002.大神官だけど、スライムになりたい



 ある日、この世界とファンタジーな異世界がくっついた────。

 といっても、突然お城が出て来たり魔王の軍勢が国会議事堂へ攻めて来たりしたわけではない。

 ただ、向こうの異世界での『役割』がこっちの世界の多くの人たちに振り当てられたのだ。

 けれども、この世界で生きるための立場が免除されたわけでもないので、大人たちは『役割』をもつことを『兼業』と言っている。

 ちなみにボクは『大神官』を兼業する小学五年生である。


「今日の帰りにバトルやる奴────! 今日は大決戦やろうぜ!」

 アイアンアント君の声に教室のあちこちから手が挙がる。

 唇を軽く噛んでから、思い切ってボクも挙手する。すると、ボクに気付いたアイアンアント君が素っ頓狂な声を上げた。

「はーっ? 大神官来んの? え、オマエ何すんの」

 教室のみんながどっと笑ったのは、アイアンアント君が思わず出した声が面白かったからだ。…………それはわかってる。

「ボク、も、少しレベル上がったし」

 泣きだしそうになるのを堪えてボクが言えば、アイアンアント君はボクの開きっぱなしのステータス画面を覗き込んだ。

「ゆーても、レベル5じゃん。それで何すんの。隅っこでお祈りでもすんの?」

 言葉に詰まった。

 大神官であるボクには、攻撃手段が無い。かと言って味方の戦闘能力を伸ばすような補助技能スキルもない。ボクに出来ることは『神の声を聞く』ことだけだ。ちなみに『役割』が振り当てられた日、ボクが聞いた託宣は『異世界異世界ってうっせーな。だったら、おまえらも異世界にしてやるわ、バーカ』だったがあまり他人に話していない。

「来たいなら来てもいいけどさあ」

 アイアンアント君は腰掛けていた机の上から降りて、腕組みしながらジロジロとボクを見た。

 この場面で特筆すべきことは、アイアンアント君は卑劣なイジメっ子ではないということだ。

 普段の学校生活での彼はボクと組んで授業を受けることもあるし、休み時間のサッカーは一緒に遊ぶ。けれど、バトルだけは別だ。

 アイアンアント君は『役割』を使ったバトルが強い。

 バトルというのは、異世界の『役割』ごとに人間側と魔物側に別れて行う戦闘のことである。

 アイアンアント君自身はレベル十程度の魔物側の役割を持っているが、このクラスのバトルではいつもMVPだ。レベル十以上のクラスメイトはたくさんいるけど、彼は仲間の特性を生かした団体戦の指揮がうまいのだ。役割を振り分けられた仲間をその特徴ごとに配置し作戦を練って立ち回るのが抜群にうまい。こういう団体戦は人間も魔物も関係なく現代社会人に役割を振り当てたために広まったものらしく、神様も以前バトルの様子をご覧になって『ほー、色々考えてんなあ』と感心しておられました。他人事だな、神様。

 閑話休題。

 とにかく、そんな感じで色々言われて僕の脆い涙腺がいよいよ崩壊しそうになった時、オークさんがアイアンアント君の前に進み出た。

「そういう言い方って無いと思うの。いじめは本人がやったって思わなくてもやられた人が傷ついたらいじめなのよ」

 ぴんと背筋を伸ばして眼鏡越しに睨みつける女子にアイアンアント君はたじろいだ。

 オークさんは見た目こそ背の低い細身のか弱い女の子で実際体育もニガテだけど、役割のオークはレベル三十くらいの強い魔物モンスターで、バトル上の一騎打ちならアイアンアント君はまったく敵わない。あと、オークさんは大人しそうな見た目に反して意外と気が強いので、役割関係なく口喧嘩でもアイアンアント君にはまったく勝ち目はない。

 うっ、と唸ったアイアンアント君がかわいそうになってボクは慌ててオークさんの腕を掴んだ。

「ごめ────っ、ごめん! アイアンアント君は悪くないよ。いじめだなんて思ってないよ!」

 眉をひそめたオークさんが今度はボクを見て頬を膨らませる。

「大神官君も大神官君だよ? レベルアップしたのが嬉しいんだろうけど、皆とバトルするならもうちょっとレベル上げて、少しずつ慣らしてからにしなよ」

「うっ、うん。ごめん…………」

「お、おう! 今度小規模戦やる時、誘うからよ」

 冷や汗をかきながら「ごめん」「大丈夫」を繰り返すボクの目の前、オークさんの後ろでアイアンアント君が片手でゴメンのジェスチャーを送りながらダッシュで教室から出て行った。

