第21話 配慮に欠けるっていうのは、ただの特徴です
部室の扉を乱暴に開けたフリーは、ブレザーのポケットに手を突っ込んだお決まりのポーズで仁王立ちしていた。今日は、ブレザーの下にショッキングピンクのパーカーを着ている。
「あ、来たんですか?」
「『あ、来たんですか?』やあれへん!! 今、うちの悪口言うてたやろ!?」
「悪口? 言ってないぞ。何を勘違いしてるんだ? ──なぁ?」
同意を求めると、
「ごまかしても分かるんやで!! 配慮がないとかなんとか……言うてたやろ!?」
一応、ちゃんと聞こえていたらしい。
「ん~、まぁ──、それは言ってたかもしれませんね」
「やっぱりやんか!! この──、」
烈火のごとく怒りだしそうなフリー。それを俺は何事もないそぶりで制す。フリーは、虚を突かれたのか、吐き出しかけた言葉を飲み込んだ。
「まぁ、落ち着いて。配慮に欠けるとは言いましたが、悪口ではないので」
「──ん? どういうことや?」
「配慮に欠けるっていうのは、ただの特徴です。つまり、特徴を指摘していただけであって、断じて悪口ではありません。というか、あなた配慮に欠ける自覚はないんですか?」
「……。んん……? なくはない……なぁ」
思いっきり心当たりのある反応じゃないか。
「では、さらに訊きます。それは欠点ですか? あなたのそういうところは欠点であると、そう思いますか?」
「それは……。それは全く思ってへん! むしろ、うちのええところ、──長所や」
思ったとおりだった。
フリーの言動に、配慮に欠けるところが多いのは事実だ。知り合ってたった数日なのに分かるほど、あまりにも多い。わざとらしいくらいに多いのだ。
そして、フリーは、それをいいことだと思っている節があった。確証までは得られないが、フリーの配慮に欠ける言動は、理由はよく分からないがよかれと思ってあえてやっている。つまり、わざとである確率が高い。と俺はふんだ。
だから──、
「それなら、『配慮に欠ける』という言葉が悪口なはずないですよね? むしろ褒めていると言ってもいい。何しろあなたにとっての長所を指摘していたわけですから」
と、こんな具合に屁理屈を言ってやれば──、
「…………」
「ん? 何かおかしいですか?」
言ってやれば──、
「それも……そうやな!! なぁんや! よう分かってるやん。──ていうか、
と、まぁこんな感じで勝手に納得してくれる。まぁ、最後の言葉は想定外ではあったが。
敬語については、千冬にも同じようなことを言われたことがある。無意識に出る癖なのだから直しようがない。意図せず被弾はしたが、とりあえず場を収めることができたから、よしとしよう。
千冬を見ると、ヘッドホンを装着して、我関せずを決め込んだままだった。
もう一度フリーに視線を戻す。何故かはにかんだような顔をしている。小さくて聞き取れなかったが、唇は『安心したわ』と言っているように見えた。
「ところで! やっ!!!!」
一瞬だけしおらしくなったフリーは、突然元に戻って大声を張り上げる。その声は、ごついヘッドホンを易々と貫通したようで、千冬の細い肩がビクッと跳ね上がった。
「ちょっと……。なんなの? 急に大きな声を出して」
ごついヘッドホンを外して、ネックレスのように首にかけた千冬は、心底いやそうに眉を顰めながらフリーを糾弾する。
「なんもかんもないわ! あんたら、いったい何してんねん」
フリーが何に腹を立てているのかよく分からない。悪口が云々かんぬんは煙に巻いたはずだ。俺は思わず千冬と顔を見合わせる。
「何をしてる……というと?」
「だぁ、かぁ、らっ!! うちら、バンドやるんちゃうの? うちはそう思っててんけど、それっぽいこと全然してへんやん。ホンマにバンドやる気あるん?」
「いや、それはもちろん。むしろ、お前がそんなにやる気になっていることに驚いているというかなんというか……」
「タムタムはどないしてん」
フリーは俺の言い訳を無視して、あたりをきょろきょろと見まわした。そんな大げさな動きをしなくたって、この場にいないことくらいすぐに分かりそうなものなのに。つくづく変な奴である。
「田村さんなら、今日は来ないよ」
千冬が俺の代わりに答える。
「なんでや?」
「他の部活に出ないといけないんだって」
「他の部活ぅっ!? どういうことやねん!! タムタムはロックミュージック研究会の部員やろ? なんで他の部活に出る必要があんねん」
「掛け持ちしてるんでしょ」
「掛け持やて!? そんなこと許されるんか!?」
「複数の部活に加入することは、別に禁止されていないはずだけど……?」
「あんたらは、それでええんか? って言うてんねん! 今日は活動初日やで?」
「活動なら、存続記念パーティが初日でしょ?」
「そういうことやなくて!! うちは、そんな腰掛けみたいな態度で参加されてもええんかって言いたいんや!!」
「いいも悪いも、私たちがとやかく言えることではないでしょう? 田村さんには田村さんの事情があるのだから」
どんどんヒートアップするフリーに対して、千冬はずっと変わらずクールに淡々と答える。
「それは、そうやけどやな。陰キャくんも同じ意見なんか?」
納得いかない様子のフリーは、味方を求めるように俺を指名した。というか、陰キャくんと呼ぶな。少しだけ千冬の気持ちが分かった気がする。
それにしても「同じ意見か?」と問われると、微妙に違うような気がする。千冬と意見のすり合わせをしたわけではないが、俺は千冬ほどドライに考えてはいない。できれば、タムにもしっかりロックミュージック研究会の活動に参加してもらいたいとは思う。
一方で、タムにはタムの事情があるだろうことも分かる。
「そうだなぁ……。とりあえず、何か活動を始めないとタムも参加しずらいんじゃないか?」
しばらく悩んだ割には、芯を食わないふわっとした回答になってしまった。
「何当たり前のことを言うてんねん」
フリーから関西人らしいするどい突っ込みが入る。なるほど。突っ込みとはこうするんですね。勉強になります。
それはともかくとして──、
「とりあえず、今日のところは何をするでもないし、解散にするか」
めんどくさいからもう一度煙に巻こう。
「なんでやねん!! うち、今来たばっかりやで?!」
おぉ……。関西人の生「なんでやねん」だ。実際に聞くと感動する。
「そうね。こううるさくては、作業もできないし」
千冬は俺の意見に賛成してさっさと帰り支度を始める。あまりの手際のよさに、フリーはなすすべなくただ見守っているだけだった。
「あんたら、ホンマおかしいわ……」
と、捨て台詞を吐く。フリーとて、何もしないまま部室にいても仕方ないと思ったのだろう。一度おろしたリュックを拾い上げて、さっと背負う。
「せやけど、タムタムはほんまに大丈夫なんかいな」
「大丈夫でしょ」
誰にともなく問いかけたフリーの声に千冬が応えた。
「えらい自信やな」
「私は田村さんではないから、自信なんかないよ」
フリーは茶化すように言ったが、千冬の反応はそっけない。フリーは、「そうか」とだけ言って、それ以上何も言わなかった。
「自信なんかない」とは言ったものの、「信じてるんだな?」と問えば、千冬はきっと「そうだ」と応えたのだろう。千冬の様子からタムへの信頼が窺える。
しかし、千冬の信頼とは裏腹に、タムは翌日も、翌々日も、部室に姿を現すことはなかった。
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