006.王様は今日もまた祈られた
もやもやした気持ちで封を開くと、お馴染みの文面がそこにはあった。
『厳正なる選考の結果、誠に恐れ入りますが、ご希望に添いかねる結果となりました。
貴君の今後のご活躍とご健勝を心よりお祈り申し上げます────』
咄嗟の防衛機制が働き、感情はコールド。
淡々と手紙を畳んで個人情報を塗りつぶしてダイスとボックスへポイ。
それから、ドアと窓をしっかり閉めて。
「うわああああ! 貴君ってなんだよぉぉ!?」
振り切れたストレスを発散すべく、絶叫した。
「あー。くそ、くそ!」
ガリゴリ頭を掻きながら、リビングでリモコンを弄る。
クルクル録画リストが画面の上を流れていくが、どれも観る気にならない。
「ただいまぁ」
玄関からどこか間の抜けた声が響く。
「あら、『王様』。お昼食べた?」
「あ? …………食べた。作ってくれてありがと」
「そう。よかった」
苛々してる時に母さんののんびりしてる話し方はやたら癇に障るのだが、イラっとしながら振り返った時に目に入った、母さんの普段よりすこしおしゃれな服と疲れた顔が俺の理性にブレーキをかけた。
これは、たぶん────。
「…………今日は夕飯唐揚げ買ってきちゃおうかなあ」
予想通り、母さんはそう言っておしゃれなジャケットを脱ぐと楽なマウンテンパーカーに羽織り直して、財布とエコバッグを掴んだ。
「唐揚げ、いいな。タレ味のやつ買ってきて」
「あんた、それ好きだね」
母さんはそう言って、ふふふっと笑った。
笑ってくれたから俺の心は少しだけほっとする。
「あっ、
「はいはい」
慌てて玄関に向かって叫ぶと、母さんは笑いながら出て行った。
「唐揚げにはタルタルソースだろ」
笑われたことに口を尖らせながら、でも、母さんの笑い声に心は穏やかだ。
母さんは疲れると近所の唐揚げ屋で唐揚げを大量に買ってくる。ガキだった頃は大量のデカ唐揚げの山に歓声を上げて貪り食ってたが、高校卒業頃から母さんの唐揚げパターンがわかってきた。忙しい時とかメンタル的にぐったりした時に唐揚げで夕飯づくりのタスクを無理ない負担に調整しているのだ。
俺たちは『役割』持ちの一家だ。俺は王様、母さんは皇妃────と来て、父さんはなぜか武器商人だ。ちなみに皇妃は
「ほんと、
「お、おおう?
タルタルソースをよそった皿に唐揚げを沈めながら答える。今日の唐揚げを迎えるメンバーは俺定番のタルタルとポン酢とサルサソースだ。サラダはキャベツとタマネギ。
口数少なく親父と競うように唐揚げを頬張っていると、おかしそうに母さんが笑った。
「そりゃあ男の子でも唐揚げ好きじゃない子もいるでしょうね。でも…………ふふふ、あんたたちが唐揚げ食べてる顔見ると、疲れもふっとぶわ」
そう言って母さんも唐揚げを頬張った。
何とも言えない想いで親父と視線を交わす。
「…………そりゃどうも」
こほんと空咳をひとつして親父が汁椀の中身を一気に流し込んだ。
「母さん、味噌汁お代わり頼んでいいか」
「もう! まだ熱いから自分でよそって。私も出来たて食べたい」
「そうか、取って来る」
親父が椅子を引く音を聞きながら母さんが幸せそうに唐揚げを頬張る顔を盗み見て、俺もちょっと笑ってしまった口元を、米を頬張ることで誤魔化す。
唐揚げにポン酢と大根おろしを乗せた母親がおっとりと俺に微笑む。
「そういや、
喉に詰まった米粒を噴き出してしまい、中学生以来にゆっくり食えと両親に叱られるという懐かしい経験をした。
「キキ、キクン、キクン…………」
ほどよい陽気の縁側で、食べ終わったポッキンアイスの容器をくわえペコペコ揺らしながら折り紙に勤しむ。
「できたっと」
三角形に折った白い紙を繋げて、おーまいぐっねーす! 立派な王冠が出来ました!
