第14話 言葉を発するわけがないぬいぐるみが、夜な夜なしゃべりだして
お互いに無言のまま、時間だけが過ぎていく。こういうとき、陰キャ二人という組み合わせは最悪だ。
「勝負……。どうするよ。続けるか?」
咄嗟に出た言葉としては、当たり障りのない無難なものだと思う。二人に共通するタイムリーな話題で、かつイエスかノーで答えられる質問だ。答えやすいうえに、答えなければならないプレッシャーも与えている。
しかし、そんなプレッシャーを全く感じないのか、
「勝負、どうする? 続けるか、続けないか。俺たちに任せるって先生は言ってたけど……」
もしかして聞こえなかったんじゃないかと思って、さっきより気持ち大きな声で、内容もより具体的にしてみる。それでも、千冬からはなんの返答もない。
しばらく続く沈黙。
これ以上、どうしていいか分からず、いたたまれなくなってきたとき、ようやく千冬が口を開いた。
「……
質問に質問で返すのはずるいと思ったが、反面、それ以上に声が返ってきただけでもありがたい。やはり俺は、生粋の陰キャらしい。
「俺は、お前にその気があるなら勝負を続けたい……と思ってる」
「どうしてそんなに勝負にこだわるの? ロックの名誉とかなんとか言っていたけれど、私がロックをどう思おうと、如月くんには関係ないじゃない」
言われてみれば、そのとおりだった。
最初こそ頭に血が上って、千冬にロックがまだ健在だってことを分からせようと息巻いていた。だが、時間とともにその熱量もだんだん冷めてきて、今となっては、もうどうでもいい……とまでは言えないまでも、当初ほどの気持ちはない。
それでも、俺はこの勝負を終わらせたくないと思っていた。
ハッキリとそう自覚しているにもかかわらず、その理由がどこにあるのか、具体的に見つけることができない。俺の中のどこかに確実に答えはあるはずなのに、それがどこにあって、どんなものなのかが分からない。
ただ、結論だけがあった。
「前に自分を変えたいって言ってたじゃない?」
自分から話し始めておいて、黙ったままの俺を見かねてか、千冬は急に話題を変える。
「あぁ……。言った……かな?」
本当は、はっきりと覚えていたが、なんとなく恥ずかしくて無駄にぼやかして答える。
「どんな風に変わりたいの?」
俺の誤魔化しなんてお構いなしに、千冬は真っ直ぐな目で俺を見つめる。
「いつのころからか、陰キャになっちゃっててさ……」
思わず語り始めていた。
突然、訳の分からないことを言いだしたにもかかわらず、千冬は眉を
照れ臭いけれど、目を逸らしてはいけない気がして、その視線を真正面から受け止めた。
「信じられないかもしれないけど、昔はこんなに陰キャじゃなかったんだ。割とクラスでも中心的な存在だったし。でも、いろいろあって、今じゃこのザマ……。このままじゃだめだって、ずっと思ってはいたんだ。友達もいない。学校で話しをする相手もいない。家で「おはよう」って家族に挨拶したあと、次に話すのは、家に帰って家族に言う「ただいま」だ。そんな生活が嫌で、このままじゃまともな人間になれないって思ったんだよ」
「それなら、もうそんな生活は脱してるんじゃない?」
千冬に言われてハタと気が付く。
今まさに友達──、と呼べるかは分からないが、同じ部活に所属する同級生──、しかも、異性と部室で学校の話をしている。
思い返してみれば、入学してから今日まで、誰とも話をしない日はなかった。その相手のほとんどは千冬だったが、千冬と話をしない日もフリーだったり、タムだったり、謎の変態モンスターだったり──。誰かと話をしていた。
誰とも話さずに過ごしていた中学時代を考えるとありえないことだ。
「言われてみれば、たしかにそうだな……」
「如月くんが続けたいなら、続けてもいいけど……。そういう理由なら、もう勝負の必要はないんじゃない?」
「……そう、かもな」
口ではそう言いながら、本心ではそう思っていない自分にすぐに気が付く。俺にはまだこの勝負が必要だと思っている。
「どちらにしても、ロミ研が廃部にならなくてよかったね」
「あぁ……。でも、お前はロミ研……というか、ロックが嫌いなんだろ? 廃部になろうがならなかろうが、お前にとっては、どっちでもいいことなんじゃないのか?」
「う~ん……私も自分を変えたいから。……ていうか、お前って呼ばないでってば」
自嘲気味に笑って首をかしげながら、器用に膨れてみせる。
