第34話 思ってることをちゃんと伝えるって大事だね

 シラサギは、俺たちが目を離した隙に引き出しの中から見つけてきたらしいタムの退部届を、だれの返事を待つこともなく勢いよく破り捨てた。

 後日、佐々木ささき先生に報告すると、「そう」と素っ気ない返事が返ってきた。もしかしたら、確信犯的に不受理としていて、わざと部室の机に入れっぱなしにしていたのかもしれない。さすがにこういう結末までは予想していなかっただろうと思いたい。心が読める(俺調べ)上に、未来予知までできたら無敵だし、怖すぎる。


 タムが正式にロックミュージック研究会に戻ってきた翌日の日曜日。

 俺たちは、朝の早い時間から部室に集まっていた。珍しく目的をもって集まっている。目的とは、タムが入部している部活に退部の意思を伝えに行くことだ。タム本人は付き添いの必要はないと言ったのだが、主にフリーが付き添いたがった。


「七つって、具体的に何部に入ってたん?」


「えっとぉ……。女子サッカー部でしょ? 陸上部でしょ? あと空手部と……」


 フリーが尋ねると、タムは一つ一つ指を折っていく。


「それから、硬式テニス部と軟式テニス部にぃ……」


「あんた……。テニス部二つも入っとんのかいな」


「えっ? うん。でも硬式と軟式じゃ全然違うし──」


「そんなん知らんわ! それで、あと一つは何に入っとるんや?」


「えっと──。アイドル研究会」


「はっ? アイド……なんやって!? この学校そんな部活まであるんっ!?」


「いや、お前。ついこの間、そのアイドル研究会の人を困らせてただろうが」


 とぼけたことを言っているフリーにバシッとツッコミをキメてやると、フリーはわざとらしく頭をかいた。そして、ごまかすように言った。


「せやったっけ? まぁ、そんなことはええねん!! それより、うちらは、アイドル研究会にすら負けとったんか?」


 タムは他の部活が忙しくてロミ研に出られなかったのだ。その『他の部活』には、当然アイドル研究会も含まれるだろう。フリーは俺たちよりアイドル研究会を優先したこともあるのでは? と言っている。アイドル研究会さんには悪いが、ちょっと悲しい気持ちになった。しかし、タムはすぐにそれを否定した。


「違うよ。アイドル研究会には一度も参加したことなくて、籍を置いてるだけなの。それだけでいいから入部してくれって言われて……」


「そうなん? それなら毎日違う部に出てて、うちらのところに来られなかったわけちゃうやん」


「うん。硬式テニス部と女子サッカー部が週二回練習で、あとは週一回だよ」


「ようそんなに色々やれるな。尊敬するで。うちは一つのことやるので精一杯や。それに運動部ばっかりやしな」


 素直に感心しているフリーの隣で千冬ちふゆも深く頷いていた。俺だって完全に同意だ。


「ほんで。最初は、どこから行く?」


 ひととおり話を聞き終えて満足したフリーは余韻に浸ることもなく、突然話題を変えた。というより戻した。


「う〜ん……どうしようかな」


「何を迷ってんねん! もう片っ端から辞めるって言うて周ったらええねん」


「別に迷ってるわけじゃないけど……。でも、やっぱりなんか言いにくいよ。悪いなぁって気もするし……」


「あぁ~っ!! もう! じれったい!! なんも考えんと思ってること言うたったらええねん!! ほら! 行くで!!」


 ロミ研に戻ると決めたタムではあるが、いざ他の部活に退部の意思を伝えるとなると怖気付いてしまうようだ。フリーは、そんなタムの手を強引に引いて部室を飛び出していく。タムの感情などおかまいなしだ。脱兎のごとく飛び出していく二人のあとを慌てて追いかける。

 タムは当然のこととして、フリーもその見た目や印象のとおり運動神経がいいらしい。二人は、あっという間に見えなくなってしまった。しかし、かしましい声が廊下に響き渡っているので、追いかけるべき方向を見誤ることはない。

 嵐のように駆けていく二人は、遅れた俺たちのことなど待つそぶりもなく、次々と各部活を巡って行く。俺たちが二人を捕まえられなかったのは、やつらの足の速さもあるが、各部活がタムの心配に反して、比較的快くすんなり退部の意思を受け入れてくれたからだった。中には「強引に入部させちゃったから、悪いなと思っていた」という部まであったという。


「せやから、言うたやろ?」


 ようやく俺たちが二人に追いつくと、なぜか自慢げなフリーが言った。


「うん。フリーの言うとおりだった。思ってることをちゃんと伝えるって大事だね」


 フリーのホクホク顔にタムは朗らかに応える。


「それで……。全部周ったのか……?」


 息も絶え絶えの俺は、ようやくそれだけを口にする。


「ううん。女子サッカー部がまだ」


 俺とは対照的に、タムは涼やかに応えた。あれだけ走り回ったのに息も切れていない。恐るべき運動能力、心肺機能の差だ。

 俺と一緒になって追いかけていた二人はというと、千冬は顔こそ何事もない風を装っているが足がガクガク震えていた。どうやら膝にきているようだ。

 シラサギは……えっと……遠くの方を優雅に歩いていた。気がつかなかったが、置いてきてしまったらしい。あいつさては最初から走っていないな。まぁ、とりあえずところ、あいつはいなくても大丈夫だ。


「それじゃあ、次で最後だな。女子サッカー部。行くか?」


 なんとか息を整えて尋ねると、タムはあっさり「そうだね」と応えた。フリーの強引な振舞いのおかげで、不安はいくらか取り除かれたらしい。


 女子サッカー部は俺たちが一度訪れた時と同じように、専用のグラウンドで練習をしていた。グラウンド脇でボールを蹴っている連中がタムを見つけて声をかける。


「あ、タム! あれ? 今日って練習に出る日なんだっけ? ──って、その人たちは?」


 彼女たちは、どうやら、タムが部活にやってきたと勘違いしたようだが、すぐに俺たちの姿を見つけて揃って怪訝な顔になる。


「えっと……。練習しにきたわけじゃないの」


 緊張したような声だった。他の部活に散々退部の意思を伝えてきただろうに、それでもやはり慣れるようなものではないらしい。怪訝な顔のまま固まっている彼女たちにタムは続けた。


「あの……。部活を辞めたいなと思って。退部したいなって思って、そう言いに来たの」


 タムが言うと、怪訝な顔が一斉に驚きの顔に変わる。全く予想していなかったようだ。


「退部って……。タム。それ本気で言ってる?」


 中でも一番背の高い女子が、やや怒ったような口調で言った。


「本気……だよ。みんなには迷惑かけちゃうと思うけど。──辞めたいの」


 相手の口調にも負けず、タムが言い切ると彼女たちはヒソヒソと相談を始める。相談を終えると、背の高い女子が代表して言った。


「部長呼んでくるから、ちょっと待ってて」


 その声は、ひどく冷たいものに思えた。

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