「あ────っ!」

 オークさんはボクが腕を掴んだままだったせいでアイアンアント君たちを追いかけることが出来ず、そのまま逃がしてしまった。悔しげにドンドンを足を踏み鳴らす。

「ちょっと、大神官君! 今日はアイアンアント君が日直だったんだよ!? もう、大神官君も黒板消し手伝ってよね!」

「えええー……」


 日直の仕事を終えた帰り道、ボクはいつもの公園に寄り道した。

 はあっと大きなため息をついて隅のベンチに腰掛ける。

「なんでボク、大神官なんだろ」

 せめて少しでも攻撃力がある役割だったら、そう何度思ったことか。例え最弱のスライムでもアイアンアント君のチームならきっと活躍できるだろう。

 いつの間にか頭が垂れて汚れたスニーカーの爪先を見つめていると、剥き出しの首筋に冷たい何かが押しあてられた。

「うわっ!?」

 悲鳴を上げて顔を上げると、そこには茶髪の男子高校生が立っていた。

「何またしょげてんだよ、あん?」

「…………スライムくん」

 適度に崩した制服姿のスライムくんはボクの隣にドサリと座った。再生樹脂製の茶色のベンチが揺れる。

「大決戦に入れて欲しいって言ったんだけど…………ボク、レベル5になったから」

「そりゃ、レベル5じゃまだ早ぇーだろ。おまえのクラスって冒魔どっちも平均レベル割といってたよな」

 ボクの手の中に自分と同じ炭酸飲料の缶を押し付けてスライムくんは言った。スライムくんの手元でプルタブを起こした缶がぷしゅっと音を立てる。

「だけど、早く入れて貰わないと冒険者側のレベルがまた上がっちゃうから…………」

「どうせロックがかかるんだし、関係ねぇだろ?」

 『役割』は魔物と冒険者────人間側に別れている。どちらも個性豊かな能力スキルを持っているが、魔物側と違って人間側には『レベル』という概念がある。人間側は等しくレベル1から始まる代わりに、魔物を倒しレベルを上げて強くなることができるのだ。その事実を知った時、ボクは震えた。それって人間側がみんなレベルを上げたら一方的なギャクサツになるでは。

 …………ところが、異世界は優しかった。

 バトル時に人間側のレベルがあまりに魔物側より高いと、人間側のレベルにロックがかかって能力の調整が入るのだ。

「だけど、どうせならロックのかからないうちにボクもみんなとバトルしたくて」

「…………そうそうロックはかかんねーよ」

 しょぼんとしたボクの背中をスライムくんは軽くトントンと叩いた。

「ほれ、しょーがねーな。オレがバトルしてやるから」

 スライムくんはボクの返事を待たずに真面目な口調で「バトル」と呟いた。すると、スライムくんの身体を薄い光のオーラが包む。

「ほら」

「…………うん」

 スライムくんに促されたボクもまた「バトル」と呟き、ベンチから降りた。

「かかってこい」

 にやりと笑うスライムくんへ、ボクは拳を握って殴りかかった。

 背の高いスライムくんのお腹辺りをポスポスと殴る。殴る殴る。

 スライムくんも、たまにボクの頭をポンと叩くが、スライムくんはスライムなのであまりダメージを受けない。そもそも、『バトル』は痛みもほとんどないんだけど。

「────お、やられたな」

 スライムくんが自分の頭上を見て呟いた。つられてそちらを見れば、丸いボールに悪魔の羽根がついたタマシイがひょろひょろと天に昇っていくところだった。するとどこかからかジングルが元気よく鳴り響いた。

「あっ! レベルが上がった!」

「おー。おめでとさん」

「やった、レベル6だ!」

「もうちょっと頑張って10くらいになったら、皆と遊べ────バトルできるかもなー」

「うん!」

 実はボクはずっとこの公園でスライムくんと戦ってレベルを上げているのだ。武器も持てない戦闘能力スキルもない、素手で殴ることしかできないボクとスライムくんはバトルしてくれる。ボクのレベル5はスライムくんとのバトルの経験が詰まってる。

「スライムくん、レベル10になっても、ボクと遊んでくれる?」

「いつまでもガキの相手してらんねーんだけどなあ。まあ、でもジュースくれーはおごってやるよ」

「ありがと!」

「だけど、10までまだかかるからまだまだ先の話だなー」

「うーん、うん。でも、がんばるよ!」

「六年生になる前に10まで行くといいな」

 スライムくんは笑いながらぐしゃぐしゃとボクの髪を撫でてくれた。

 向こうから悪魔の翼を付けた丸いボールが飛んで来た。スライムくんのタマシイだ。人間は復活するのに手順が必要だけど、魔物は一定期間経つとタマシイが自動的に戻って来るのだ。

 タマシイを迎え入れたスライムくんは缶の中身を飲み干してから、ボクを見た。

「あー……もう一戦つきあってやるか?」

「ほんとう!?」

 スライムくんはすごく優しい。

 ボクは大きくなったらスライムくんみたいな大人になりたい。

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