本来の意義を消失したその会は、奇妙な浮かれ騒ぎに興じていた。誰一人として花を愛でる気持ちなど持ち合わせてはおらず、己の都合と打算と虚栄と思惑に、欺瞞の仮面を被せてにこやかに過ごしている。中にはネズミ講や詐欺まがいのあくどい商売を生業にする胡散臭い連中や、殆ど暴力団と言っても差し支えないような犯罪集団まで紛れ込んでいるのは、金に目が無い権力者と、権力に擦り寄る悪党の図式であるのは今も昔も変わらない。この意味不明な会の主催者である内閣総理大臣と並んで撮った写真でもパンフレットに載せれば、どんなに怪しいマルチ商法もあら不思議、たちどころに信憑性を帯びてしまうというか、それを信じてしまう愚かな消費者がいるのだから少々の献金は必要経費の範疇だ。

 この基本構造は芸能界にも適用可能で、時の首相に招待されたというはくをつけたくて、思慮の浅い ──或いは現政権の歪んだ政治思想に同調する確信的な── 芸能人もウジャウジャと集まって来る。彼ら彼女らは、お座敷に呼ばれた芸妓や太鼓持ちという扱いでしかないことに気付くことも無く、嬉々として総理と並んだツーショット写真の撮影に余念がないのだ。総理側としても、人気の芸能人たちをはべらせた写真をニュース番組で垂れ流せば ──本人が先ほど言っていた通り── 愚かな国民が好感度を上げてくれるのだから、笑いが止まらないだろう。当然ながら、本当の意味で功績の有った各界の功労者なども招待されてはいたが、心ある者であればこのような軽薄な催しは、慎んでご辞退申し上げていることだろう。


 ケータリングのテントの一角には、和菓子を配布している史人の姿が有った。会場には和装姿の来客も数多く見受けられ、中には人気のテレビ時代劇でお馴染みの衣装で参加している勘違い芸能人も含まれていたが、そういった状況が重右衛門にとっては好都合であることは言うまでもないだろう。この浮かれ騒ぎに乗じてミッションを遂行するのが、『澁谷』のイートインで決定された計画なのだ。

 ターゲットが休憩で控室に入ったタイミングを見計らって、例の空転送でキューを送る手筈になっているわけだが、肝心の首相は煌びやかな芸能人たちとの撮影会がことのほか気に入ったご様子で、なかなかそれを終わらそうとはしない。ゲラゲラと下品な笑いを垂れ流しながら、女性アイドルグループと一緒にポーズなどを決めている。史人は苛々しながらその様子を窺っていたわけだが、一向に引っ込む様子を見せないターゲットに、ついつい文句の一つも言いたくなるというものだ。

 「ったく、エロジジイが鼻の下を伸ばしやがって・・・」

 そして、苛々ついでに触ったトランスポンダーの赤いボタンを、ついうっかり押してしまったことに気付いた時にはすでに遅し。江戸時代にあって、今か今かとキューの到着を待っていた拓海の的確な仕事によって、重右衛門が現代に転送されてきた音が「ボンッ」「びよよーーん」と遠くの方から微かに聞こえてきた。

 「あちゃぁ・・・ やっちまったぁ・・・」

 史人は頭を抱えた。

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