第28話 おぱんつちゃん

 長髪の変態。シラサギは俺たちの反応を無視して、思いっきりカッコつけながら、めんどくさいくらい遠回しに「ロミ研に入部したい」という趣旨のことを言った。やつが変態でさえなければ、俺たち、特にフリーにとっては渡りに船のはずだった。

 実際にフリー本人もそう思ったようで、最初のうちは新入部員候補の登場を喜んでいた。しかし、シラサギが類を見ない変態だと分かるや否や露骨に態度を冷化させた。


「ふっ。事情はだいたい理解したよ」


 なぜ無関係であるはずのシラサギが、自信満々に事情を理解しているかというと、答えは簡単だ。もう本当、強引というかなんというか──。あれよあれよという間にシラサギのペースに飲み込まれ、説明させられたからだ。

 最初のうちに限るが、フリーが乗り気だったのも大きい。

 千冬ちふゆは、登場の瞬間からシラサギを大いに不審に思ったようで、完全にいないものとしていた。その判断は正しいのだが、千冬一人が無視を決め込んだところで心が折れるような変態ではない。


 シラサギは、フリーを最も与しやすい相手と瞬時に見抜き、実際フリーはなんなく籠絡ろうらくされた。だが、それもシラサギから『おさげ髪のパステル関西ちゃん』という、なんとも間抜けなあだ名を襲名するまでの短い間だった。

 髪型からそのまま、『おさげ髪』。着ているパーカーの色から、『パステル』。そして、関西弁から、『関西』。──うん。あえて並べるまでもなく、フリーの特徴そのまんまだ。

 フリーは、そのあだ名がよほど気に入らなかったようで、呼ばれた瞬間からあからさまに態度を変えた。そこでようやくシラサギが類を見ない変態だと気が付いたのだろう。当然と言えば当然だし、なんなら遅いくらいだ。

 しかし、相手はシラサギである。まったく意に介した様子はなく、俺たちが抱える事情をずけずけと、あるいは言葉巧みに聞き出し、──そして今に至る。


「なぁにが、事情は理解したよ、や!! 気持ちの悪い。あんたには関係ないわ」


「ふふふふふっ……。僕らはもう仲間だろう? それにしても西。君は元気がいいんだね。そして、恥ずかしがりやだ」


「仲間ちゃうわ!! それにだれが、おさげ髪のパステル関西ちゃんやねん!!」


「だれって……君以外にいるかい?」


「おらんわ!! ……いや、ちゃうちゃう。そもそも、そんなやつどこにもおらんねん!!」


 おぉ……。関西弁全開だ。強大なボケ(?)を前に、伝家の宝刀つっこみ炸裂といったところか。


「お気に召さないのかい? う~ん……たしかに、『おさげ髪のパステル関西ちゃん』では少し長いね。──では、これではどうだろう。ちゃん。うん。実に洗練された素敵な名前だ」


「なんで『おさげ髪のパステル関西』が、『おぱんつ』になんねんっ!!」


「なんで? 分からないのかい? さげ髪のステルかさいを略しただけだよ。我ながら呆れるくらい秀逸だね」


はどこから来たんや!! はっ!!」


「それは、ほら。僕なりのアクセント。ちょっとしたサプライズだよ。エレガントだろう?」


「わけわからんわ……。もうええ。あんたの相手してると疲れるわ」


 あのしつこいことで有名なフリーを諦めさせるとは、やるじゃないかシラサギ。素直に感心する。が、それほどの変態だということを頭の隅──、いや、結構真ん中のほうに置いておく必要がある。


「ふふふふふ。それで、困った君たちはこの僕に助けを求めたわけだ」


 いや、求めてないが。勝手に入ってきたんだろうが。

 でも──、利用しない手はない。一時しのぎにはなるだろう。多少、不本意ではあるが、背に腹は代えられない。


「だぁ、かぁ、らぁ~──、」


 懲りずに自ら疲れにいこうとするフリーを黙らせる。


「そのとおりだ。シラサギ。助けてほしい」


「……? 君は……ハートのエースくんじゃないか。いつからそこに?」


「ずっといましたけど……」


 わざとらしく大きく手を広げて驚くシラサギ。いちいち芝居がかったやつだ。


「そうだったのかい? あまりにも存在感がないものだから、気が付かなかったよ。君はもう少し自己主張をしたほうがいいね」


 影が薄くて悪かったな。

 小さく千冬が「ハートのエースくん?」とつぶやくのが聞こえた。余計なことに興味を持たなくてよろしい。ややこしくなる。


「だから、こうして主張してるわけだが」


 めんどくさいが言葉に乗っかってやると、シラサギは「分かったよ。話したまえ」と肩を竦めた。


「お前も知ってのとおり俺たちは今、非常に困っている。その原因は、主にそこのおパンツちゃん──、こと、フリーにあるわけだが……」


「だれがおパンツちゃんやねんっ!!」


 おっと、つい口走ってしまった。案外語呂がいい。


「──ともかく、だ。俺たちロックミュージック研究会は、廃部の危機に瀕している。理由は単純明快。部員不足だ」


「ふむ。それはさっき聞いたね。僕が聞きたいのはその先だ。その先の言葉を聞きたいのだよ」


「分かった。単刀直入に言おう。シラサギ。お前をロックミュージック研究会に迎えたい」


「ちょっ!! あんた何を言うてるん!? 本気でこんな頭のおかしな奴をロミ研に加えるつもりなんか!?」


「そうだよ。いくらなんでもそれは……」


 フリーのみならず千冬まで堪らず抗議の声をあげる。


「なら、お前らが責任をもってタムを連れ戻してこいよ。じゃなきゃロミ研は廃部だ。俺は、そんなの嫌なんだよ。こんなやつに頼ってでも廃部は免れたいんだ」


「ふふ……。君の愛はいつもピュアで、真っすぐなのに素直じゃない。けれど、それがまた美しいね」


「お前はちょっと黙っててくれ」


 そう言うとシラサギは肩をすくめて前髪をいじる。


「どうなんだ? フリー。タムに謝るか?」


「それは……」


「千冬。このあとすぐにでも戻ってきてくれってタムを説得しに行くか?」


「今すぐと言われると、ちょっと……」


「じゃあ、ロミ研を存続させるには、シラサギみたいなやつにでもすがるしかねぇじゃねぇか」


「取り込み中のところ、すまないが、ちょっといいかな? 僕が君の愛に応えるのは、もう決定事項なのかな?」


 シラサギから余計なちゃちゃが入る。

 あぁ、もうめんどくさい。こいつ、自分から部に入れてくれと部室の扉を叩いたくせに、何を言い出すんだ? けど、やはり背に腹は代えられない。こうなったら最後までこいつのペースに乗ってやるまでだ。


「たしかにな……。それで? どうなんだ? ロミ研に入ってくれるのか?」


 シラサギは俺の問いに体をくねらせる。気持ち悪い動きだが、顔がよくスタイルもいいからなんとか見ていられる。


「もちろん、君の愛には応えるよ」


 なんだよ、こいつ。本当めんどくさい。もったいつけやがって。

 こうしてロックミュージック研究会に新たな部員が加わることになった。フリーと千冬にはつべこべ言わせない。俺だって不本意なのだから……。

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