「その男についてお聞かせ願おう」

 秀之進が作ったすはま・・・をつまみながら、重右衛門が言った。

 「歳は三十五。西という男にございます。十四の頃に子供をニ人殺めておりますが、若年であることを理由に、罪に問われること無く今に至っているとのこと。現在は人知れず民の中に紛れ込み、その隣人すらも西の存在に気付いてはおりませぬ」

 菊乃も一つつまむ。

 すはまとは、黄な粉などに水飴や砂糖を混ぜた素朴なお菓子である。浅めに炒った大豆を挽いた洲浜粉を使えば黄色いものが、青豆を用いた青州浜粉を使えば緑色のものが出来るので、二色のすはまを組み合わせることが多い。仕上がりは粘土のような状態になるので造形しやすく、日本各地で様々な形の物が独自に伝承されている和菓子だ。勿論、史人が教え込んだもので、秀之進はこれを使って器用に眠り猫を仕立てた。

 「十四といえば、もう元服(かつての男子の成人式。その適用年齢には五~ニ〇と幅が有った)していてもおかしくはない年齢。若さを理由に罪を免れるというのが俺には解せぬが・・・ ズズズズッ。かの国ではそういう法なのであろう。それにしても秀之進が作ったこの猿、なかなか旨いではないか。ズズズズッ」

 「法とは難しいものにございます。ズズズズッ。ですが重右衛門さま、これは猿ではなく狸にございます。ズズズズッ」

 今、二人が飲んでいるのは、菊乃が近くのスーパーで買ってきたお徳用パックの番茶であるが、やはり和菓子には熱いお茶が合う。和菓子と日本茶の組み合わせは留まることを知らない最強コンビなのだ。

 「で、今になってズズズズッ。処分の対象となるのは何故かな?」

 「あの当時、事を起こす前の西がズズズズッ。行っていた蛮行を、再び始めたようにズズズズでございます」

 菓子で甘くなった口をお茶の渋みで洗い流せば、いくらだって入りそうだ。その誘惑から逃れるには、強靭な精神力が必要であろう。この二人、そちらの方の精神力は持ち合わせていないらしい。

 「蛮行とな? いったい何をしたのか?」

 重右衛門の表情が曇った。

 「それは・・・ とても私の口からは言えないほどに惨たらしく異常な・・・」

 二人の手が止まった。

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