第3話 それをこの陽太が証明する

「色々と言いたいことはあるんですが、とりあえず『ロックミュージック研究会』ってなんですか?」


 思い返せば、この部屋に掲げてあったプレートに、はっきりとそう書いてあった。


「……ただの弱小部。私は入らない。入りたくもない」


 俺の疑問に何故か千冬ちふゆが応える。詳しい事情は当然分からないが、口ぶりから複雑な感情が読み取れる。


「拒否権は、ないと言った」


 先生は一歩も引く様子はない。


「そんなこと百合葉ゆりはちゃんに決められる筋合いはないよ」


 油断したのか、先生をファーストネームで呼んでいる。それに少し前からタメ口だ。


「私は千冬の担任」


「そんなの関係ないよ!! 百合葉ちゃんは、部員を確保したいだけじゃん!!」


「もちろん、それもある……」


 ……あるんだ。

 あっても言っちゃダメな気がするが、正直なのは教育者としていいことだと一応フォローしておく。もちろん心の中で。


「……あるけど、私は千冬に楽しく高校生活を送ってもらいたい。千冬も自分を変えたくて、高校ではちゃんと学校に来るつもりでいる。違う?」


「それは……それはそうだけど……。でも、ロミ研は嫌!!」


 二人の話からかろうじて千冬が不登校児であったらしいことが分かる。あとは、ロミ研って略すんだ。とか、どうでもいいことしか分からない。

 完全に置いてけぼりだ。


 口をはさむ理由も権限もないので、黙って成り行きを見守ろうと思う。


 そうだ。ここは訓練も兼ねて陽キャっぽく、ツッコミを入れてみよう。実際に口に出すのはまだはばかられるから、もちろん脳内で。何事も練習あるのみだ。

 こんな風にだれかに囲まれるなんて滅多にないのだから絶好の機会だ。


「ロミ研なら私の管理下にある。つまりどうにでもできる。それに陽太もわりとどうにでもできそう。この学校は、何かしら部活に入らないといけない決まり。それなら、千冬にとってロミ研はうってつけの部活」


 早速のツッコミ待ちってやつですね。「どうにでもできそう」って、たったの半日でそれが分かるんですか? さりげなくすごいこと言ってますよ、先生。

 というか、この先生、結構アレな先生かもしれない。ところどころ「ん?」と思うようなことを平気で言っている。


「それはそうだけど……」


 その肯定は「ロミ研がうってつけの部活」ってところに対してだよね? 俺をどうにでもできるってところに同意してるわけじゃないよね? ……このツッコミはイマイチだな。


「でも、やっぱりロミ研は嫌だよ。ロックなんて……ロックなんて、私は絶対に嫌だ!!」


「ちょっと待て! 今朝もそうだが、ロックをバカにするのだけは見過ごせない」


 図らずも口をはさむ理由ができてしまった。脳内ツッコミは、どうやらここまでのようだ。

 朝、俺につっかかってきたときと同じ顔がこちらを向く。こいつはロックを敵視している。理由は分からないが、間違いない。


「は? バカになんかしてないけど?」


 振り返った千冬の声は佐々木先生に向けていたものと違い、挑戦的で語気が強い。


「してるだろ。ロックはオワコンだって言ったり……」


「事実でしょ? もうとっくの昔に死んでるし」


「ロックは、死んでなんかない。今もちゃんと生きてんだよ。お前にそれを感じる気がないだけだ」


「陽太の言うとおり。ロックは終わってないし、ましてや死んでない」


 先生の言葉が割って入る。重心は明らかに俺寄りだ。心強い味方だが、なんとなく背中は任せづらい。


「……それをこの陽太が証明する」


「「えっ!?」」


 俺と千冬の声が再び重なる。ちらりと見ると目が合ったが、千冬はすぐに顔を背けた。

 見てられない顔とでも言いたげだ。


「先生……証明って……?」


「陽太と千冬でちょっとした競争をしてもらう」


 訊くと先生は平然と言ってのけた。

 本日二度目のちょっと何言ってるか分からないです。ほらね、この先生は背後から平気で刺してくるタイプだ。


「ちょっと待ってよ。如月くんが、証明するんでしょ? それって、如月くんの問題じゃない。なんで私まで巻き込まれるの?」


「千冬に勝つことで証明になる」


「何を言ってるのか分かんないよ」


 俺も全くわかりません。初めて千冬の意見に完全同意だ。


「説明する」


 先生は俺と千冬を交互に見ると、近くに寄るよう手招きをした。どうせ俺たちしかいないのだから、内緒話風にしなくてもいいと思うのだが黙って従う。

 

 千冬が近くによると華のような甘い香りが鼻先をかすめた。少し距離が縮まっただけなのに妙に照れ臭い。

 匂いにつられるようにして千冬をチラリと盗み見ると、また目が合った。

 しまった! と思って目を逸らそうとする俺より先に、千冬が目を逸らした。また、悪態をつかれるかと思ったが、千冬は何も言わずそのまま先生の方を向いて視線を固定した。


「さっきから言っているとおり、まず、君たち二人には『ロックミュージック研究会』の部員になってもらう」


「だから、部員になんてなりたくないんだけど……」


 千冬は溜息混じりに言った。さっきとほぼ同じやり取り。ここから先に話が進むのか心配になる。


「そう。それなら千冬の不戦敗。それはつまり、ロックの生存を認めるということ。二度とロックが死んだなんて言わせない。ロックに忠誠を誓うと、この場で約束して、誓約書を書いてもらうけど、いい?」


 先生の目は本気だ。さっきからひっかかっていたことが確信に変わる。先生、あなたさてはロックが好きですね?


