第22話 いちいち許可なんかいらんねん

 存続記念パーティーから、一週間弱が過ぎていた。一週間あまり一度も部室に姿を現さないタムに、真っ先に痺れを切らしたのは、フリーだった。


「タムタムは、何をしてんねん!! どないなっとんねん!! ちぃは、タムタムの連絡先知ってるんやろ? 何か言うてきてへんのかいな」


「お休みするってことと、謝罪のメッセージはきてる」


「それで、ちぃはなんて返してるんや?」


 問われた千冬ちふゆは、「えっ!?」と悲鳴にも似た声をあげる。俺とフリーの頭には『?』マークが浮かんだ。フリーがおかしなことを尋ねたとは思えない。


「毎日タムタムとやりとりしてるんやろ?」


「やりと……り?」


「なんやその、『そんな単語は初めて聞きました』みたいな反応は! やりとりは、やりとりやんか。毎日毎日、連絡取りあっとるんやろ? 休むって言われて、「はい、そうですか」って返してるんか?」


「──えっ? 返してる……って?」


 さては、こいつ……。

 俺の中で、信じられない──、そして、おそろしい仮説が浮かぶ。すなわち、千冬はタムに返信をしていないのではないか。にわかには信じ難い話だが、千冬の不可解な反応は、それ以外に説明がつかない。


「返信って、して……いいの?」


 やっぱりだ。冗談で言っているわけではないのだろう。


「いいに決まってるやん!! 何を言うてるん?」


「──知らなかった。返信して……いいんだ」


「いやいやいや……。そういうもんやろ? 普通分かるやん。あんた、毎日健気に連絡してくるタムタムのこと、フルシカトしてたん?」


「だって……。返信していいって言われてないから……」


「はぁ……。そんなもんに、いちいち許可なんかいらんねん。いいって言われな、返信もできんのかいな」


 できんのです。我々、陰キャというものは──。

 陽キャなフリーが理解できないのも無理はないが、俺たち陰キャというものは、他人とのコミュニケーションにいちいち許可が必要だと思っている節がある。許可がないと不安なのだ。

 しかし、千冬は度が過ぎているとも思う。いくら許可がないと不安だとはいえ、返信をしないことで相手から無視していると思われてしまうリスクを、俺なら冒せない。

 この様子だと、千冬はタムに一度も返信をしたことがないのだろう。一週間ずっと。にもかかわらず、毎日千冬に連絡するタム。健気すぎやしないか? なんだか泣けてくる。


「そんなこと知らなかったもの……」


「あんたなぁ~。知ってるとか知らんとかそういう問題ちゃうと思うで? 一週間もずっとシカトしとったら、普通は嫌われるで」


 という言葉で、千冬の顔が一気に青ざめる。その様子を見るに、俺なら冒せないと思ったリスクに千冬もようやく気が付いたようだ。今の今までそのリスクに思い当っていなかったらしい。


「今からでも、間に合うかな……?」


 不安そうな声で千冬が尋ねる。それに対してフリーは、「大丈夫ちゃう?」と応えた。最後に「知らんけど」と付け加える。まるで他人事だ。まぁ、他人だが。

 ──が、フリーはすぐに目を輝かせる。


「あ、せや!! どうせこっちから連絡するんやったら、いつなら来られるねんって訊いてぇや」


 千冬は、操り人形のように抵抗の意思を見せることなくコクコクとうなずいた。


「じゃあ、送るね?」


 たっぷり時間をかけてメッセージを作成した千冬は、文面を見せることはなかったが、フリーに許可を得てから送信した。ここでもやはりだれかの許可を必要としているようだった。


 タムからの返信が来たのは、千冬がメッセージを送ってからだいぶ時間が経ってからのことだった。

 着信を知らせる短い電子音が鳴る。この部室でそんな電子音が鳴ったのは初めてのことだ。

「なんか鳴ったで」というフリーの言葉に、俺も千冬も何も反応しなかった。「タムタムからなんちゃうの?」という声で初めて千冬が顔を上げる。

 なんだその驚きに満ちた顔は。自分から送ったんだから、そりゃ返信くらいあるだろ。知らんけど。


 千冬は、若干震える手でスマホを取り出すと、こちらから見ていてもおそるおそるだと分かるくらいゆっくりと画面を見る。そして、時間にして一、二分ほどたっぷりと眺めてからようやく口を開いた。


「いつ来られるかは、まだ分からないんだって」


「それだけか?」


 俺が訊くと、千冬はコクリとうなずく。あぁ。これはまずいかもしれない。そう思うのとほぼ同時にフリーの声が俺の耳に突き刺さる。


「いつ来られるか分からへんって、どういうことやねん!!」


 思わず耳を塞いでしまった。こいつ、本当声でかいな。


「落ち着け、落ち着け」


 ふんふんと鼻息を荒げるフリーを落ち着かせる。何度目だこれ。


「まぁ、お前の気持ちも分かるには分かる。もうめんどくさいから、これからタムのところに行ってみないか? どうせ暇だしな。たしかテニス部だったよな?」


 確認すると、千冬は曖昧に首をかしげる。いや、お前がそう言ってなかったか? まぁ、いい。とにかく──、


「俺もタムのことは気になってたんだ。別に毎日参加するような部活ではないけど、それにしたって一度も参加がないとなると、多少心配にはなるしな」


 俺としても、タムがどういうつもりなのかは気になっていた。「ロックミュージック研究会に入りたい」と言ったときのタムを思い出す。あの様子に嘘はなかったように思う。

 もしかしたら、今はテニス部のほうが忙しい時期で、たまたまこちらに参加できないだけなのかもしれない。そういう事情も含めて、確認しておく意味はあるように思えた。


「部長。どうだ?」


 再度、千冬に確認すると今度は「それもそうだね」と言葉を伴って賛成してくれた。フリーに異存はないだろう。確認するまでもなく部室を離れる準備を始めている。

 俺たち三人は場当たり的な思いつきから、一路陽キャの巣──運動部のテリトリーに向かうことにした。

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