第12話 ロックミュージック研究会に入部したいっ!!

「あっ!! あんた、このあいだの陰キャくんっ!!」


 関西弁に名指しで、しかも指までさされてしまったため、自動的に対処係が俺に決まる。千冬ちふゆの安堵の吐息が聞こえた。


「あ……はい。陰キャくんです。このあいだは、どうも。……で、なにか用ですか?」


「あんた、ロックミュージック研究会だったんやな!! なんで、あのとき言うてくれへんのよ。うちにぴったりの部活やんか」


 この陽キャと、まさかあなたみたいな陰キャの塊みたいな人間が知り合いなの!? と驚く千冬の視線を感じる。知り合いでは断じてない。


「えっと……と、言いますと……?」


「うち、ロックミュージック研究会に入部したいわっ!!」


 俺と千冬は、思わず顔を見合わせた。


『こいつ今、入部したいって言ったよな?』

『うん、言った』

『入部希望ってことだよな?』

『うん、たぶんそうだと思う』

『どうする?』

『えっ? なにそれ、怖い』

『……だよな』


 と、いうやりとりを視線だけで一瞬のうちにする。


「なんやねん!! 二人して見つめあって。あんたら、付き合ってるんか?」


「「そんなわけない!!」」


 同時に否定する。


「冗談やん。そんな必死に否定せんでもええのに。逆に怪しいわ」


 関西弁はケタケタ笑いながら、俺たちの顔を交互に見比べた。


「それで……本当に入部するんですか?」


「なに? あかんの? さっきの部活動紹介で、ロック好きなら大歓迎って言うてたやん。うち、ロック大好きやで」


 ブレザーのポケットに手を突っ込む姿は、お世辞にも品がいいとはいえないが、ロックが似合う風貌ではある。そういえば、前にレッチリのFreaフリーがどうとか言っていたな。


「また、ロック好き……?」


「なんや? なんか言うた?」


 関西弁は、小さな千冬の声をしっかり拾う。ちなみに俺もしっかり聞き取れた。


「……いえ、別に」


 千冬は怯えたようにふいっと顔をそむける。


「ならええけど。……で、入部するためにはどないしたらええの?」


 見た目と態度のとおり、細かいことを気にしない性格なのか、関西弁は千冬の言葉にはさほど執着せずに話題を戻す。


「そういえば……入部って、どうしたらいいんだ?」


 尋ねると、部長の千冬も知らないようで「さぁ」と首をかしげる。


「なんで知らんねん! あんたらは、どうやって入部したん?」


 普通に考えれば、入部届のようなものを提出するのだろうが、俺も千冬も佐々木先生に半ば無理やり入部させられている。正規のルートというものを知らない。


「俺たちは、顧問の先生に無理やり? ……なぁ?」


 千冬は、俺の言葉を肯定して深くうなずく。

 なんだろう……。

 関西弁が部室に現れて以降、千冬との間に妙な連帯感が生まれている。陰キャ同士、協力して対処しなければ、共倒れになると本能で悟っているのかもしれない。


「そんなら、その顧問のセンセっていうのに言うたらええんやな? で、その顧問のセンセいうのは、どこにおるん?」


 わざとらしく手のひらでひさしを作って、キョロキョロとあたりを見回す。大袈裟というか、落ち着きがないというか……。とにかく、俺や千冬とはどこまでも違うタイプの人間だ。


「どこにもおらんやないの!! あんまり熱心に顧問してくれるセンセちゃうんやな」


 いや、私物化する程度には熱心です。と思った瞬間、ゾッとする気配を感じた。スーッと音もなく開く扉が、俺の予感の正しさを証明する。


「おつかれ。二人ともよくやった」


 噂をすればなんとやら。佐々木先生は、白衣のポケットに手を突っ込みながら現れた。

 よくやったというのは、お世辞だろうか。お世辞にもよくやれたとは思えない。


「ん? 君は?」


 先生は早速、関西弁の存在に気が付いたようで、遠慮のない目でじろじろと、無表情のまま観察する。


「もしかして、顧問のセンセ? いいところに来てくれはった!! うち、ロックミュージック研究会に入部したいんですけど。どないしたらいいですか?」


 俺のような陰キャであれば、じろじろ見られた段階でひるんでしまうところだ。だが、関西弁はまったく臆することなく、むしろ堂々たる態度で先生に質問を投げかける。

 これが陽キャというやつか、となぜか俺が少しひるむ。


「入部希望者? 早速、効果が出てる。数ある部活の中からロミ研を選ぶとは、なかなか見どころがある。もちろん、入部は認める」


「ホンマですか!? やったーーーっ!! 話の通じひん二人が出てきたときは、どないしようかと思ったけど、話の分かるセンセが顧問でよかったわ」


 話は十分通じていたつもりなのだが、気のせいだったようだ。「部員募集!!」と大々的に言っておきながら、入部のさせ方も知らなかったのだから、何を言われても仕方がない。