ふいに千冬が自分を変えたいと思う、その理由を尋ねてみたくなった。何を考えて、何を望んでいるのか、そんな千冬のパーソナルな部分を俺はほとんど知らない。
「どうして、そんなに自分を変えたいんだ?」
「……そう言う如月くんは、どうして自分を変えたいって思ったの?」
また、質問に質問で返す。千冬の癖なのかもしれない。
「……やっぱり、一度しかない高校生活、楽しく過ごしたいだろ?」
「それだけ? 失礼だけど、そんな理由で自分を変えたいと思って、しかも行動に移せる人なら、最初からそんな風になってないと思うけど……」
そんな風というのはどんな風だ? と思ったが、すぐに自分自身がその答えであると気が付く。俺自身が一番そんな風であることを知っている。
「まぁな。その……理由は他にもある。自分でも馬鹿らしいって思うから、あんまり言いたくないんだけど……。笑わずに聞いてくれるか?」
「よっぽどおかしなことを言わない限り、笑わないよ」
そう言いながら千冬は、何がおかしいのか、もうすでに少しだけ笑っている。
「よっぽどおかしなことってどんなのだ?」
自分がこれから言おうとしていることがよっぽどおかしいかどうか考えてみるが、答えは分からない。どちらにしても俺は、誰かに聞いてほしいのだろうなと他人事のように思った。
「よっぽどおかしいこと? ……そうだなぁ〜。例えば、言葉を発するわけがないぬいぐるみが、夜な夜なしゃべりだして、「友達をつくれ~、友達をつくれ~」って脅しをかけてくる。だから、なんだか怖くなって自分を変えなきゃって思った……とか?」
「なんだそれ。そんなことあるかよ。だいたい俺は、ぬいぐるみなんか持ってないぞ」
「そう? それなら笑わない」
気のせいかもしれないが、千冬が一瞬、がっかりしたように見えた。
「このやりとり、どこかで聞いたことない?」
「そうか? なんかのアニメのセリフ?」
「ついこの前の、私と如月くんのやりとりだよ。とはいっても、一言一句同じではないし、私と如月くんの立場は逆だったけれど。案外、よっぽどおかしなことの例を考えるのって難しいね」
「そういえば、そんなことあったな。どうだ? 尊敬したか?」
「そんなはずないでしょ。それ、自分で言ってて恥ずかしくないの? それより、自分を変えたいと思った理由は?」
千冬から始めた話題なのに急に突き放される。千冬がコミュ障だといわれる所以を見せつけられたような気がした。
「そうだったな。えっと……その……。歌を……歌を聞いたんだ」
「なに? 結局、ロックに感化されて……とかそういう話?」
千冬は、あきれたようにため息をつく。
「たしかにロックだったんだけど、きっとあれはプロが作ったものじゃない。素人が作ったオリジナル曲なんだ。その歌声がとんでもなく綺麗で、俺の意識を変えちゃうくらいパワーがあってさ」
「如月くんがそう言うのなら、本当にそうだったんでしょうね」
「……ひょっとして、馬鹿にしてるか?」
「してないよ。誰よりもロックが好きなロックオタクだってことは認めてあげてるの。色々なバンドの、色々な曲を聴いてきた如月くんが褒めるなら、その声、それからその曲は、本物なんだろうなって思っただけ。なに勝手に卑屈になってるの? だから、陰キャなんだよ」
そこまで言わなくてもよくないですか? 前半部分、そこそこ褒めてくれてた気がするが、それは一気に霞んだ。
「……まぁ、とにかくすごく綺麗な歌声で、すごくカッコいい曲だったんだよ。その歌声の主がどうやらこの学校にいるらしい。それなら、その歌声の主と……友達になりたいなって思って。そのためには、陰キャじゃまずいだろ? 声の感じから、たぶん、というか絶対、その子は女の子だし」
「まずい……かもね。ふ~ん、案外下世話な理由なんだね」
「下世話で悪かったな。で? お前の方は? 理由はなんなんだ?」
千冬のリアクションのせいで、急に恥ずかしくなって、慌てて話題をそらす。
「私は、よっぽどおかしな理由だよ」
「どういうことだよ」
「さっき言ったでしょ? 言葉を発するわけがないものが、「友達をつくれ~、友達をつくれ~」って脅しをかけてきた……気がしたの。それが理由」
「はぁっ!?」
最初から変わったやつだと思っていたが、いよいよ本格的に頭がおかしくなったのだと思った。
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