この会の開催目的は「各界の功労者を招き、日頃の労苦を慰労する」とあり、会場となった新宿御苑には膨大な数のスタッフが配置されていた。林立するテント ──もしそこが日本庭園でなければ、運動会でも開かれるのかと見紛うような状況だ── の下には国内随一と謳われる一流店の数々が一堂に会し、各々のスペースに和洋中欧、アルコールからスイーツまでありとあらゆる食材が所狭しと並んでいる。それらの経費は全てが税金から拠出されており、約一万人の招待客に振る舞われるのだ。

 準備万端整ったその会場に招待客たちが三々五々集まり始めていて、この会の主催者である男は、庭園に隣接して建つ施設の一部屋で、時間が来るのを待っていた。

 「俺の招待枠の連中はまだ来てないのか?」

 男はフカフカのソファに横柄な態度でふんぞり返り、片手をスラックスの腹に突っ込んだまま脚を組むという、育ちの悪さを絵に描いたような姿勢で隣に立つ秘書然とした男に聞いた。

 「はい。昨日、地元広島からラウンジバスで到着され、ホテルニュー代々木の上層階に一泊。今朝そちらを定刻通り出発し、もう直ぐこちらへ到着予定です」

 「で? 昨日の前夜祭はどうだったの? 奴らにちゃんと美味いもん食わせたんだろうな?」

 人の顔に向かって人差し指を指しながら、無礼極まりない男だ。それでも秘書は、顔色を変えることも無く事務的に答える。おそらく、いつもの事なのだろう。いちいち気にしていては仕事も出来ない。

 「勿論、ご指示通り、ホテルの三ツ星レストラン『クルーズ・デ・コロナ』からケータリングさせております。お帰りの際は、お土産として銀座『鮨平』の鮨折も」

 「あっ、そ」

 自分から聞いたくせに、鼻くそをコネながら気の無い返事だ。

 「本日も麻布のレストラン『アンターダレ』や、本郷の和菓子本舗『澁谷』、それに築地の・・・」

 男は丸めた鼻くそをピッと飛ばした。

 「そんなこといちいち報告しなくていいよ、面倒くせぇな。どうせあいつら田舎もんは、味なんて判んねぇんだから。旨そうなもんをたらふく食わせて、良さげなホテルに泊まらせときゃぁいいんだよ」

 招待しておいて「あいつら田舎もん」とは、人の道にもとる野郎だ。

 「はい、かしこまりました」

 「んで? 芸能人も集まってきてる?」

 「はい、続々と」

 途端に男は相好を崩した。

 「ウッシッシ。アイツらバカだから、俺と一緒に写真取れれば一流芸能人の仲間入り出来ると思ってるんだろ? まぁ、俺の方も芸能人集めた記念写真をニュースでばら撒けば好感度が上がるわけだから、持ちつ持たれつってわけだけどな、がははは。

 それにしても、芸能人と写真撮るだけで支持率が上がるって、日本人ってみんな頭悪いんじゃねぇの。わっはっは」

 「まったくです」

 秘書も同意したが、心の底からそう思っているのかどうかは判らない。どの世界でもそうだが、上司の言うことにYESと言い続けられるプライドの無さ、人としての矜持を捨て切った姿勢が社会で成功する秘訣なのだから。

 「そういった政治に無関心な連中のお陰で俺たちも安泰、ってカラクリに馬鹿な国民は気付かない・・・ ってか、気付かさないんだけどね」

 「はい。我々の戦略勝ちです。仰せの通り、次に逮捕させる有名人の選出も完了しております」

 男の指示により、秘書は人選を完了していた。彼が持つリストには、麻薬や覚せい剤、脱法ドラッグに溺れる芸能人、スポーツ選手、ミュージシャン、或いは文化人など有名人の名前がズラリと軒を連ねていた。リストに載る彼ら彼女らには、そのネームバリューや社会へのインパクトを見積もったAからCのランク付けがなされており、必要な時に適切な誰かを最適なタイミングで逮捕させるのだ。そうやって、都合悪いニュースから世間の目を逸らすために用いられている裏リストである。