「それで、せっかく来てくれた彼女に、二人はちゃんと自己紹介した?」


 先生は、教師らしくその場を仕切り始める。

 正直ほっとしている。俺一人で関西弁の相手をするのは、しんどい。千冬がなんの役にも立たないのは言うまでもない。


「せやせや!! 自己紹介してや。あんたら、うちと同じ一年なんやろ?」


「そう。二人とも一年」


 コミュ障を発揮して、黙っている俺たちに代わって先生が応える。先生も、俺たちのコミュ障には、一定の理解を示してくれている……はずだ。


「ほら、自己紹介。じゃあ、部長の千冬から」


 先生に促された千冬は、しぶしぶといった様子で自己紹介を始める。……かに思われたが、


神城千冬こうじろちふゆ


 と、だけ言うとすぐにそれまで同様、黙ってしまった。沈黙が部室を覆う。


「……それだけかいな?」


 沈黙を破ったのは、関西弁だった。千冬は黙ってうなずく。その態度が「他になにを話せと?」と言っている。

 態度じゃなくて、口で言ってください。


「いや、あんた、ロックミュージック研究会の部長なんやろ? 好きなジャンルとかバンドとか……楽器弾けるよ~とかあるやん」


 もっともな話だが、関西弁は重要なことを知らない。千冬は、ロックが嫌いだ。本気か冗談かは分からないが、ロックミュージック研究会をボカロミュージック研究会に変えようと企てている不届きものだ。

 そして、なにより陰キャのコミュ障ぼっちである。


「それだけ。特にない」


 はぁ~、というため息とともに千冬が、不愛想に答える。


「なんや、こっちの陰キャくんだけやなくて、可愛い顔しとるくせに、あんたも陰キャなんか?」


「私は、あなたみたいにベラベラと無駄に話すのが好きじゃないだけ」


「それを陰キャいうんちゃうの? コミュ障いうんやったっけ?」


 ズケズケと遠慮なくものを言うやつだなと思う。けれど、多少無遠慮ではあるが、悪意はなさそうだ。

 きっと、この性格で誤解され、損をすることもたくさんあるのだろう、と簡単に予想できる。これこそが、陽キャなのだろうか? だとしたら、陽キャへの道は果てしなく遠い。


「どっちでもいいよ。ほら、次は如月くんの番でしょ?」


「あ~、ほな、次は陰キャくん。そういえば、名前、知らんかったわ。陰キャくんも名前しか教えてくれへんの?」


 関西弁はあっさり千冬を開放して、今度は俺をターゲットに定める。


「名前は、如月陽太きさらぎようたです」


「明るそうな名前なのに、陰キャなんやな」


「ロックが好きです」


「そんなん、この部活におるんやから当たり前やん」


「特にジャンルとか、バンドにこだわりはなくて、ロックならなんでも好きです」


「要するに、節操がないってことやな」


「できればバンドを組んで、ライブをやりたいなぁ~って思ってまぁっす!!」


「なんで最後だけ、変なテンションなん? めっちゃきしょいで? ていうか、なんで、ずっと敬語なん? タメなんやからタメ口でええやん」


 俺が言葉を発するたびに関西弁のチャチャが入る。


「あの……その合いの手みたいなの、やめてもらえませんか?」


「なんでやねん。ええやん。会話はテンポが大事やろ?」


 俺には分からない理屈である。

 関西弁が言うのだから、陽キャはそういう世界で生きているのかもしれない。もしくは、関西方面の文化だろうか。


「それじゃあ、そのテンポってやつで、あなたの方も自己紹介をお願いしますよ」


「はいよ~!! ほな、耳の穴かっぽじって、しっかり聞いといてな」


 嫌味たっぷりに言ったつもりだが、関西弁には全く伝わらなかったようだ。


「うちは、振角弥生ふりかどやよい。古風な名前やろ~? 可愛いやろ〜? できれば、フリーって呼んでほしいわ。フリカドやからフリー……な?」


「レッチリのFreaフリーから取ったのでは?」


「おっ、正解! よう分かったやん。うち、Freaフリー様が大好きやねんっ!!」


「前に自分でそう言ってたじゃないですか……」


「あれ? そやったっけ? ていうか、まだ敬語やん。どないやねん。Freaフリー様、知ってるやろ? めっちゃカッコいいよな~」


 フリーは、目まぐるしく話題を展開させて、ケタケタと笑った。

 これが陽キャのコミュニケーションというやつか。信じられないスピード感に目が回りそうになる。


Freaフリー……ね」


「なんや、ちぃもFreaフリー様、知っとるん?」


「……誰が、ちぃなのよ!?」


「あんたに決まってるやん。千冬ちふゆやから、ちぃ。可愛いやろ? Freaフリー様ってのは、レッドホットチリペッパーズで、ベース弾いてはる人やで。めっちゃカッコいいよな?」


 フリーは、千冬の小さな抗議を軽くあしらって熱く語る。

 対する千冬は、あきらめ気味にただ黙ってそれを聞いていた。あまりにフリーが熱く語りすぎるため、千冬の顔にだんだんと疲労の色が見え始めたころ、部室の扉が三度みたび開いた。

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