第13話 勝負の決着は、まだついていない
「あのぉ……。ロックミュージック研究会は、ここで間違いない……のかな……?」
小さな音を立てて、遠慮がちに開いた扉の向こうには、丸メガネをかけた小柄な女の子が立っていた。フリーに続いて、これまたどこかで見たことがあると思ったら、タムこと、
「せやで~。ここがロックミュージック研究会の部室や! この子が、部長のちぃで、こっちのさえないメンズがヒラの
一番新入りのくせに率先して、俺たちの紹介をするフリー。しかも、いつの間にか副部長に就任している。いくらなんでも
タムは、勢いに押されて「はぁ」と何ともいえない返事をする。
「おい!! ヒラのってなんだよ。苗字みたいじゃないか。余計なもんつけなくていいんだよ。それから、お前はいつから副部長になったんだ?」
「お? おっ!? おぉっ!!? タメ口やん!! 陽太は、熱くなると敬語じゃなくなるんやな~。まぁ、細かいことは、気にせんでええやんか。ちっさいなぁ~。女の子にモテへんで」
女子に言われるとダメージが大きいワードBEST10(俺調べ)に入る言葉が襲いかかる。ぐぬぬ……と思うのみで、具体的に反論することができない。
「それで、あんたは? 入部希望者やんな?」
「えっと……うん。ちぃちゃんが、部長さんやってるなら入りたいなって」
自然と俺たちの視線は、千冬に集まる。千冬は「えっ? 私?」と呟いて、キョトンとしていた。
「ちぃ、ご指名やで。──なんや、その顔は? 友達と違うの?」
「えぇと……。ごめんなさい。誰──、ですか?」
意外すぎる答え。てっきりタムと千冬は、友達でこそないものの、知り合いなのだと思っていた。だが、千冬のリアクションを見る限り、知り合いですらないようだ。
「私は……えっと、田村真莉。私が勝手に、一方的に知ってるだけだから、謝らないで」
「ちぃちゃん」とまで親し気に呼んでいるのに、そんなことがあり得るだろうか、という疑問も、当の本人が言っているのだから無駄な疑問なのだろう。
「そ、そうなの……? ごめんなさい。私はあなたのことを知らなくて……」
「本当、大丈夫だから。謝らないで」
タムは千冬に向かって、広げた両手を差し伸べた。
「なんや? よう分からんけど……。あんたも入部希望者で間違いないんやな?」
「うん。……他の部活と掛け持ちになっちゃうけど、ちぃちゃんが部長さんやってる部活なら、私も入部したい!」
大事なことなので二回言いました、とばかりに力強く告げる。
当の千冬は、予期せず話題の真ん中に連れ出されてしまい、どう反応していいか分からないようで、曖昧な表情を浮かべている。あえて言えば、困った顔。
「入部希望なら大歓迎」
困惑する部長に変わって、佐々木先生が顧問らしくタムの入部希望の意思を受け取った。
「ということはこれで、廃部はなし……ですよね?」
「そう。案外簡単だった。正直、君たちにはそこまで期待していなかったけど、一安心」
俺が確認すると、先生は随分と失礼な物言いで答えた。
「ちょい、待ちっ!! 廃部ってどういうこと!?」
当然の反応だ。
二人はロミ研が置かれている事情を知らない。図らずも、自分が入部する予定の部活を廃部の危機から救っていた、など知る由もない。
「君たち二人が入部を希望しなかったら、ロミ研は廃部になってた……かもしれない」
先生は無表情で短く告げる。「えっ?」と驚く声。
「廃部って……。無くなっちゃうところだったんですか?」
「そう。でも、もう問題ない」
タムの不安そうな顔が見えていないのか、先生は無表情のまま、決定事項をただ読み上げるだけと言わんばかりに淡々と答える。
「ま、まぁ、なんにせよ廃部の危機は、うちらのおかげ? で回避できたってことなんやろ? めでたし、めでたし、やん。それなのに、なんで二人はそんな深刻な顔してるん?」
どうやら俺たちは、そんな深刻な顔をしているらしい。だとしたら完全に無意識のものだ。フリーは大雑把な言動によらず、観察眼は鋭いようだ。
どう説明したもんかと考えていると、先生がなおも淡々と説明を始める。
「二人は勝負をしている」
「「勝負?」」
フリーとタムの声が重なった。
