その頃、時空を超えた江戸では ──そういった意味では、「その頃」という表現は適切ではないのかもしれないが── 落ち着きを取り戻した重右衛門が、拓海に重要な情報をもたらしていた。それがどれ程重要なことなのか、当の本人は気付く由も無いが。

 「そうであった、そうであった、神蔵どの。すまぬ、失念しておった」

 「何でございましょうはぁ・・・ 重右衛門さま? はぁ、はぁ・・・」

 やっとのことで先走る重右衛門に追い付いた拓海は、まだ息も絶え絶えだ。三十前とは言え、重右衛門の基礎体力は並大抵ではない。もう少し真面目に体育の授業に取り組もうと、拓海は心に誓っていた。

 「丁度、あの下衆を斬り倒す時だ。たまたま出くわした見知らぬ男に、一部始終を見られてしまったようなのだが・・・ やはり見られたのは、宜しくはないのであろう?」

 「えぇっ!? それは誠ですか!?」

 マズい時にはマズいことが重なるものだ。ようやく落ち着きを取り戻し始めていた拓海の心臓は、再び不穏な空気に反応して、その鼓動を速めていた。

 「うむ、申し訳ない。俺も直ぐに立ち去るつもりであったのだが・・・ あの笹塚をたすきに(肩から斜めに)斬った時、水の流れる川音らしきものが聞こえたと思うと、いきなり戸が開いて中から男が出てきおった。そ奴も併せて斬り捨てようかとも考えたが、それはまかりならんとお菊どのから強く言われておったからな」

 拓海は「うむむ」と唸った。運悪くウンコをしていた奴がいたのか。ここは、更にもう一人のメンバーに、お出まし願わねばならぬようだ。

 「判りました。その件に関してはご放念下さって結構です。そういった事態に対処する為のイレーサーを、直ぐに手配致しますのでご心配無用です」

 「慰霊・・・ ???」

 「あっ、いえ、この裏稼業に不都合な人間の記憶を消す技を持つ、我々の仲間にございいます」

 それを聞いた重右衛門が目を丸くした。

 「記憶を消すと申したか? やはり俺が斬り捨てて来るべきだったのか?」

 「そうではございません。その男は悪人ではありません。従い、重右衛門さまの刀の錆になるべきではないと存じます。その代わり、都合の悪い記憶のみを消去することによって、我々の身の安全を確保するのでございます」

 「うむ、なるほど。つまり神蔵どのとお菊どのの他にも、色々な技に長けた仲間がおわすということなのだな?」

 重右衛門は感心しきりだが、疑問点を煩く問い質さない性格は、この仕事をする上で重要な資質だ。今更ながら菊乃の人選が的確であったことが、裏付けられようとしていた。

 「左様にございます」

 どうやら令和と江戸時代の同時進行で ──だから「同時」じゃないんだってば!── 事に当たる必要がありそうだ。中々面倒くさいことになってきたぞ。

 「そして今は、お菊が捕らわれている屋敷に探りを入れている、別の者からの知らせを待っているところにございます」

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る