第二章 ボーカロイドは彼女たちの気持ちを歌う

第20話 バンド組もうってなったよな?

「あっれぇ~? おっかしいなぁ~。俺、バンドやろうぜって言ったよな? それで、みんなオーケーしてくれて、俺たちバンド組もうってなったよな?」


「そうだね。そのはずだね」


 今、俺の目の前にあるのは、千冬ちふゆの頭頂部──、つむじだ。

 千冬は、俺の方には目もくれず、ノートパソコンに向かっている。一応返事はしてくれているが、聞いているのかいないのか分からない。適当な生返事だ。


「それなら、おかしくね? だって、一昨日の話よ? 普通は忘れないよな? フリーはともかく、タムまで来ないなんて考えられないんだが……。部活って入部したら、まずは部室に集まるもんだよな?」


如月きさらぎくんだって、入部してしばらくは、部室ここに来なかったじゃない」


「うっ……。それは、そうだけども……」


 相変わらず痛いところをついてきやがる。


 今、部室には俺と千冬の二人しかいない。

 たしかに、毎日、放課後の部室に集まって、なんらかの活動をしようと打ち合わせたわけではない。千冬の言うとおり俺だって、佐々木ささき先生に無理やり入部させられた当初は、部室に一切顔を出さなかった。だから、人のことを言えた義理ではないのかもしれない。


「俺がここに来なかったのは、当面の活動が部員集めだったからだ。しかも、お前と対決するっていう状況でな。あの状況で部室に来る意味はないだろう? どうせ、部室にいるのはお前だけ。敵と馴れあう必要はないわけだしな。勧誘する相手がいない場所にわざわざ出向く理由はない」


「はぁ……。お前って呼ぶのは、やめてって言ってるのに……」


 俺の熱弁に心動かされたのか、俺の言葉が気に入らなかったのか──おそらくは、後者だろうが──千冬は、ため息とともにノートパソコンを静かに閉じて顔を上げた。


「それで? 如月くんは、外でしっかりそのってやつをしてたってわけね? もっもと、成果は芳しくなかったようだけれど?」


「ぐぬっ……」


 本当、痛いところを的確に突いてきやがる。コミュ障のくせに、人の嫌がるポイントをしっかり心得ているから腹が立つ。


「今、その話はどうでもいいんだよ。部員も一応は規定の人員が集まって、存続も無事決まったんだからな。今さら蒸し返すな。結果オーライだろ」


「どうでもいいって……。如月くんが言い始めたことじゃない」


 千冬は呆れたように首を振る。

 そのまま一度浅くため息を吐くと、猫のように大きく伸びをした。そして、ほぐれた身体を確認してから口を開く。


「少なくとも、田村たむらさんは、今日は来ないと思うよ」


「え? そうなのか? なんで知ってるんだ?」


「連絡があったから」


「連絡……? あったの? お前に?」


 俺はタムの連絡先を知らない。それどころか、千冬の連絡先も、フリーの連絡先も知らない。つまるところ、だれの連絡先も知らないのだ。

 言っておくが、ロックミュージック研究会のメンバー限定の話じゃない。自慢じゃないが、この学校で俺が連絡先を知っている人間は一人もいない。

 それなのに千冬は、いつの間に交換したのかタムの連絡先を知っているようだった。


「連絡あったけど……? なに? 泣いてるの?」


「いや、なんでもない。続けてくれ」


 千冬は露骨に怪訝な顔をしながら、


「はぁ? まぁ、いいけど。田村さんは、ほかの部活と掛け持ちしてて、今日はそっちに出ないといけないんだって」


「他の部活……だと? たしかに……。タムはテニス部にも入ってるっぽかったからなぁ。今日はテニス部に出ないといけない日ってことか?」


「さぁ。そこまでは訊いてないから分からない。でも、そういう事情なら仕方ないでしょ? 分かったら、うだうだ言ってないで、何か一人でできることをしたら? 一人には慣れてるでしょ?」


「失礼な! たしかにぼっち歴は長いが、慣れるようなもんじゃない。つーか、タムは分かったけど、フリーはどうなんだ?」


 俺の質問に千冬は肩をすくめる。

 タムとは連絡先を交換している千冬だが、フリーとは交換していないのだろうか。


「私が知るわけないじゃない。振角ふりかどさんは、如月くんの勧誘で入部してきた子でしょ? 如月くんの方がよく知ってるんじゃないの?」


「いや、俺が知るわけないだろ。あんなバリバリの陽キャの連絡先を入れたら、長年陰キャ仕様だった俺のスマホは、きっとぶっ壊れる」


「……それには同意してあげる。でも、こうしてこの時間まで来ないんだから、今日は来ないんじゃない?」


 千冬は「この時間」と言うが、まだ十六時過ぎだ。たしかに真っ先にここに向かっていれば、とっくに現われていてもおかしくない時間ではあるが、下校時刻まではまだ時間がある。


「ひょっとして、フリーにここに来てほしくないのか?」


「えっ……? そんなことは……ない、けど……」


 分かりやすく目が泳いでいる。どうやら図星らしい。


「分かりやすいやつだな。でも、なんでだ? この前の存続記念パーティで揉めたからか? たしかにフリーは、俺たちと違って陽キャっぽいし、理解できない部分もたくさんある。でも、悪いやつではないだろ?」


「それは……そうなのかもしれないけど……。でも、私はやっぱり苦手」


 千冬はきっぱりと言い切った。


「まぁ、たしかに配慮に欠けるところがあるっちゃあるよなぁ~。でも、それって……」


 その瞬間、ガラガラガラッと部室の扉がやかましく開き、それに負けないくらいやかましい声が部室内に飛び込んでくる。


「だぁれが、配慮に欠けて、やかましーて、空気読めてへんくて、オマケにガサツやてっ!?」


 いや、言ってない、言ってない。そこまでは言ってない。見なくても分かるが、一応そちらに目を向けると腰に手を当てたフリーが仁王立ちしていた。

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