第25話 友達ってそういうものなのか?
俺は今、なぜか
学校の寮に住んでいるというフリーとは、校門を出たところで早々に別れてしまった。校門までの数分間は、俺と千冬、フリーの三人で並んで歩いたのだが、これが最高に気まずかった。
フリーは痛々しかった。
その場の勢いで、タムに「もう来るな」と言い放っていたが、きっと本意ではなかったのだろう。だれも責めていないのに、ずっと自分の正当性を主張し、言い訳を並べ立てていた。
痛々しいフリーと、考えているか分からない千冬との板挟みはきつかった。無言のままの千冬と二人並んで歩く今のほうが、いくらかマシだ。
「お前、あれでよかったのか?」
千冬からの返事は期待していなかった。だが、予想に反して、反応がある。
「お前って呼ばないで」
いつもより小さな声。俺の質問に直接応えることはなく、聞きなれたセリフを吐く。どんなセリフであれ口を開いたということは、コミュニケーションを取る気はあるということだ。
「あぁ……。すまん」
「……しかたないよ」
何について言っているのか、すぐには分からなかった。少しして、俺の質問への応えだと分かる。
「本人がもう来ないって言ってるのに、無理に参加させることはできない。
たしかに言った。
たしかに言ったが、それは本人が本心から来たくないと思っていることが前提の話だ。本人の意思を捻じ曲げてまで、こちらの希望を押しとおすつもりはないという意味だ。
タムの意思は、どうなのだろうと考えてみる。
正直なところ、タムが何を考えているのかは分からない。何しろ、俺は陰キャだ。同年代の女の子の考えていることなど分かるはずもない。
同年代の女の子などと大見栄をきったが、本当は女の子どころか、他人の考えなんか分かりっこない。分かっていたら、長年ぼっちの陰キャではない。
だいたい、自分の考えだって本当に分かっているのか怪しいくらいだ。
「私は、田村さんのことを友達だと思っているの。友達だったら、無理に何かをさせたりはしないはずでしょう?」
困ったような顔は、「よく知らないけれど」と言っているように見えた。
俺だって、友達関係の機微など分からない。しかし、だれかに何かを無理強いすることは、いい行いとは言えないだろう。相手が友達であるかどうかは関係ない。
俺が黙ってうなずくと、千冬は安心したように少しだけ笑った。てっきり、怒っているものだとばかり思っていたが、そうではないらしい。
「でも──、お前はタムと一緒に部活ができなくて、いいのか?」
尋ねると千冬は、腕を組んで「よくは、ない……かな。できれば、一緒がいい」と言った。
「なら、答えは出てるじゃないか」
俺がそう言うと、千冬は不思議そうに首をかしげる。不覚にもカワイイと思ってしまった。いや、見た目に限っていえば、美少女であることに間違いない。間違いないのだが、やっぱり不覚だ。
最近でこそ有耶無耶になっていているが、ロックを馬鹿にされたことを完全に忘れたわけではない。
ふと、あれは、千冬の本心だったのだろうかと疑問に思う。嫌いだと言った割には、千冬の作るロックの出来は良かった。嫌いなものをわざわざ自作のボーカロイドに歌わせたりするだろうか。尋ねたら応えてくれるだろうか──。
「もったいつけないで教えてよ」
急かすような千冬の声で我に返る。いずれ、チャンスがあれば尋ねてみようと思いなおし、千冬に向き合う。
恥も外聞もなく──、というほど大げさなものではないが、千冬が俺に教えを乞うのは珍しい。それほど必死ということか。千冬にとっての『友達』という言葉と存在の重みは、俺にも理解できる。傲慢かもしれないが、俺だから理解できるのかもしれない。同じ陰キャの俺だから。
「簡単だ。さっきの発言を、フリーのものも含めて取り消せばいい」
いじわるをするつもりは元からない。素直に教えてやると、また千冬は腕を組んで、考えこんだ。
「それ、全然簡単じゃないよ」
「どうしてだ? タムは、自分からもう来ないって言ったわけじゃないんだぞ? お前たち──、主にフリーに言われたから、あんな風になったんだ」
「──そう、言い切れる?」
真剣な眼差しが、まっすぐに俺をとらえる。
「私の立場に立って考えて。如月君が私の立場でも、絶対にそうだって言い切れる? 本当は──、例えば、存続記念パーティのあとで、やっぱりロミ研は嫌だなって思ったかもしれない。それを言い出せないでいたところに、私や
「絶対にないか?」と問われれば、「分からない」としか応えようがない。俺が千冬の立場ならきっと同じように不安に思うだろう。
俺は、タムのことを知らない。入部したいと言ってきたときの、あの顔は嘘を吐いているようには思えなかった。しかし、千冬の言うように、気が変わったのかもしれない。嫌になるような出来事はなかったと思うが、何を嫌だと思うかは人それぞれだ。
沈黙が肯定となってしまう。
「言えないでしょう? 全然簡単じゃないよ。現に、田村さんは自分の口で「もう来ない」って言っていた。たとえ嘘でも──、本心じゃないとしても──、自分の口でそう言ったの」
言えないだろうか。想像してみる。
例えば──、
『もう来なくていいと言ったが、あれは嘘だ。だから、撤回する。タムも、もう来ないという言葉を撤回してくれないか?』
という問いの応えが、
『でも、もう決めたことだから……。ごめんね。それに来るなって言ったのはそっちだよね?』
だったとしたら──。
考えるだけで、震えあがりそうだった。単なる想像にすぎないのに、拒絶されることに強い拒否反応を覚える。
自分の勝手な想像にすくみ上って、身を震わせていると千冬は、「どうかした?」と怪訝な顔を見せた。
「いや、どうもしない。お前の言うことも一理あると思ってな。でも、このままにしておいていい、とは思ってないんだろう?」
「それはそうね。友達だもの。だから、悩むんじゃない」
即答だった。
だが、俺の脳裏には「友達ってそういうものなのか?」という疑問が浮かんだ。声にも出ていたらしく、千冬はまた怪訝な顔で「何か言った?」と不審がる。
自分の中でも、明確な答えが出ているわけではない。なぜそんな疑問が浮かぶのかも分からない。俺自身、戸惑っていた。
千冬は、不審がった割には、深くは追及してこなかった。
会話が途切れてしまい、二人並んで無言で歩く。
静かになった途端、回りの音が気になり始める。風が木々を揺らす音や、車の排気音。千冬の足音。いつもならイヤホンを突っ込んで音楽に没頭している帰り道。今日は、両耳を解放したまま歩いている。
「──、さっきの……あの子ってほら……空気読めてない子でしょ?」
突然、解放された俺の耳に声が飛び込んできた。だれの声かは分からなかったが、数人の女子の声だ。
「──あぁ。あの関西弁の?」
「そうそう。なんかまた揉めてたよね。いつもみたいに大きい声でさ」
関西弁? 大きい声? 心当たりがありすぎる。途端に心臓がバクバクと大きく鳴る。
「あれって? 相手、田村さんじゃなかった?」
「だね。なんか最後走って帰っちゃったよね?」
「うん。よくは聞こえなかったけど、あの関西弁の子になにか言われたんじゃない? だって、ほら、あの子ガサツだからさぁ。この前だって──、」
それ以上は、もう耳に入ってこなかった。イヤホンを突っ込んでるわけでもないのに、外界の音を俺の耳が拒んだ。
女子たちは、明らかにフリーの話をしていた。
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