「そうだ。俺と千冬は、どっちが多く部員を集められるか勝負をさせられてる」
先生の先陣に乗っかる形で補足する。
「あはは。なにそれぇ。おもしろそうだね」
タムがのんびりと笑う。
「全然面白くないぞ。面白くはないが、俺にとっては大事な勝負だ。なにせ、この勝負にはロックの名誉がかかってるからな。そして、勝負の決着は、まだついていない!!」
「なるほど!! ……つまり……どういうことや?」
「お前たち二人をロミ研に引き込んだのが、俺なのか千冬なのか、まだはっきりしないからな」
タムは十中八九、千冬を求めての入部希望だろう。そうなるとフリー次第で俺の、ひいてはロックの名誉が守られるか否か、その運命が決まる。
「ん? ん? どういうこと? よく分からないなぁ」
タムの疑問に、先生が答える。
「つまり、君たち二人がどちらの呼びかけで入部を決意したか、で勝敗が決まる。だから、二人とも入部の動機とか、きっかけを教えてほしい。普通の子は、軽音部を選ぶ」
おい!! と声に出しかけたが、俺もそうだったことを思い出す。
「……というわけで、そのわけを
「私ですか? 私は……さっきも言いましたけど、ちぃちゃんと仲良くなるチャンスかなぁと思って……。それと、一応少しだけドラムを叩けるので、ロックミュージック研究会の活動内容に合わせられるし。それから、研究会なら正規の部活ほど熱心に活動してなさそうだし、掛け持ちも大丈夫かな~って……。だから、入部を希望しましたっ!!」
軍隊か何かと間違えているのか、後半の失礼な評価を誤魔化すためなのか、最後に元気よく敬礼をする。「サー、イエッサー」とでも言いだしそうなキレの良さだ。
どことなく、体育会系の匂いがする。そういえば、テニス部がどうとか言っていた気がする。掛け持ちしている部活というのは、テニス部のことなのかもしれない。
テニスもそうだが、ドラムが叩けるとは意外だ。大きなメガネをかけた見た目と、ほんわかした雰囲気からは、激しい運動をしている姿が想像できない。
「なるほど。つまり、真莉の入部は、千冬のポイント」
独り言のような先生の言葉に、タムは敬礼のポーズのまま曖昧に笑う。タムが千冬のポイントになることは想定内だ。問題はフリー。こちらは考えてることが全く読めない。
「ほな、うちやな? うちはそこの陰キャくんが、さっきの部活動紹介でレッチリやろう! みたいなこと言うてたからやわ。軽音部は……全然ロックやる雰囲気ちゃうかったし……」
すぐに部活動紹介の記憶をたどる。
苦し紛れに適当なバンドを並べ立てたが、その中にレッチリも入れたような気がしないでもない。まさか、こんな形で実を結ぶとは思ってもみなかった。
「ということは、
なぜか疑問形の先生に、フリーも少し悩んで首をかしげる。
「そういうことになるんかなぁ? あの時、最初にしゃべりだした、ちぃは、ほとんどなに言うてるか分からんかったし……。頭ぶつけて、かわいそうやなぁとは思ったけど……。入部希望には、なにも影響してない……かなぁ」
遠慮のない言葉に「ぐふっ」と小さくむせる音が聞こえる。そちらを見るまでもなく、千冬がステージ上でのことを思い出して悶えているのが分かった。
「となると、勝負は今のところ引き分けですか?」
「そういうことになる。私としては、これで無事に廃部を免れたから、勝負はもはやもうどうでもいい……というのは冗談。けれど、勝負を続けるかは二人にまかせる。私としては、君たち自身のためにも、ロミ研のためにも、引き続き部員集めはしてほしいところ」
笑えない冗談はさて置くとして、勝負を続けるかどうかは千冬次第だと思う。ロックの名誉を挽回したい俺には、勝負を続ける理由も意味もある。しかし、千冬は、どうだろう。そこまでの熱量があるのだろうか?
横目でその表情を見ても、考えていることは分からない。先生の言葉にもあまり反応を示していなかった。
「二人で話し合って決めるといい。真莉と弥生は入部届を出す必要があるから、私に付いてきて」
黙ったままの俺と千冬を一瞥して、先生はタムとフリーを伴って部室から出て行ってしまった。
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