 「ほう、誰? あの腐った元コメディアンじゃだめだぞ。もう何のニュースバリューも無ぇからな、あいつじゃ。だいたい、あいつのギャグ、ちっとも面白くねぇし。

 そもそも、税金使って不倫するならバレない様にやれっつぅの! 毎回毎回、続き部屋のスイートルームに泊ってたんだって? バカか、あいつら!? エロジジィにエロババァじゃねぇか! 全く、こっちはいい迷惑だよ!」

 「勿論、次は飛び切りのAランクを準備しております。あの補佐官と審議官のバカップルが週刊誌にすっぱ抜かれたばかりで、追及も厳しいものになりそうです。ここは取って置きの綺麗どころ・・・・・をリリースするタイミングかと」

 「ほぅ、奇麗どころね・・・ 誰、誰? 女優?」

 男はニヤリと下卑た笑いを顔に張り付けた。そして秘書がそっと耳打ちする。

 「はい、実は・・・ ゴニョゴニョゴニョ」

 他に聞いている者などいないのだから、わざわざ声を落とす必要も無いのだが、そうやった方が盛り上がるのだろう。

 「ホントにぃ?」

 「ホントです。くっくっく」

 これじゃ殆ど悪代官と越前屋ではないか。

 「いっひっひっひ、マジか? あいつヤク中なんだ? あんな綺麗な顔してんのに、こりゃケッサクだ、がぁっはっはっは・・・ あぁそうだ。礼の件はどうなってんの?」

 「例の件と申しますと?」

 自分の言うことが相手に伝わらないと、直ぐに機嫌を損ねる幼稚な男でもあるらしい。その精神構造は、殆ど幼稚園生並みだ。

 「広島に作る大学のことに決まってんだろ! 頭ワリぃなぁ。それくらいのこと、チャッチャと判れよ、首席秘書なんだからぁ」

 「はい、申し訳ございません。そちらの方も抜かりなく進行中です」

 「うん。カミサンが顔利きしていい具合にするからって、理事長にもよろしく言っておいて」

 「かしこまりました」

 そこへ剥げオヤジが飛び込んで来た。テレビでよく記者会見している顔だ。何を質問されても「問題無い」としか言わないことで有名だが、それもこれも皆、後先考えない愚かな親分の尻拭いを押し付けられているに過ぎないのかもしれない。

 「大変です! 昨夜から九州地方を中心に降り続く集中豪雨で、今朝になって複数の一級河川が氾濫。熊本市内全域が水浸しです! 一部地域は完全に孤立し、電力の供給もストップしているもよう!」

 「へぇ」今度は鼻くそではなく鼻毛だ。ピッと引っ張った。

 「未確認情報ながら、既に数十人との連絡がつかないとのこと。今後の報告待ちですが、行方不明者多数となる見込みです!」

 「ふ、ふぇ・・・ っくション! それで?」ズズズと洟を啜った。

 「記者会見すべきです! 今すぐ首相官邸に戻ってですね、メディアを集めて・・・」

 「なんで?」涙がちょちょ切れた目を擦りながら言った。

 「な、なん・・・? き、緊急事態宣言が必要かと・・・ 自衛隊の派遣も考慮すべきでは・・・」

 「知るかよっ、そんなこと! 俺には関係ねぇし! 熊本なんかどうだっていいよ。水溢れてんのに逃げねぇ奴が悪いんだろ、それって? ってか、熊本って共民党の武田の地元じゃん。あそこの連中、絶対共民支持を崩さねぇ頑固な奴らばっかりだから助ける義理無ぇし、ちょっと人が減った方が良いんじゃね? 水なんか放っときゃ低い方に流れてくんだからさぁ。どうせ大したこと無いに決まってんだし」

 「・・・」

 「それより今日の『桜を愛でる会』の方が重要に決まってんじゃん。どうせ税金使うなら、もっと有意義な使い方しなきゃ。だろ?」

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