フリーは、なおも真剣な眼差しで尋ねた。あまり似合わない顔と声に思わず吹き出してしまう。けれど、フリーはそれでも真剣な眼差しで千冬を見つめ続けていた。答えを欲しているようだった。
「そんなわけないでしょ」
千冬は、至って冷静にいつもどおり淡々と応える。実にあっさりとしたものだ。そこには、そうありたいだとかそうでなくて悔しいだとかいった感情はないように思える。
「──ていうか、ベースの練習ってどういうこと? 今日、これからするの? もう下校時刻なのに?」
千冬が突然話題を変えた。フリーは一瞬、何を言われているのか分からないといった顔をした。そして、すぐにアナーキーでの練習を秘密にしていたことを思い出したらしく、助けを求めるように俺に視線をよこす。
下校時刻を過ぎての練習はありえない。下校時刻以降も学校に残ることを許されているのは、文化祭の準備のために正規の申請をして認められたクラスだけだ。理事長の方針なのだろうが、部活は
誤魔化すことはできないだろう。ここは素直に本当のことを白状した方がいい。そんな気持ちを込めて視線を返すと、フリーは観念したように少し俯いてため息をついた。
「まぁ……隠すつもりはなかったんやけど、リサさんのところで練習させてもらってるんや」
白状すると、意外にも千冬は「そう」と短く言った。
「それで、フリーはベースが上手くなってたのね」
相も変わらず淡々と、けれどしっかりと褒める。怒っているわけではなさそうで安心した。
褒められたフリーは、嬉しそうにパッと顔を上げる。
「せやろ? 秘密の特訓ってやつや。まぁ、
「ちょっと待って! 一緒にって二人で?」
「……? そうやけど?」
「……そう」
千冬は、さっきと同じく短くそう言うとスタスタと歩き出してしまう。俺とフリーは顔を見合わせてお互いに首を捻った。俺たちは、その間にも歩いていってしまう千冬を慌てて追いかける。
いつの間にか月華の歌声は、止まっていた。
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