第33話 周りがどう思うかじゃなくて、お前がどうしたいかなんだよ

「ほんなら、すぐにでも戻ってきたらええやん!! 佐々木ささきセンセに言うて、退部届を取り消してもらったらええねん」


 タムの応えを聞いて、真っ先に喜びの声を上げたのはフリーだった。ポニーテールがふわりふらりと上下左右に動く。自分のせいでタムを退部に追いやってしまったという負い目から解放されたのか、テンションが普段以上に高い。

 けれど、タムは浮かない顔のままだった。


「タムタム? どないしたん?」


 さすがのフリーも、すぐに気が付いてタムの顔を覗き込む。


「ロックミュージック研究会の活動に参加はしたいけど……。でも、放課後は本当に時間がないの……」


「時間がないって、どういうこっちゃ?」


 タムは、「この時間しかなかったから」と言っていた。下校時刻以降にしか自由になる時間がなかったということなのだろう。


「だって……他にも部活に入ってるから……」


「いやいや。そんなん辞めたったらええやん。入るも自由、辞めるも自由。──せやろ?」


「それは……そうなんだけど……」


 言うほど簡単ではない。一度始めたことをやっぱり辞めるというのは、相当に勇気がいるはずだ。


「何をためらってるんや? ロミ研のときはすぐに退部届出して、辞めたやんか」


 ロミ研のときは、千冬ちふゆやフリーの方から「もう来なくていい」と言ったのだ。言うなれば退部勧告。フリーは、どうやらそのことを忘れてしまっているらしい。


「欠けたピースちゃんは、お願いされたら断れないタイプだからね」


 訳知り顔でシラサギが言う。お前いたのか。なんか腹立つけど、聞き流すことはできない。


「どういうこと?」


 珍しく──、というか、たぶん初めて千冬がシラサギに尋ねた。


「いい質問だね。部長」


「どのへんがいい質問やねん」


 どうやら千冬のあだ名は『部長』に決まっていたらしい。シラサギはフリーのつっこみを無視して続ける。


「欠けたピースちゃんは、クラスの友人たちからたくさんの勧誘を受けていたんだよ。僕がこの美しい目で見て、煌びやかな耳で聴いていたから間違いない。僕にはあれを強制ととらえることはできない。僕なら意にそぐわない誘いは断るよ。あれは断れる程度のだったと思う。けれど、欠けたピースちゃんにとっては違うのかもしれない。いくつか不本意なものもあったのではないかい? もちろん、これは僕の勝手な想像イマジンだ。でも、大きく外れてはいないと思うよ。うん。あるいは──、あの勧誘のすべてが……」


「そんなことないっ!」


 シラサギの言葉を遮るようにタムは言った。対するシラサギは、肩を竦めて前髪を整える。


「本当にそうなの?」


 今度は千冬がタムに尋ねた。


「本当に、全部田村たむらさんが望んで入部しているの?」


 不器用ながらもまっすぐにタムを見つめる。


「──それは……。でも、みんなに必要とされているから……」


「そんなことは、聞いてへんねん」


 フリーが追い打ちをかける。止めようとは思わなかった。タムの本音を引き出さなければならない。だから──、


「タム。必要とされて入部するのと、入部したくて入部するのとは違うぞ。必要とされてなくたって、入部したかったら、そんなもんお構いなしに入部するだろ? 見てみろよ。そこで前髪いじってるやつを」


 俺が指さすと、シラサギは人差し指と中指を使って敬礼のポーズをとった。いや、何の意味があるんだよ。顔がいいから様にはなっているが、タイミングは意味不明だ。


「あいつなんか、頼んでもないのに部室まで来て、入部させてくれって言ってきたんだぞ? たぶん、「やっぱり鬱陶しいから退部してくれ」って言っても聞かないだろうな」


 シラサギは、「ふっ、当然だろう」とつぶやいた。そして、思いっきり決め顔で続ける。


「僕の行動は、僕にしか決められないのさ。天上天下唯我独尊……なぁんてね」


 一瞬、場がシンと静まり返ったが、シラサギは気にしない。鋼のメンタルだ。いや、メンタルという概念がやつにはないのかもしれない。きっとボケでも笑いを誘うつもりでもなくこれがやつの普通なのだろう。おそろしい。