「って要らねーわ!」
祈り祈られた不採用通知の王冠をそのまま叩き付けて、いそいそとゴミ箱に捨てた。いやほんとマジ何。ヒマに飽かせてアホな大作を作ってしまった…………。
そんな一人ボケツッコミをたしなんでいると、庭の生垣の向こうから寝ぐせの跳ねた一本しばりの少女が顔を出した。
「王様、おうさま~!」
「『皇帝』か…………何しに参った」
「時代劇みたいな口調やめてよー」
「時代劇じゃねーわ。用事か? さっさと入って来い」
生垣の向こうでぴょんぴょん跳ねていた不審人物は門扉の方へ走っていく。
上半身を伸ばして壊した王冠を捨てたごみ箱を居間のカーテンの影に押し込めた丁度その時、狭い庭を突っ切って眠そうな顔の女子中学生が突撃してきた。
「ただいまーっす!」
「おかえりーって、ここはてめーの家じゃねーよ!」
ニコニコした女子中学生はポンと俺の隣に座ると自然な動きで仕舞ったばかりのごみ箱を手に取った。
「うわー! 王冠だあ!」
「…………」
こめかみをゴリゴリと押してから、俺は鋭く声をかけた。
「触るな」
「えっ!」
ビクッと肩を跳ねさせて、隣町の女子中学生こと、
「それに触るな。いいか、触ると」
俺は一段と声を落として、真剣な顔で皇帝を見つめた。
「受験に落ちる」
サッと離れた両手からゴミ箱が庭に落ちてバウンドした。
「こっわ!」
「こっわじゃねーよ。人んちの庭にゴミ撒くな」
サンダルを履いて散らばったゴミを拾いながら俺は母さんが窓際に置いたおしゃれトレイを顎で指す。
「そこにある菓子食っていいぞ。塾帰りか? 休みに受験生ごくろーさん」
「ごちそうさまでーす! …………塾でテストだったよ。つかれたー」
皇帝はトレイの上の菓子皿にあったミニどら焼きを頬張りながら(母さんがカロリーを気にして最近は和菓子しか用意してくれない)、重そうなリュックを縁台に下ろした。女子中学生は受験生であり、自宅の隣町であるこの辺の進学塾に通っている。成績は志望校ギリギリらしい。
「聞いてよ。今日来た臨時講師がさー、役割持ちでさあ! わたしのこと皇帝って呼んで自分でビックリしてさあ!」
役割持ちは相手の名前が役割で聞こえるが文面上は本来の名前が表示される。きっとその講師は名簿の名前を読んだつもりで驚いたんだろう。
「よくあるよくある」
「でもさあ! そのあと、『皇帝ならもっと頑張らなきゃね』とか言いやがるの! ムカつくあのメイジ!」
「うわー、そんなセンシティブなこと言っちゃったの? それ苦情が行くんじゃねーの」
「行かないよ。わたし、あの塾で友達あんまりいないもん」
「…………塾は塾だしなあ」
たぶん、その講師の発言の『皇帝』部分は役割持ち以外にも聞こえただろう。こういう時、役割持ちはセンシティブになる。役割と自身の違いのセンシティブさについては役割持ちの間では暗黙の了解になっているのでそれぞれがこういった失言には注意を払うものなんだが。どちらかと言えば、役割を持たない人間がからかい半分悪意増し増しで言うことの方が多い。そんなふうに昨日の疲れた母親の顔を思い出して渋面になる。
「メイジなー。自分は魔法使いだとか周りに吹聴してそうだよな、そいつ」
「よくわかったね。前臨時で授業に来た時に休み時間に言ってたみたい。
…………はー、ムカつく―! それからなんかコソコソ言われてる気がするもん」
不満でほっぺたを膨らませて、皇帝は次のどら焼きに手を伸ばした。
「自分が役割をオープンにしてるから、他の人間についても気にしてねーんだろーな。そういうヤツは」
モグモグどら焼きを咀嚼しながら、自分の荷物から取り出した持参の水筒を一気に煽り、そして視線を落とした。
「────王様もこういうことあった?」
ぽつり。
尋ねるちいさな声に俺は、今度はさっきとは逆に意識して明るく声を出す。
「あったあった! 『王様なんだから受験なんて余裕じゃねーの』とか言われた!」
「げっ、最悪! だから、こういう『役割』なんて」
「だから、教科書暗記しまくってまあまあの点数取ってやった!」
「げぇ…………」
うんざりしたような顔で皇帝は俺を見た。
「そういうのいらない…………」
重いため息をついて、縁台に崩れ落ちる少女を横目に俺は回収を終えたゴミ箱を居間に戻す。中ではたくさんの祈りが込められた白い三角形が柔らかな日差しを弾いてキラキラしている。
「わたしはそういう頑張りは無理ぃ」
俺はミニどら焼きをひとつ摘まんで縁台の逆の端に胡坐をかく。
「それでもなー。その努力はムダじゃなかったけど、努力だけじゃどーにもなんねーこともあるんだわ」
伏せた顔から唸るような声が聞こえた。
「王様がいいとこに就職できるように、祈ってるね…………」
センシティブな胸を押さえて、俺は叫んだ。
「祈んないで!」
俺にとっての暴言に気付かず、皇帝はあははと明るく笑った。それにつられて俺もしかめ顔を作りながら耐え切れず笑った。
似たような役割持ちだけど役割は同じじゃないし、人間としても環境も立場も違う。
役割持ちだからすべてわかってと押し付けたらアホみたいにどんよりしてつらいだろうけど。
欠片だけわかって後はわかんないだろうなって互いに割り切った距離感は、お互いにだいぶラクになるなって思った。
「よし、今度は俺が皇帝の合格祈ってやるわ」
「えっ、ほんとに? うれしい、ありがと!」
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