第27話 君たちにはがっかりだ

「何があった?」


 タムが書いたと思われる退部届を机に置いて、単刀直入に尋ねる佐々木ささき先生の言葉は、淡々としていて、言い訳を許さないものだった。怒っているわけではないが、正しい情報を求めている。そんな声音だ。


「何が? と言いますと?」


 いつもうるさいフリーが黙り、いつもどおり千冬ちふゆは黙ったままだったから、俺が口を開くしかなく……。そんな俺の口からは、なんとも間抜けな言葉が漏れた。


「これを持ってきたとき、真莉まりは、泣いていた」


 佐々木先生は、退部届を人差し指でトントンと二度叩く。「泣いていた」という言葉を聞いて、フリーの顔が下がった。分かりやすく動揺している。


「何もないわけがない。弥生やよい。どうした? 今日は元気がない」


 決して問い詰めるような口調ではない。


「……いえ。…………なんでもありません」


 フリーは、俯いたまま普段からは考えられないくらい小さな声で答える。関西弁ですらなく敬語になっている。先生に対する言葉遣いとしては正しいのだが、違和感のあまり思わず二度見してしまった。


「そう? ならいい」


 なんでもないわけがない。そんなのは、態度でバレバレだ。けれど、先生はそれ以上フリーを追及しなかった。

 その代わり、今度は千冬に説明を求める。


「千冬。何があった? 部長として説明してもらう」


 ギクッと音がしそうなほど肩を震わせた千冬の手から、ごついヘッドホンがすべり落ちる。俺の足元まで転がってきたヘッドホンを拾い上げて渡してやると、小さく「ありがとう」と言った。


「えぇと……。説明というのは、田村たむらさんのこと? それとも振角ふりかどさんのこと?」


「その二つは、無関係?」


 先生の言葉には言外に「そんなはずはないだろう」という意味が含まれていた。やはり、なんとなくは察しているのだ。もしかしたら、タムから何か聞いているのかもしれない。

 千冬は観念したのか、ぽつりぽつりと事情を説明し始める。

 タムが部活に全く来なかったこと。その理由。そして、千冬がタムに対して言ったこと。フリーが言ったこと。すべてを余すことなくしっかり説明した。

 最後まで黙って聞いていた先生は、千冬の説明が終わると「ふぅ~」と深いため息を吐くと、


「……君たちにはがっかりだ」


 短くそう言った。


「このままじゃロミ研は廃部。君たちはそれでいい? もちろん私は困る。困るけど、私が無理矢理部員を連れてくることはできない」


 二名ほど無理矢理連れてこられた部員がいるような気がするのだが──。だか、とても軽口を叩けるような雰囲気ではない。先生の口調は、やはり、淡々としていて怒ってはいないようだが、危機感を煽るものがあった。


「もう一度言う。このままでは、ロミ研は廃部。君たちはバラバラになる。この学校は、必ず何かしらの部活に入らなければならない決まり。ロミ研が廃部になったあとで、入る部活のあてはある? 居場所は、ある?」


 部活動紹介から一週間以上が経った今、新しく部員候補を見つけてくることは、おそらく不可能だ。みんなそれぞれ仮入部をすませ、入部先を決めてしまっている。

 廃部を免れるためには、タムに退部届を撤回させるほうがいくらか近道のよう思うが、俺にはできないだろう。俺は、この件にほとんど無関係だ。


陽太ようた。まさか自分は関係ないと思ってる?」


 ドキッとする。

 この人、本当に他人の心が読めるのではないかと錯覚してしまう。この雰囲気の中、「はい、俺は無関係です」と認めるのは非常にまずい。だから──、


「いえ、そんなことは全く思っていませんよ。どうしたものかと考えていました」


「ほぅ。それで? 答えは出た?」


「もちろんです」


 口から出まかせだ。本当は何も思いついていない。だが動き出した口はもう止められない。


「その答えを聞かせてもらう」


「いいですよ。簡単なことです」


 そう、簡単なことだ。


「フリーがタムに謝ればいいんです」


 俯いたフリーの肩が静かに小さく揺れる。


「それだけ?」


「いいえ。フリーがちゃんと謝ったうえで、千冬も昨日の言葉を撤回すると伝えればいいんです。元々誤解があるんです。だから、その誤解を解くんです。二人からタムに戻ってほしいと伝えるんです。そうすれば、タムは必ず退部を撤回します」


「必ず? すごい自信。根拠はある?」


「タムは、千冬目当てにロミ研に入部しました。その千冬から戻ってきてほしいと言われたら、断らないでしょう。それに……タムも戻りたいと思っているはずです。きっと、退部届を出したのは本心からじゃありません」


「なるほど。一理ある。陽太にしては、いい考え」


 ってどういう意味でしょうか。一見すると簡単な方法なのだが、問題は──、


「いやや……」


 フリーだ。


「うちは何も悪いことはしてへん。謝るなんて絶対いやや」


 普段からは考えられないくらい小さな声だが、意思の強さは十分伝わった。性格から考えれば予想できる反応だ。意地のようなものがあるのだろう。


「それなら弥生。他にいい考えは? 反対するからにはそれなりの案を示してもらう」


「それは……そんな、案なんて……ない……けど……」


「それじゃあ、このままロミ研は廃部で構わない?」


「……それは……よくは…………ない……」


「それなら──、」


「でも、謝るなんて絶対いやや!!」


「それだとロミ研は──、」


「それも絶対いやや!!」


 あれも嫌。これも嫌。ただのワガママだ。

 陽キャであるフリーなら、ロミ研など簡単に手放してしまいそうなものだ。しかし、意外なことに、フリーはそれもいやだと頑なだった。

 謝ることもしたくないし、ロミ研を廃部にもしたくない。どちらを選択することもできない。そういう思いがフリーの中にあって、葛藤しているのだろう。

 いずれは、折り合いをつけてどちらかを──、おそらくは、謝罪することを選択することができるのかもしれない。しかし、今それを待つ時間はあるのだろうか。


「どうやら、なにか困っているようだね」


 ──と、そのとき、部室の扉が開き、聞いたことのある声が部室内に響いた。もちろん、タムの声ではない。

 いつか俺が倒そうと試みたスライム──、ではなく強キャラ。変態野郎。たしか、名前はシラサギ──だったか。

 そのシラサギが、部室の入り口のところで、以前と同様に長く垂れ下がった前髪を意味ありげにかき上げていた。意味なんてないだろうに──。

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