「そんなの嫌だよ。絶対認めない」


「陽太はどう?」


 顔だけこちらに向けた先生は、相変わらずの無表情だ。無表情か、下手くそな笑顔かの二種類しか表情を持たないらしい。


「ロックミュージック研究会っていう名前は魅力的だと思いますけど、でも軽音部に入りたいかなぁ~、なんて……」


「それはおススメしない」


 まさに、ぴしゃり。……なんか先生、怒ってます?


「軽音部に入るくらいなら、ロミ研の方が絶対いい」


「なんでです? バンド組んでライブとかやりたいんですけど、ロミ研ってそういうの、できるんですか?」


 ライブは目的ではなく手段。それも最終手段だが、それは黙っておく。


「結論から言うと、できる。ただし、陽太次第」


「俺……次第……?」


「そう。陽太が千冬に勝てれば、必然的にそういう方向に進むことになる。陽太がロミ研部員になるメリットはそれ。ちなみに、軽音部に入ってもどうせ陽太はバンドを組めないし、ライブもできない」


 どういう意味だろう。特にというところがひっかかる。言外にバカにするような雰囲気があるのは気のせいだろうか。

 ただ、理屈はどうあれ、先生は本当のことを言っているように思えた。少なくとも、俺をロミ研に入れたいがための方便とは思えない。

 ロックへのこだわりはあるが、軽音部にこだわりがあるわけではないから、先生に従うことにさほど抵抗はない。


 気になるとすれば、千冬との競争のほうだ。


「それで、俺は何をさせられるんです?」


 実質、入部希望の意思表明だった。それをいち早く理解した千冬が、一瞬だけこちらを見る。動きだけで驚いているのが分かった。「お前、本気か?」とでも思っているのだろう。

 入部を拒む一点で俺と共闘しているとでも思ったか? 甘いね、千冬


「二人にはロックミュージック研究会の部員を確保してもらう。競争だから、より多く集めてきた方が勝ち」


 ほほぅ……。

 なかなか高難度のお題だ。なにせ俺は今朝、盛大にやらかしているのだ。クラスでの立ち位置は、マイナスからのスタート。よって、一番手近なクラスメイトを勧誘するという手が使えない。できないことはないが、できない。


 若干、千冬に有利なお題ではないか。と思ってチラリと千冬を見ると、驚くほど青い顔をしている。赤くなったり青くなったり忙しいやつだ。

 そういえば元は白い肌をしている。トリコロールかよ。


「私はまだロミ研に入るなんて言ってないから……」


 震え声。


 この使い慣れた震え声からして、コミュ障のぼっちだというのは本当なのかもしれない。あれ? ぼっちとまでは言ってないか。まぁ、どちらでもいい。


 今の千冬の状態は、チャンスかもしれない。

 千冬が青くなって声を震わせている今こそ、ロックをバカにされた借りを返す時だ。


「あれぇ? 千冬さん、もしかしてビビってますぅ?」


 軽くジャブを打つ。


「誰が、何にビビるのよ」


 言葉こそ威勢はいいが、握った拳が震えている。確実に俺のジャブが効いている。

 ここしかない。一気に全額借りを返す。一括返済だ。


「なら、勝負しましょうよ。言っておきますが、部員を集めるのなんか簡単ですよ? なにせロックはしっかり生きてますから。ロック好きもたくさんいます。それなのに、そんな現実には目をつぶって、千冬さんはロックなどとっくの昔に死んだと言うんでしょう? 千冬さんの理屈だと、ロック好きなんかほとんどいないことになる。自論に自信がおありなら事情を話して、それに賛同する人を集めたらいかがです?」


「煽るときに敬語になるのやめて。気持ち悪い」


 俺の口から、「ぐっ……」という声とも音ともいえないなにかが漏れた。

 いいカウンター持ってるじゃないですか。まぁまぁダメージをくらいましたよ……。


「……やってやろうじゃない。如月くんより多く部員を集めて、ロックミュージック研究会を『ボカロミュージック研究会』にでも変えてやる」


 ボカロミュージック? なんだそれ。

 よく分からないが、音楽自体が嫌いなわけではないのか? 嫌いなのはあくまでもロックというわけか。

 けれど威勢の割には、やはり震えている。


「それなら、今この瞬間から君たち二人はロミ研の部員。それでいい?」


 先生はこの機会を逃すまいと割って入る。俺と千冬は、二人そろってにらみ合ったままうなずいた。


「詳しいことは明日、説明する。今日はもう下校時刻。明日の朝一で、もう一度ここに来ること」


 先生は無表情のまま高らかに宣言した。下手くそな笑顔でやられるより、無表情の方がいくらかマシかもしれない。


 千冬には絶対に負けられない。ロックが死んでいないことを証明しなければならない。千冬にそれを分からせる。俺はそう固く心に誓った。


 なんだか最近は、色々なことを心に誓ってばかりだ。

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