アポイントメント!~勇者と魔王とスライムと……兼業なので連絡ください~

001.こんにちは、魔王です


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件名:訪問日について(光の勇者)

本文:

西新宿の魔王様


いつもお世話になっております。光の勇者です。

明日お約束した10:30~14:00予定のバトルですが、こちらでお昼からどうしても外せない用事が出来てしまい断念せざるを得ない状況になりました。

お詫びといってはなんですが、魔王様のご都合がよろしければ十時半から少しだけですが、いつものカフェでお茶など御馳走させてください。

年末年始のお忙しい中、折角お時間を調整して頂いたのに大変申し訳ありません。

バトルにつきましては改めて日程を調整させて頂ければと思います。

お返事お待ちしております。


光の勇者

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 ドアベルが涼やかな音を鳴らすと、愛嬌のある声が店内に響いた。

「あっ、お久しぶりですー! 今日はごめんなさい!!」

 両手を合わせて肩をすくめ、申し訳なさそうに謝るのは明るい雰囲気の女性だ。ゆるふわの髪をハーフアップでくりるりんぱ。忙しい朝にもオススメの可愛いヘアアレンジにカジュアルだけどきちんとしたパンツ姿。

「いえいえー、お気になさらず。お元気でしたか?」

 反射的に椅子から立ち上がろうとした私に慌てて突き出した手のひらの仕草で「そのままで!」と伝えて、彼女はそそくさと向かいの席に座った。店員がお冷を提供し、上着を脱いだ彼女が落ち着くのを待って私は尋ねる。

「今日はこれから幼稚園の行事か何かですか?」

「そうなんですよー! インフルエンザで学級閉鎖があって定期総会がズレ込んでしまって、急遽今日のお昼から行うことになってしまって。今年の保護者は『役持ち』が多くて、『役持ち』が役員辞退の条件から外されちゃって! 総会に欠席すると出席者に選出を委任することになるんですが、委任と言ってもくじ引きなので────私、やたらクジに当たってしまうタイプなので委任した場合百パーセント当たってしまうような気がするんですよ。それで、魔王さんにはほんっとに申し訳ないんですがあちらに参加させて頂くことに…………ごめんなさい!」

「大丈夫ですよ。今年は勇者協議会の役員もやられるんでしょう。幼稚園と協議会の両方じゃ疲れちゃいますよ」

「ありがとうございます…………ようやく下の子が幼稚園に入ったので少し手が空いたかなって思ったらあちらもクジに当たってしまって。幼稚園の役員の方は私が出て自分で頑張ってクジを引けばもしかしたら少しは当たる確率も減るかなって思うし、万が一当たっても事情を知ってるお母さん方が配慮してくれるかもしれないので」

 しょぼん、と眉を八の字にして彼女は言った。

「本当は年少のうちに幼稚園の役員はやってしまった方がいいんですけどね。協議会と幼稚園役員の両立は────私にはキャパオーバーかなって」

 …………光の勇者は何人も居る勇者の中でも最強と謳われた勇者だ。その勇者をしてキャパオーバーと言わしめる役員とはなんと恐ろしいモノなのだと、私は戦々恐々とした。子供ができたら気を付けよう…………。

 そんな私の内心を察したのか、彼女は慌てて顔の前で手を振った。

「あっ、ちゃんと両立出来ているママたちもいるんですよ! ただ、私には無理ってだけで…………」

「すごいですね、その方たち…………」

「ほんっと凄い方たちです」

 少し疲れたような表情を浮かべた彼女を見て、ああそうか、光の勇者として彼女もまたその凄いママたちのような働きを求められることもあるのだろうと察した。そうか必要な能力が違うのだな。

「それより────魔王さんの方こそ、今日は忙しかったんじゃないんですか? スーツ姿だし」

 心配そうな顔で勇者に指摘されて、私は赤面した。

「いえ────その。朝家を出る時まで出勤日と間違えてスーツのまま出て来てしまって」

「え。やだもう! ふふ、魔王さんったら意外とうっかりですねっ! 今日、日曜日ですよ?」

「休日出勤が続いていたので、つい」

「…………やだもう! ちょっと大丈夫ですか? 三か月前にお会いした時も十連勤明けだって言ってませんでしたっけ!?

 ────それってもしかしてブラックなんじゃないんですかっ!?」

 一変してコワイ顔で距離を詰める勇者さんに私は慌てて否定する。

「ち、違うんです。私の能力不足なんです! ほら、まだ今年入ったばかりで慣れなくて仕事が遅くて、働いているのに逆に皆さんに迷惑ばかりかけていて────」

「新入社員の仕事の進み具合を管理するのも管理職の仕事でしょう!」

「でっ、でも、私、ずっと入りたかった会社なので…………そのっ!」

 疲れているのだろうか、思わずじわっと涙ぐんでしまった私に気づいて、勇者さんは気まずげに浮かせた腰を下ろしてくれた。

「ごめんなさい、私ったら。魔王さんが無理してるんじゃないかって思って」

 ふるふると力なく頭を振って、私は目尻に滲んだ涙を拭った。

「だいじょうぶです。勇者さんみたいに心配してくれる人もいるし、私、もうちょっと頑張りたいんです。それに、今日はバトルのお陰でお休み取れましたし」

 どこか釈然としない様子で、しかし、勇者さんはにこりと笑顔を作ってくれた。

「わかりました。でも、お休みはちゃんと取ってくださいね。身体は資本ですよ。後悔してからじゃ遅いんです! 何か困ったことがあったら相談に乗りますから。

 とりあえず、今は何か甘くて美味しいものを食べて、活力を取り戻しましょ!」

「そうですね!」

 勇者さんが開いたメニューには色鮮やかな美しいデザートたちの写真がキラキラと輝いでいた。

「あっ! 新しいデザートが増えてますね!」

「季節のデザートもいいですけど、ここのチーズケーキも好きなんですよね…………」

「今日は私の奢りですし、久しぶりの休みなんです。頑張った魔王さんにたくさんおごっちゃいますよ。パートでお給料出たばかりなんで、遠慮なくどうぞどうぞ!」

「そ、そんな! 支払いはちゃんとします! 私、奢られると好きなもの頼めなくて」

「じゃあ、今日のお詫びとしてワンセットだけ奢らせてくださいね。それで、今日は特別ぜいたくに一杯食べちゃいましょ?」

「うーん…………そうですね」

 ふたりできゃあきゃあとメニューをめくっていると、ポーンと私のスマートフォンが鳴った。

「あ。賢者さんからだ」

「あ、賢者さんはメッセージアプリなんですね」

「はい。メールは苦手みたいで」

 私が答えると、勇者さんはちょっとためらってからこう言った。

「…………私も、社外メールみたいな文面はあまり得意ではないんですよね」

 その視線は私のスマートフォンに向いている。

 ああ、と察した私は自分のアカウント情報欄を開いた。

「じゃあ、勇者さんもこっちで連絡しますか?」

「もしよろしければぜひ! あっ、バトル以外のお話とかも全然OKなので!」

 顔を輝かせた彼女はすぐに椅子に掛けた上着を探って自分の携帯端末を取り出す。

「私、業務中は気付かないことが多いのですぐに返せないんですが、いいですか?」

「私もです。夜は音を切ってますし疲れて九時頃に寝落ちしたりしちゃうので、お互いに投げっぱなしでいいですかね? 無理しないで返信するカタチで」

「もちろんです! その方がありがたいです!」

 二人で笑い合って、私、魔王と勇者はメッセージアプリに互いのアカウントを登録しあった。

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