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そこは小さな児童公園ではなく、かつて米軍基地として接収されていた土地が返還され、広大な公園となって生まれ変わった公共施設だった。週末には近隣住民だけでなく、関東一円から足を運んで来る家族連れも珍しくはない。良い季節の日中は、はしゃぐ子供達の声が途切れることは無い、そんな場所だ。
公園内には子供たち向けの遊具だけでなく、小川や小さな池などもしつらえてあり、年齢に関係無く四季折々の花などが楽しめる憩いの場となっていた。小魚の泳ぐ池には、鮮やかな瑠璃色で有名なカワセミなども訪れて、野鳥ファンだけでなくアマチュアカメラマンなどにとっても、格好の撮影スポットとなっている。
その一角にある、こんもりとした森に重右衛門は転送されていた。人工的に盛り土された小山を覆い尽くすように樹木が植えられ、心細げな細道が森の中へと続いている。人影も殆ど途絶える薄暗い森を人々は敬遠し、そこには大人ですら近づかない。しかし、今回のターゲットが、そんな森に足繁く出入りしているという情報が入ったのだ。ターゲットが再び活発に活動していることは間違いない。
暫く進むと、小川の脇にしゃがみ込む男の後姿を重右衛門は認めた。男は背後から近づく重右衛門には一切気付かず、一心不乱に何かの作業をしているようだ。その背中に向かって、重右衛門は低く問いかけた。
「西か?」
男が振り向いた。その手にはぐったりとした猫が握られている。前足一本で持ち上げられたそれは、一見すると縫いぐるみのようにも見えた。
「もう一度聞く。お前が西か?」
男はニヤリと笑った。手にした猫はピクピクと痙攣しているようで、その腹はパックリと切り開かれ、内臓がだらりと垂れ下がっていた。勿論、男の手は血で染まっている。
「年端もいかぬ子供を殺害し、その首を切り落として寺子屋の前に置いたのはお前か?」
男はへへへと笑いながら立ち上がった。その左手には猫、右手にはカッターナイフが握られている。男が猫を掴んでいた手を緩めると、それはドサリと男の足元に落ちて、まだ湯気を上げる内臓の上に重なった。
「切り落とした首の両目を
男は腹痛でもあるかのように自分の腹を抑え、そして「クークックック」と忍び笑いを漏らした。
「切り落とした子供の口に奉行所宛の文を挟み、それを前に自慰行為にふけって己の精を振りかけたのはお前だな?」
「あーはっはっは。そうだ、俺がやったんだ。アレは最高だったよぉ。あんな気持ちいいこと、後にも先にもアレだけだぁ」
重右衛門は顔をしかめた。
「またやりてぇよぉ」
胃から酸っぱいものが上がって来るようだ。重右衛門は刀に手を添えた。
「またアレをやりてぇんだよぉ。あの快感が忘れられねぇんだよぉ」
「お前が西幸一郎に相違無いな!?」
「犬とか猫じゃつまんねぇんだ。つまんねぇんだよぉ!」
ゆっくりとした所作で刀を抜くと、重右衛門は脇構え(刀を腰横に取り、剣先を後方に降ろした型)の姿勢を取り、「はっ!」という掛け声と共にそれを真横に走らせた。
重右衛門の刀が空気を切り裂くと、ボトリという重々しい音と共に西の首が地面に落ちた。その傷口からはドロリとした血のりが吹き上がり、まだ鼓動を続ける心臓の動きに合わせてドクドクと脈を打つ。そして膝から崩れる様に首の無い胴体が沈み、ズルズルと土手を滑り落ちて小川に突っ込んで止まった。川の水が真っ赤に染まる。笑みを浮かべたままの西の首は地面の傾斜を転がり、自らが切り割いた猫の死体に頬ずりするかのように寄り添った。
重右衛門はいつものように懐から懐紙を取り出して刀を挟み、不浄な魂を振り払うように
「哀れな鬼畜よ、地獄の業火に焼かれるがよい」
そう言いながらトランスポンダーのボタンを押した。
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