「申し上げます」

 「うむ。次の田・・・ 田揚たあげ・・・」

 「ターゲットにございます」

 「聞こう」

 菊乃は拓海から仕込んだ、今度のターゲットに関する情報を掻い摘んで話し始めた。その男が一般市民の間で、どのような人物像を結んでいるのかを江戸言葉に変換するのは骨が折れたが、この裏稼業に手を染めているお陰で、妙な言い回しが板についてきた自分を感じる菊乃であった。

 「そ奴は、政治を司るべき要職に在りながら、猿並みの理性しか持ち合わせず、本能のみで語るその場しのぎの言葉は辻褄が合わぬこと幾多。結果、平気で嘘に嘘を塗り重ね、後に知らぬ存ぜぬの申し開きは、傲岸不遜ごうがんふそん(おごりたかぶり人を見下すこと。思いあがって謙虚の無い様子)を優に超え、厚顔無恥こうがんむち(厚かましくて恥知らず。人の迷惑な省みず、己の都合のみで行動すること)の極み。お陰で配下の草履持ち連中は狼狽至極で、火事場のようなきりきり舞いでございます」

 そんな風に話していると、特別、その当人から被害を受けたという意識が無くとも、徐々に腹立たしさが募って来るのは不思議な現象だ。

 「元々、祖父、父からの世襲で現職に就いたに等しい文飾の徒(口だけ達者な人間)に他ならず、想像以上に悪い頭に理論的思考の片鱗も無し。民から絞り上げた年貢で私腹を肥やすだけでは飽き足らず、下々への更なる課税も己の一存で決定し、日々の生活にも窮する者の事なぞ一切あずかり知らず」

 だんだんムカムカしてきたぞ。菊乃は胃の辺りがじんと熱くなるような感触を感じていた。

 「そうした血税を使って細君と共に、自分の仲間のみをとりなし、もてなし、引き立てて、それでいて平気な顔ができるおつむの出来が不思議でなりませぬ! 国中に疫病が蔓延するも何の対策も講じず、己は仲間内の宴に興じて酒池肉林の贅沢三昧! 民のことなど意に介さず、遊びほうける阿呆に御座います!」

 熱くなり切った菊乃は、最後にこう吠えた。もう怒りを抑えることが出来ない。

 「己の保身のみ何よりも大事と心得るその狭隘きょうあいな器と浅薄な姿に、民の怒りが溢れ出さんばかりに渦巻いておりますます! 重右衛門さま!! なにとぞ、この下賤に正義の鉄槌を!!!」

 「うむ、政治に携わっていながら、そのような不届き者とは捨て置けぬ。して、そ奴はいかような立場におる輩か?」

 我を忘れるほどに熱くなり過ぎた自分を恥じるかのように、菊乃は無理に自分を落ち着かせ、一つ大きな息をついてから後を続けた。

 「はい、この国で言うところの徳川家。丁度、九十代目となる将軍に当たります」

 それを聞いた重右衛門が目を剥いた。

 「何!? 将軍と申したか!? 遠い異国とは言え、上様を斬れと申すのか!?」

 既に菊乃は冷静さを取り戻していた。そして冷えびえとした冷気をはらんだ言葉で告げた。

 「はい。重右衛門さまに切り捨てて頂きたいのは、かの国の内閣総理大臣、安本晋也なる男にございます」

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