第32話 あなたの本当にやりたい部活は、なに?
俺がタムを追って部室に入ってから、ものの数分で全員が部室に集まっていた。
シラサギは、タムと対面するなり全く臆することもなく「やぁ、君が『残りの欠けたピースちゃん』だったんだね?」とお決まりの謎のあだ名をつけていた。やつとタムは初対面のはずだ。
対するタムはというと、初めはキョトンとしていたが、「あれ?
「
数分前の俺とほぼ同じ疑問を口にする
俺は、タムがドラムを叩いている姿を一瞬ではあるが、一応は見ている。だが、千冬たちは見ていない。音ぐらいは聞こえていたかもしれないが、ドラムセットから離れて部室のほぼ中央にただ突っ立っているタムと、ドラムとを瞬時に結びつけることはできないのだろう。
「えっと……。勝手に、ごめんね」
タムはペコリと腰を直角に曲げて頭を下げた。そして、そのまま言葉をつなげる。
「勝手にドラム叩いちゃって……」
「ちょい、待ちぃ!! さっきうっすら聴こえとったけど、あのドラムあんたが叩いてたん?」
タムは、ゆっくり顔を上げて、ずれた丸眼鏡を指で直してから小さく頷いた。
「なんで? なんで、わざわざこんな時間に忍び込むみたいにしてそんなことするん?」
「この時間くらいしか自由になる時間がないから……」
「けど、あんたはもうロミ研には来ないんちゃうかったん?」
こいつはなんでこう余計なことを言うのだろう。タムに謝って、ロミ研に戻ってもらう。その目的を忘れているのではないだろうか。だいたい、「もう来なくていい」と言って、来ない理由を作ったのは、フリーだ。
「そうなんだけど……。でも、ドラムは叩きたくって……。ドラムを叩いてると、色々なことを忘れられるっていうか。ストレス発散になるから……」
「……ストレスが、あるの?」
千冬が口を開く。
「田村さんのストレスって、なに?」
「それは……」
フリーの質問には、比較的すらすらと答えていたタムの口が止まる。
「田村さんは、いくつ部活を掛け持ちしているの?」
千冬はタムの返事を待たずに、まったく違う質問をした。
「えっと……。七つ」
「な、な、七っ!?」
思わず耳を塞いでしまうようなフリーの絶叫が轟く。正直俺も驚いた。いくつか掛け持ちしていることは予想していたが、まさか七つも掛け持ちしているとは……。 七つということは、毎日日替わりで、休みなく別の部活に出ていることになる。
「ストレスというのは、七つも部活を掛け持ちしていることと関係があるんじゃない?」
千冬だけは、いつもと同じトーンで語りかける。
千冬の言うとおりだ。そりゃあ、七つも掛け持ちしていたらストレスも溜まるだろう。しかし、俺や千冬のように強制加入をさせられていない限り、それは本人が望んだことのはずだ。
「……えっと」
タムは、まるで、聞かれたらまずい話をするかのように、俺たち以外には聞かれたくないとでも言いたげに、俺たちの他にはだれもいない部室をゆっくりと見回した。
「──うん。……関係ある……かな」
そして、しばらく間をとって、千冬の質問を肯定した。
「そりゃ、七つも掛け持ちしとったらストレスもかかるで! せやけど、自分で入りたくて入った部活なんやろ?」
本当にデリカシーのないやつだ。誰もがそう思うだろうが、なかなか口に出せるもんではない。タムは自分の意思で入部したはずだ。そんなことは承知の上でのことだ。おそらくその裏に話しにくい事情があるのだろう。けれど、フリーにはそういったことへの配慮がない。
「それは……そうなんだけど……」
「何がストレスやねん。自分で決めたことやねんから、ストレスとか言うたらあかんと思うで」
正論だとは思う。容赦なく追い詰められて、タムは黙ってしまった。
何かしら納得のいく答えが得られるまでフリーはタムを追い詰めてしまうものだと思ったが、予想に反して、それ以上は何も言わなかった。フリーはフリーで、自らの行いを反省しているのかもしれない。
「田村さん」
千冬が再度声をかける。タムは、少し俯き気味だった顔を上げて千冬を見た。
「ロミ研に戻っておいでよ。──ううん、戻ってきてほしい」
唐突ではあったが、驚くほど自然な言葉だった。用意していたセリフなのか、今咄嗟に思いついたセリフなのか、どちらかは分からないが、いい意味で千冬らしくない。
「もちろん、田村さんが嫌じゃなければ……だけど。ごめんね。これから私、勝手なことを言う」
千冬があらかじめ謝ると、タムは顔をふるふると振った。
「田村さん。本当はそんなにたくさん部活をやりたいわけじゃないんじゃない? 女子サッカー部にいる田村さんを見たときに思った。サッカーしてるときの田村さん、全然楽しそうじゃなかったよ」
隣でフリーが「えっ? そやった?」とコソコソと俺に確認してくる。俺は千冬とは違って特に何も感じなかった。特別楽しそうでもつまらなそうでもない。部活なんて、たいていがそういうものじゃないだろうか。
「田村さん。あなたの本当にやりたい部活は、なに? 私は、田村さんが私と一緒にロミ研をやりたいって言ってくれて、本当に嬉しかったの。でも、それが逆に田村さんを縛り付けているのなら、田村さんが本当にやりたいことを邪魔しているのなら、それは嫌だとも思って、「もう来なくてもいい」なんて言ってしまった。言葉が足りなかったと思う。だから、改めて謝らせて。ごめんなさい」
千冬はしびれを切らしたように言って頭を下げた。相手の反応を待たずに口を開くのは、千冬にしては珍しいことだと思う。タムは「そんな……」と小さく呟いて体の前で両手を小さく振っていた。
「正直に言うね。私は──、ううん。私も、かな? そうだよね? 私も、田村さんと一緒にロミ研をやりたい」
千冬の言葉は力強かった。まっすぐ正面からタムを包み込む。
「ありがとう……ちぃちゃん」
ようやく口を開いたタムは、小さく礼を言った。けれど、それだけだった。
千冬は、チラリとフリーを見る。「お前も何か言うことがあるだろう?」という視線だ。フリーもそれを察したようで、ぎこちなく口を開く。
「えっと……その……。タムタム、ごめん!! うちもホンマはタムタムに抜けてほしいなんて思ってなかったんや。なんていうか……その……寂しかってん。だって……全然タムタム来てくれへんし……」
「……ごめんね」
フリーの声の隙間を縫うようにして、タムの謝罪がこぼれる。
「ちゃうちゃう!! 謝るんはうちの方や! タムタム。ホンマにごめんな!! あの……うちが言えることではないかもしれへんけど……その……。ロミ研に戻ってきてくれへんか? そんで、その……うちの仲間になってほしい!!」
フリーはそう言うと、勢い良く頭を下げた。ポニーテールがその名のとおり馬のしっぽのように縦に円を描く。
「あの……。もちろん。その、でも……」
千冬が本音を打ち明け、フリーが全力で謝り、そして頼んでも、タムの口調はまだ歯切れが悪かった。
「田村さん。あなたの本当にやりたい部活は、なに?」
先ほどと同じことを千冬が尋ねる。横目に見る千冬の目は強く優しくタムだけを見ていた。
「……………………ロックミュージック研究会」
長い沈黙のあとでようやく答えたタムの小さな声は、確かにそう言っていた。
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