「だからな。タム。周りがどう思うかじゃなくて、お前がどうしたいかなんだよ」


 シラサギを無視して続けると、タムは真剣に俺の言葉に耳を傾けてくれていた。


「確かに、だれかに必要とされることは嬉しいことだ。俺には経験がないことだから、本当のところは分からないけど──」


「まぁ、せやろな」というフリーの言葉がひそかに俺の心に刺さる。肝心なタイミングで余計なことを言うなよ。本当にデリカシーのないやつめ。


「でも、嬉しいからって、だれかの言いなりでいいのか? だれかの期待に応えるだけで満足なのか? そのために、本当にお前のしたいことを犠牲にしてもいいのか?」


 立て続けに尋ねると、タムは小さくフルフルと首を振った。


「なら──、」


「それなら、ロミ研に戻って!!」


 俺の声をかき消すような大きな声は千冬のものだった。よほどの決意を持っての言葉なのか、顔は例のごとく赤鬼のように真っ赤だ。


「ちぃちゃん……」


 タムは、そう呟いて黙った。答えに困っているというよりは、感極まっているといった感じだ。目には涙がたまり、今にも零れ落ちそうだった。


「──ということだけど、どうなんだ? タム。結局は自分で決めなきゃ意味がない。最後は自分で決めてくれ」


 俺がそう言うと、タムは俺たち四人の顔を順番に見まわす。それから深くうなずいた。そして──、


「私、ロックミュージック研究会に戻りたい!! ロックミュージック研究会で、毎日みんなと活動したい!!」


 一息で言い切った。

 千冬は、用意していたように「おかえりなさい」と応えると、優しくタムの手を握る。手に触れた瞬間、何かに気が付いたようにタムの手を覗き込んだ。


「これ……」


 千冬につられてタムの手を見ると、マメだらけだった。


「ドラム叩いてたらできちゃった。テニスでもマメなんかできなかったのに」


 タムは恥ずかしそうに笑った。


「私、もう辞めないから。振角ふりかどさんに「もう来んでええわ」って怒鳴られても、絶対に辞めないよ」


「もうそんなこと言わへんよ」


「そう? それじゃ、これから私たち友達ね。それと、副部長は私だからねっ!!」


 それまでのオドオドしたタムとは別人のようだった。最後には冗談まで言ってのける。


「ホンマに? ありがとう。ほな、これからはフリーって呼んでや。せやけど、副部長は、うちやで! それからただの友達やなくて仲間や」


 フリーは、タムの冗談に握手で応える。


「仲間……か。分かった。改めてよろしくね。フリー」


 二人はまるで少年漫画のライバル同士みたいに、固く握手を交わしたまま笑い合う。


「ちぃも。振角さんやなくて、フリーって呼んでほしいわ」


「私も。タムって呼んで」


 フリーとタムが言うと千冬は、少し困ったような表情を浮かべながら、「努力する」と言った。


「一件落着。ということかな?」


 シラサギが握手を求めて手を差し出しながら言ったが、誰もそれには応えなかった。そんな反応をされたら、普通は心がぽっきり折れてしまいそうなものだが、そこはさすがシラサギである。全く動じることなく「ふっ」と前髪を吹き上げた。申し訳程度にフリーが「あんたも一応仲間やで」とフォローすると満足そうに口角を上げる。

 そして、ポケットから何かを取り出すと改まって言った。


「それじゃあ、これはもう破ってしまってかまわないかな?」


 それは、タムが提出したはずの退部届だった。

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