第23話 だって、連絡先を知ってるもん

 テニス部が活動するコートは、俺たちロックミュージック研究会の部室から少し離れた場所にあるらしい。なぜか学校施設の配置に詳しいフリーが、意気揚々と俺たちを先導する。

 フリーは、ぴょんぴょんとポニーテールを上下させながら、俺と千冬ちふゆの少し前を跳ねるように歩く。


「でも、タムタムのところ行って、どないするんや?」


「……どないもしない」


「──なんやっ?! その変な関西弁は!!」


 フリーは、わざとらしくずっこけると、ポニーテールを鞭のように振って振り返った。空を切る音がヒュンと鳴った。顔面にクリーンヒットしていたらと思うとゾッとする。あいつの後ろは、不用意に歩かないようにしよう。


「いや、お前としゃべってると関西弁が移ってだな……」


「うちは、別にあんたらとしゃべってても標準語にならんで? ちぃも別にうちの関西弁、移ってへんよな?」


 隣を歩く千冬は、浅く顎を引いてうなずいた。


如月きさらぎくんは、ちょっとアレな人だし……。私たちの常識が通じなくても仕方ないんじゃない?」


「やっぱり? ちぃもそう思うか?」


「だれの目にも明らかだと思う。そもそも、アレじゃないなら友達の一人くらいいそうなもんだし……」


 待て待て待て待て──。

 お前がそれを言うか。友達のいなさにかけては、俺と大差ないだろうに。言ってて悲しくならないのか?


「せ、せやんな……。う、うん。い、い、いい年して友達もおらんて、そこそこヤバいよな」


 フリーが狼狽うろたえてるじゃないか。フリーに慣れない気を遣わせるなよ。

 何より──。陰キャの極みのような千冬が、俺の悪口となると陽キャ代表のフリーと一緒になって違和感なく盛り上がっている。それは、実に不思議な光景だった。


「お前な。人のこと言えるのか?」


 ただ、言われっぱなしというのは性に合わない。ガツンとカウンターを決めてやるつもりが、俺の意に反して千冬は、横顔を見ただけでもそうと分かるほど自信に満ちていた。


「──な、なんだよ?」


 思わず怯む。ムーンウォークのように器用に後ろ歩きをしていたフリーも、「なんや?」と首をかしげて千冬の隣に並んだ。


「私には、友達……いるよ。如月くんと違って」


 鼻の穴から「ふんすっ!」と、吐き出した呼気が見えるほどのどや顔だ。友達がいるってことをそんなどや顔で言うこと自体が、陰キャの証明だと思うが……。

 それにしても、千冬の言う『友達』とは、だれを指しているのだろう。フリーのことだろうか。俺の悪口を言い合っているときの雰囲気は、友達と言えなくもない。


「ほぇ~。ちぃ、友達おるん?」


 と思った矢先に、フリーから心底意外だとでも言いたげな、デリカシーのない言葉が飛ぶ。ということは、千冬の言う『友達』はフリーではない。今のセリフから、フリーが千冬を友達だと思っていないことは明らかだ。友達の片思いほど悲しいものはない。

 全く意に介していない千冬のリアクションからも、千冬とフリーが『友達』と呼べる関係ではないことは明らかだった。


 ──となると。


 千冬の言う『友達』って、もしかして──、俺? と思いかけたとき、それを否定するように千冬は「田村さん」と短く告げた。


「田村さんって……タムのことか?」


 反射的に尋ねる。


「そう。田村さん」


「タムがお前の言う、友達?」


「お前って呼ばないでって言ってるでしょ。そうだよ。田村さんが私の友達」


 うむ。なるほど。

 同じ学校の同じ学年、そして同じ部活。友達と言える条件はそろっている。

 しかし、それにしたって、千冬の自信満々な態度はなんだ? なにせ、やつは許可がなければ、メッセージの返信もできないようなやつだ。何の保証もなく、だれかと自分が「友達である」と宣言することはできないはずだ。

 疑問をそっくりそのままぶつけると、


「だって、連絡先を知ってるもん」


 と嬉しそうな声が返ってきた。


「「それだけ……?」」


 俺とフリーが声をそろえると、千冬は「なにがおかしいの?」とでも言いたげに首をかしげる。怒りの感情も悲しみの感情もない。純粋な疑問が込められた瞳に、俺もフリーも思わず目をそらしてしまった。あのフリーですら言葉を失っている。


 同じ学校の同じ学年、同じ部活という条件であれば、俺もフリーもクリアしている。なんなら俺は同じクラスでもある。だが、千冬にとって、俺たちは友達ではないようだ。

 では、俺たちに足りないものは何か。それは、おそらく連絡先交換の有無。この一点だけで、千冬は友達である保証を得て、あれほどまでに自信満々に「田村さんとは友達だ」と宣言できたのだ。

 それほどまでに千冬にとって連絡先交換というのは尊いものらしい。それは裏を返せば、誰かと連絡先交換をしたことがないことを意味している。

 実に哀れだ。目頭が熱くなる。フリーなんか、泣いていやしないか?

 

「ま、まぁ……あれやな。うん。タムタムは、ちぃが部長やから言うて入部したみたいやし、友達ちゃうほうが不自然やな。うんうん。そのとおりや」


「お前のそのフォローのほうが不自然だよ」と思わず突っ込みそうになるが、「でしょ?」とばかりに深々とうなずく千冬を見ると、そんな気も失せた。

 それにフリーの言うとおり、タムのほうもやぶさかではないだろう。お互いが友達だと思っているのなら、周りがどう思おうとそれはもう友達だ。その根拠がどれほど些細で、頼りないものであっても友達なのだ。

 それに──、キラキラした目で友達がいることを自慢する千冬を見ると、水を差す気にはなれなかった。そんな目ができる千冬が羨ましくもあった。


「あ、ちぃちゃ~ん!! それに二人も!!」


 ふいに聞いたことのある声がしてそちらを向くと、半袖・短パンにひざ下までのソックス、全身をサッカーウェアに包んだタムが駆け寄ってくる。いつもかけている丸眼鏡は、ゴーグルのようなものに変わっている。


 ──ちょっと待て! サッカーだとっ!? あんな格好でテニスをするとは思えない。それに、ここは──。どう見てもサッカーグラウンドだった。

 俺の戸惑いをよそに、タムはフェンス越しに向かい合うところまで来ると、膝に手を当てて、呼吸を沈めた。ポタポタとさわやかな汗がしたたり落ちる。


「田村さん。おつかれさま」


 千冬は、さっきまであんなに自慢げで、ともすれば、ウキウキしていたくせにいつもの調子に戻っている。


「うん、ありがと~。今日もロミ研のほう行けなくて、ごめんね」


 タムは申し訳なさそうに顔の前で手を合わせる。千冬は淡々とした調子で「全然大丈夫」と応えた。

 フリーは何も言わない。


「タム~。練習再開するよぉ~」


「──あ、はぁい!! すみませぇ~ん。今、行きまぁ~す!!」


 グランドの奥のほうから、タムに声がかかる。タムは返事をすると、再度両手を合わせる。


「ごめんね。もう休憩終わりみたい。もう少しで部活終わるとは思うんだけど……」


「それじゃあ、待ってるよ」


 俺たちを代表して千冬が応えた。するとタムは嬉しそうに微笑んで、「うん」と言ってグランドのほうに走っていく。

 そして、グランドの手前で軽く会釈をすると「お願いしまぁ~す」という声とともに、中に入っていった。


 それからしばらく、俺たち三人はあわただしく行ったりきたりするボールをボーっと眺めていた。

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