第31話 そこに答えはないだろうに──。
フリーの本音を引き出し、共通の認識を得た俺たちは、善は急げとばかりにタムを探しに部室を飛び出した。しかし、タムはテニス部にも女子サッカー部にもいなかった。
「嫌われたのかもしれない……」
返信がないことや既読にならないことが珍しいことなのか、それとも当たり前のことなのか、俺たちには分からなかった。分からないくせに、勝手に
「どうしよう……」
「とにかく、手分けして探してみるしかないだろ」
俺たちは、誰かがタムを見つけたら集合できるようにと、互いに連絡先を交換する。俺にとっては、高校に入学して以来初めての連絡先交換だった。
そして、バラバラにタムを探すことにする。もう帰ってしまっていたら意味がないのだが、今までのタムの行動から、それはないだろうと考えた。タムは、入部以来一度もロミ研に顔を出さなかったが、その理由は、いつも他の部活に出なければならないからだった。ということは、テニス部と女子サッカー部以外にも加入している部活があるのではないだろうか。
サッカーをしているタムを思い出す。上級生に混じったタムは、素人の俺でも分かるほど抜群に上手かった。運動神経がいいのは一目瞭然だった。であれば、他の部活というのも運動部である可能性が高い。
俺はそう当たりをつけた。
いわゆるマンモス校であるうちの高校は、運動部が活動するエリアだけで三つある。テニス部と女子サッカー部は、それぞれ違うエリアだった。それならば──、とそれほど強い根拠ではないが、残る一つのエリアで活動している部活なのではないかと思った。
もうすぐ下校時刻になる。今いる場所から、目指すエリアまでは、それなりに距離があった。もしかしたら、ギリギリかもしれない。
全速力で目的のエリアに走る。
目的のエリアに着いても、そのエリア自体がまた広い。そこで活動している部活は、いくつもあった。
タムが加入しているかもしれない部活のヒントは何もない。確たる当てもなくふらふらと歩き、見かける部活を片っ端からのぞき込んでみたが、タムの姿を見つけることはできなかった。
そうこうしているうちに、下校時刻を告げるチャイムとアナウンスが鳴る。うちの高校の下校時刻は、厳格に守られている。下校時刻を過ぎても活動している部活には、制裁があると
まずい。このままでは、今日中にタムを見つけることができないかもしれない。今日じゃないとダメなのに。訳もなくそう思うと、どんどん気持ちは焦っていった。
自然と探す足が速くなる。部活を終えて次々と家路につく人たちの逆を行く。怪しむような視線は気になったが、だからといって探すのをやめることはできなかった。
タムには俺たちロミ研の一員でいてほしかった。
『友達ならいる』と言った千冬の顔が思い出された。『友達なんていらない』と言ったフリーの顔も同時に浮かぶ。
運動不足のせいで弱り切った貧弱な体が悲鳴をあげる。ふと立ち止まり、膝に手を当てて地面に荒い呼吸を落としていると「タム~! じゃあね~」という黄色い声が聞こえてきた。
まだ、呼気を吐き出し足りない肺になんとか気合を注入して顔を上げると、遠くの方にタムらしき人影が見える。声をかけようにも俺の肺は、乾いた息を吐くので精いっぱいで、まともな言葉を出すことができない。焦れば焦るほど呼吸は乱れていった。
「──じゃあね~」
声とともに、タムは手を振って人の流れと逆行して一人歩いていく。校門とは反対の方へ向かっているようだった。
もう下校時刻からしばらく経っていて、みんな帰路についているのにタムはどこに向かうのだろう。
一度止めた足は、なかなか動かなかった。目だけでタムの背中を追うと、俺たちロミ研の部室がある古びた校舎へと消える。
ようやく安静を取り戻した肺と足にもう一度渇を入れて、タムを追いかける。校舎に入ってしまってからは、その姿を見ることができなかったが、俺は確信していた。
タムは、ロミ研の部室に向かっている。
千冬やフリーには、簡単に一言『部室に来てくれ』とだけメッセージを送った。
タムに遅れて薄暗い校舎に入ると、誰の姿もない。けれど、音がした。その音は静かな校舎に反響している。乾いた高い音と低く心臓に響くような音。
聴いたことがある。ドラムの音だ。決してうまいとは言えないドラムは、同じリズムを不安定に、そして、不器用に繰り返し鳴らし続けている。
ロミ研の部室には、誰も叩かないドラムセットがある。間違いない。この音は、あのドラムセットをだれか──、タムが叩く音だ。
俺は迷うことなくロミ研の部室に向かう。
部室の扉を開けるのとほぼ同時にドラムの音が、唐突に不自然なところでピタリと止まった。
「
そこには丸眼鏡の奥の目を大きく見開いたタムがいた。
「お前、何やってんだ?」
第一声としては、我ながら全くもってセンスのない一言だ。
「何って……。ドラムを叩いてたんだけど……」
「いや、それは見れば分かるが、なんでこんな時間に一人で叩いてるんだ?」
俺がそう尋ねると、タムは答えを探すように足元のバスドラムに目を落とした。そこに答えはないだろうに──。
「……この時間しかなかったから」
たっぷり間を取ってようやく口を開いたタムは、別に責めているわけではないのに、申し訳なさそうに俯いたままだった。
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