最終章:エクスターミネーター / 駆除する人

 和菓子本舗『澁谷』の店頭に併設された、イートインスペースにオヤジたちが集っていた。そこにだけドヨ~ンとした空気が停滞し、重力が幾分高いのではないかと思えるくらいむさ苦しい。きっとあの空間に足を踏み入れたら最後、光すらも無事に出てくることは出来ないに違いない。近年の和菓子ブームの影響で店を訪れる若い女性格も増えつつあったが、たまたまこの不気味な光景を目撃してしまった彼女たちは、怪しげなオヤジたちの群れを認めるとぎこちなく視線を逸らし、足早に店を後にするのだった。

 それを店のレジカウンター越しに睨み付ける静は、「ありゃただの営業妨害だ」とご立腹の様子。しかし、そのオヤジたちの中に師匠である史人や、いつもダンディーでかっこいい箱崎先生。それに最近のお気に入りである拓海まで混ざっているのだから、文句を言うことも出来ない。そもそも彼らは、どういった繋がりの集団なのか、いまだに静には判らないのであった。

 そこへ菊乃が淡雪羹と緑茶を載せたカートを押してやって来ると、「お待ちどおさま」などとしおらしく一言添えて給仕を始めた。何が「お待ちどおさま」だ。そのお菓子を作ったのは私ではないか! と静は思う。そもそも淡雪羹のような繊細な和菓子は、菊乃のような武骨なお転婆娘には作れるはずが無い。口に入れた途端、まるでフカフカの雪が溶けるかのようにとろける触感を作り出すには、菊乃のスジ・・はあまりにも悪過ぎる。拓海ならきっと、直ぐにモノにするに違いないが・・・。

 そんな腹立たしい思いを持て余していると、給仕を終えた菊乃がその輪に残って、ちゃっかりと一員になっているではないか! 静は自分だけが仲間外れのような気がして、「ふんっ!」と鼻を鳴らして厨房に消えた。


 「本気なのかい、トシさん?」

 史人は窺うように秋田の顔を覗き込んだ。その視線をまともに受けてもなお、彼の決意は揺るがないようだ。膝に置いたタクシー運転手の帽子の位置を正すと、皆の顔を見まわしながら言う。

 「あぁ、本気だとも。この国の憤気は、もう待った無しの所まで追い詰められているよ。フミさんも判ってるだろ? その根源にはあいつがいるんだよ」

 「確かに、それは感じてはいたが・・・ やはりそこまでかね?」

 慎重派の箱崎が念を押すと、それには拓海が応えた。

 「最近では、お気軽な若者の間にも不穏な空気が燻っているようですよ、教授。まぁ彼らは、自分たちの不平不満の根底に何が有るのかまでは、深堀りして考えることは無いのですが・・・ それでも無意識のうちに、憤気の上昇に一役買っていることは間違いないでしょうね」

 「まったく最近の若い者たちは己の義務を果たすこともせず、権利だけを主張する。うちの大学でもそうだが、そういった刹那的で浅はかな狭量さが自分たちの自由を奪っていることに、いつになったら気付くのやら。かつての大学闘争を美化するつもりは無いが、あの頃の学生はもっと生きることに真剣だった・・・」

 そこに長治郎がしわがれた声で加わる。

 「そうであろう、そうであろう。今回の件、重右衛門ではなく儂が手を下しても構わんぞ。あの阿呆を斬れるのであれば、この加納長治郎の命などくれてやるわ!」

 年甲斐も無く鼻息を荒くする長治郎を史人がなだめる。

 「まぁまぁ、師範。そんなに熱くならないで下さい。今回のターゲットはかなりの難敵です。取り巻きも多いし、ボディーガードもいるでしょう。きっとそいつらは拳銃を携帯しているに違いありません。慎重に事を運ぶ必要が有ります」

 会話を黙って聞いていた菊乃が、拓海の腕をツンツンして引っ張った。そして熱く語るオヤジたちに聞こえないように、その輪から少しだけ離れて小声で聞く。

 「ねぇ、なんでお父さんが会議に加わってるの? リクルーターは私に代替わりしたはずでしょ? しかも偉そうに場を仕切ってるし・・・」

 「あぁ、まだ話してなかったっけ? おじさんには新しい役職に就いて貰うことになったんだ」

 菊乃の声が跳ね上がった。

 「はぁ!? 聞いてないんですけど!」

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